560 オーガキラー32
「さて、お嬢。どう思いますか?」
無事に補給を終え、砂漠を走るダークラットの中からゴズがオウカに話しかける。
ゴズは『どうするか』ではなく『どう思うか』と聞く。
「ふむ。食い破るのみ」
オウカは口角を上げ、不敵に笑う。
「はぁ、お嬢ならそう言うと思いましたよ。なんでもかんでも何とかなると思っているような根拠の無い無駄な自信はいつか身を滅ぼしますよ、とかしたり顔で忠告したいところですが、お嬢の場合は根拠が無い訳でも実績が無い訳でもないですからね。お嬢なら言葉通りに食い破るでしょうよ。ただまぁ、たまには失敗して、敗北して、痛い目を見て、ちょっとはその脳まで筋肉で一杯になったかのような思考を反省して、悔い改めて、思慮と配慮ある思考と知恵を身につけて欲しいと思うんですがね」
「ゴズ、うるさい。それよりも暑いぞ」
「そりゃあ、砂漠ですから。暑いですよ」
周囲の景色が歪んで見えるほど日差しが照りつける暑さの中をダークラットが走っている。
オウカは、日差しを受け熱々になった砲塔に寄りかかり、そして、その熱さに顔をしかめ、舌を出した情けない顔を晒す。
「むむ。この暑さ、尋常では無い。暑いが熱いになっているぞ」
「お嬢、砂漠ですから仕方ないですよ」
「ふむ。ゴズ、うちだけが外なのは納得がいかないのだが?」
「お嬢、仕方ないですよ。このダークラット……狭いんですよ。お嬢まで中に入ると……かなりキツいですよ? それこそ膝を抱えて小さく置物のようになって耐えないと無理ですよ。お嬢に耐えられますか? じっとしているとかお嬢には無理ですよね。一応、シールドを張って、人が耐えられるギリギリの暑さになるようにはしていますから、頑張って耐えてください」
「む。ギリギリでは無く余裕を持たせたらどうだ?」
「その分、パンドラの消費が増えます。戦闘があることを考えたら、消費は抑えたいですね」
オウカは皮膚が貼り付きそうなほど熱々の砲塔に寄りかかり、腕を組む。
「ふむ。ゴズ、あると思うか?」
「お嬢、お嬢自身分かっているでしょう。分かっていることを聞くんですか? 一応、補給した物資――食料も水も問題が無いことは確認済みです。機能異常をきたしたナノマシーンに汚染されていたり、有毒物質が混ざったりしていますが、許容範囲内です。他の場所の食料や水よりも格段に落ちるという訳ではありません。むしろ、あんな閉鎖された場所で良く用意が出来た、と褒めても良いレベルです。まぁ、体の弱い人ならお腹を壊すかもしれませんが、この世界、この時代に――体の弱い人なんて居ないですからね」
「ふむ。ゴズの言っていることは分からん」
「それはお嬢が分かろうとしていないだけでしょ」
オウカは組んでいた腕を解き、肩を竦める。
「ふむ。オリハは?」
「休んでいます。強行軍ですからね、疲れが出たのかもしれません」
ゴズは運転席の横で眠っているオリハを見る。まだ幼い少女の姿をしている。この少女を放り出せば、ダークラットの車内にオウカが入るスペースは……なんとか作れるだろう。だが、ゴズもオウカも、それをしない。そのことを言わない。オウカが決め、オウカが望んでいるから、ゴズはただそれに従う。
オリハが何者であれ、オウカが決めたことだから、とゴズはそれに従い、その結果を見守ろうとしている。
「お嬢、そろそろ洞窟です。そこを抜ければ南の地です。例の遺跡群がある場所ですよ」
「ふむ。やっと暑いのは終わりか」
「お嬢、洞窟に入ったら、一度休憩にしましょう。昼食と晩ご飯を兼ねた食事です。あるとしたら、その遺跡群でしょうからね」
「うむ。だろうな」
「少し情報が行き渡るのが早すぎる気もしますが、それだけ相手が大きな組織だということでしょう。まぁ、概ね、お嬢の予想通りに食いついたんじゃあないでしょうか。ちょっとアレな場所でしたが」
「ふむ。ゴズ、今日はカレーにしよう」
ゴズはオウカの話題を無理矢理切り替えるような唐突な言葉に大きなため息を吐く。
「お嬢、物資の中にカレーブロックがありましたけど、これ、多分、イマイチなヤツですよ。スパイスから作ったものと比べると……」
「カレー!?」
ゴズのカレーという言葉に反応してオリハが目覚め、飛び起きる。それはゴズに飛びかかりそうなほどの勢いだった。
その食いつきにゴズは大きなため息を吐き、肩を竦める。
「ちょっと食いつきすぎじゃあないですかね」
「否。カレーは旧時代から続く伝統の料理だ。オリハの反応も当然よ」
オウカが得意気に頷いている。
「そこら辺のものを食べられるように無理矢理加工した有害物質混じりの食材の味を誤魔化すには便利ですが、カレールウとして使うには微妙ですね。仕方ない、今日は米のようなものを使ってカレーチャーハンにしますか」
ゴズはオウカの言葉を無視して食材を再確認する。
「む。チャーハンとな」
ゴズの言葉にオウカが食いつく。
「ちゃーあはん?」
オリハも食いつく。
「ああ、チャーハンだ。炊いた米を色々な具材と一緒に油で炒めた料理だな」
ゴズがオリハに説明する。
「こめ? 油?」
「そう、米だ。畑はあっても田んぼを見たことが無いから、これも米を再現した謎の物質なんだろうが、まぁ、似たように使えて似たような食感と味なら大丈夫だろう」
「ふむ。ゴズはこだわり派だな」
ダークラットの砲塔に寄りかかったオウカが豪快に笑っている。
「こだわり波だー」
それを真似してオリハも大きな声で笑っている。
「なんだかビームでも出そうな気分だ。はぁ、お嬢もオリハも、ご飯は、とりあえず洞窟に着いてからですからね」
「うむ」
「うむ」
オウカとオリハ、二人の返事を聞き、ゴズは大きなため息を吐く。




