057 クロウズ試験24――最終試験
眠気を覚ますように大きく伸びをする。崩れた壁からはうっすらと陽の光が差し込んでいる。どうやら夜が明けたようだ。
砂粒にまみれたコンクリートの上で眠っていたからか、それとも夜の間に冷え込んだからか、全身の筋肉が収縮したようにガチガチだ。体を揉みほぐすようにもう一度、大きく伸びをする。
「起きたかよ」
ドレッドへアーの女が膝を抱え、暗く落ち窪んだ目でこちらを見ている。夜中にごそごそと起き出していたのは気付いていたが、どうやらそこから一睡もしていないようだ。眠れなかったのか。
だが、俺には関係のないことだ。
大きく欠伸をする。
さて、最終日だ。
色々ありすぎて、もうなんだか全てが終わったような気分だが、今日が最終日だ。まだ一日残っている。
試験官の言っていた三日間。正直、いつまでなのだろう。今日の適当な時間か、それとも深夜0時をまわったらか、いやいや、それとも明日の昼くらいか。分からない。分からないな。だが、ここで何もせず時間を潰していれば、試験は何事もなく安全に終わるだろう。
どうする? どう行動する?
分かりきっている。無理をすることは無い。この階層には、この階層より上には、あの賞金首――新人殺しの罠が残っている可能性だってある。下手に動き回って罠にかかるのも馬鹿らしい。地下は? 地下にはまだマシーン連中が残っている。武器を持っていない俺が向かうのは自殺行為だ。
俺は改めて周囲を見回す。
ドレッドへアーの女は変わらず落ち窪んだ瞳でこちらを睨み、ガタイが良かっただけのおっさんはのんきに眠っている。
結局、残ったのは俺とおっさん、それにドレッドへアーの女だけか。
元からクロウズだったフールーは狙っていた賞金首が倒されたことで帰っていった。
震えていた男は賞金首の新人殺しの操り人形だった。
フードをかぶった世界を救うとか素面で酔っ払っていた男は片腕を無くしボロ雑巾になって回収屋に回収された。
三人か。
ドレッドへアーの女を見る。随分と余裕のない表情でこちらを睨んでいる。夜中に起き出したのは一人で武器を回収しに行ってみたのか、それとも単純に用を足しに行っていたのか……。
「餓鬼、逆らえば撃つ」
ドレッドへアーの女が俺のサブマシンガンをこちらへと向けて呟いている。
やれやれだ。
俺は非常に善良でお人好しだが、攻撃されても笑っていられるほど懐は広くない。もし撃ってくるようなら、その時点で敵として対処する。
『ふふーん』
『セラフ、何が言いたい』
『なぁにが、敵として対処する、だ。そのつもりで銃を渡したんでしょ』
セラフの言葉を聞き、心の中で苦笑する。
『そうかもしれない。だが、そうするかどうかは――選択するのは、ドレッドへアーの女自身だ』
俺は馬鹿な選択をしないで欲しいと思っているよ。
「そいつが起きたら下に降りろ。私の武器を、ロッドを探せ」
ドレッドへアーの女が顎でガタイが良いだけのおっさんを示す。
「たたき起こしたらどうだ?」
「もうやった」
もうやったのか。
改めてガタイが良いだけのおっさんを見る。気持ちよさそうに腹をボリボリと掻きながら眠っている。こんなコンクリートの床で、周囲を罠に囲まれて、地下からはマシーンが襲ってくるかもしれない状況で、よくもまぁ、平然と熟睡できるものだ。こういうところだけを見ると大物かもしれない。
いや、大物と言うよりも……。
『ふふん、大馬鹿って言いたいんでしょ』
『だな』
初めてセラフと通じ合えた気がした。気がしただけの錯覚だろうけど。
ドレッドへアーの女はガタイが良いだけのおっさんが起きるのを待っているようだが、正直なところを言えば、どうせ降りるなら自分一人で向かった方が良いだろう。おっさんは足手まといにしかならない。
……どちらにしても、俺は降りるつもりはないのだが。
武器を探しに降りるのならおっさんとドレッドへアーの女、仲良く二人で行けば良い。
ん?
と、その時だった。
建物が揺れた。
崩れかけた天井からパラパラと砂が落ちる。
「な、なんだぁ!?」
ガタイが良かっただけのおっさんが飛び起きる。
……起きたか。
と、そこで再度、建物が揺れる。
腕輪による爆発、地下での竹による爆発、壁の破壊、賞金首との戦い――もしかして、この建物が限界に来ているのか。
再び、大きな振動が起こる。
違う、これは地下からの振動だ。
何か大きく重いものが動いている振動だ。
「おい、このままだと建物が崩れるぞ!」
ガタイが良かっただけのおっさんが天井を見て叫ぶ。
おっさんの言う通り、このままだと建物がもたない。崩れる。
「おい! この工場から離れるべきだ。潰されて死ぬぞ!」
おっさんが叫ぶ。確かにその通りだ。早く逃げないと……って、うん?
逃げる。
この建物から?
まだ試験は終わっていない。試験会場である、この廃工場から出たらどうなる? 廃工場の倒壊に巻き込まれない場所まで離れたらどうなる?
まず間違いなく試験は失格になるだろう。
……ちっ。
「俺は下に向かう」
俺は何か言おうとしていた二人を無視して階段を駆け下りる。
この振動の原因を止める。
まったく最後の最後まで飽きさせない試験だ。いや、そこまで仕組まれていた可能性も、あるか。
あの通信で喋ったオーツーと名乗った女。少し喋っただけだが、あの女なら、これくらいの仕込みをしていてもおかしくないと思える。
武器はない。
あるのは己の体だけだ。
だが、それでも……。




