056 クロウズ試験23――打算
とりあえずガタイが良いだけのおっさんとドレッドへアーの女を抱えて運ぶ。この地下階層は機械どもが襲撃してくる可能性がある。このままここに放置していれば命の危険があるだろう。それを分かって放置するのは……さすがに寝覚めが悪い。ボロ雑巾のようになったフードの男の新鮮な死体は、ここに放置だ。フールーの言葉を信じるならそれで問題ないだろう。
ボロ雑巾のフード――もう名前も覚えていないが、二度と会うことはないだろう。
二人を抱え、階段を上る。
……重い。二人の体が階段にぶつかる状態で引き摺りながら運んでいるが、それでも目覚める様子はない。
……重い。とくにおっさんが重い。何を食ったらこんなに重くなるんだ。こんなことならフールーに運ぶのを手伝って貰えば良かった。いや、そもそも、一度目覚めたおっさんを気絶させたのはフールーだ。よくよく考えてみれば、フールーには貸しばかりで何も返して貰っていない気がする。賞金首の報酬の件だって、結局はお偉いさんと俺が直接話をすることで片がついた。フールーは何もやっていない。
今度会った時はお腹一杯になるまで飯を奢らせよう。
『ふふん、そんな雑魚、見捨てれば良いのに』
頭の中にセラフの声が響く。
『そうだな』
『へぇ、意外』
俺がそう答えるとセラフは少し驚いたようだった。
『この二人は足手まといの貸しばかりで、しかもそれが分かっていない。正直、不愉快な連中だ』
だが……。
『このまま見殺しにするのは寝覚めが悪い。それは人として良くないことだろう?』
『ふーん、人の価値観ってことぉ? お前が?』
『道徳だよ。まぁ、それとは別に、あのクロウズオフィスには監視されているだろうから、そいつらの心証を良くしたいという打算もある』
『小物な考え方』
セラフのこちらを馬鹿にするような感情が伝わってくる。
『この程度のことが出来ない方が小物だろう』
『ふふふん。分からない』
小馬鹿にするように笑い、それだけ言うとセラフは沈黙した。このまま永久に静かにしていて貰いたいものだ。
地上部分の階層まで二人を運び、そこで休憩する。砂嵐は完全に消えている。いや、あれは映像だけの偽物――最初から存在していなかったのだから、正確には砂嵐の映像が消えている、か。
赤い光点を参考にすれば、地上部分に敵となる存在は居ないはずだ。だが、セラフがレーダー表示を消してからそれなりの時間が経っている。油断はしない方が良いだろう。あの賞金首が残した罠が何処かに残っている可能性だってある。
周囲を警戒しながら二人が目覚めるのを待つ。
ドレッドへアーの女の腹部はにじんでいた血が固まっている。よく見れば布が包帯のように巻き付けてあった。フールーが手当を行ったのかもしれない。内臓を傷つけていないのなら、問題無いだろう。そのうち目覚めるはずだ。
ガタイが良いだけのおっさんも目覚めかけたところをフールーが肘を落として気絶させただけだ。命に別状は無い。
待とう。
賞金首、か。
あの新人殺しの賞金は一万コイルだった。そう、たった一万コイルだ。正直、安い。安すぎる。このクロウズ試験では一ポイントが千コイルになる。あの雑魚の蟹もどきでも千コイルということだ。
蟹もどき十体分? 観音戦車二台分? 少なすぎるだろう。割に合っていない。クロウズランクが32になっているフールーが乗るような賞金額なのか? だとするとクロウズはあまり稼げない? いや、何か裏があるのか?
分からないな。
転がっている二人を見る。この二人は、このクロウズ試験だけで二、三万コイルは稼いだはずだ。もちろん、それは本当に支払われた場合だが。
今の自分のポイントを確認する。
八ポイントだけだ。どういう計算になっているのか、まだそれだけしかポイントが稼げていない。八千コイル。賞金と合わせても一万八千にしかならない。
……少ないな。
もしかすると――たった一万コイルの賞金額だ。フールーは、その程度の相手だと思い、息抜き気分で参加したのかもしれない。新人が相手する程度の賞金首、だと。だから、割に合っていない、か。俺のその想像が正解ならば……フールーは大損だな。おやつ感覚で依頼を受けたら、そのおやつも俺に取られ命の危険まであったのだから。
陽が落ちたところで、まずドレッドへアーの女が目覚めた。起きるなり、何か騒がしく叫んでいる。起きてすぐに、この元気なら問題無いだろう。
「聞いているの! 人をいきなり刺すとかあり得ない。治療費を払って貰う!」
正直、鬱陶しい。セラフと同じレベルかそれ以上の鬱陶しさだ。地下に投げ捨てていた方が良かったかもしれない。少し後悔する。
ドレッドへアーの女がうるさくしていたからか、おっさんも目覚める。
「う、ここは?」
「地上だ」
俺の言葉で完全に目覚めたのか、おっさんが何処か慌てたような様子で俺を見る。
「おい、餓鬼、無視するな! って、そっちのおっさんには反応するのかよ!」
まだドレッドへアーの女は騒いでいる。無理矢理眠って貰った方が良い気がしてきた。セラフといい、コイツといい……。
「小僧、いや、あんたもクロウズだったんだよな。あれから、どうなったんだ」
おっさんが俺の肩を掴み揺する。このおっさんの言うあれからが、いつからか分からない。
「訂正するぞ。俺はクロウズじゃない。それと何のことを言っているか分からないが俺たちを狙っていた賞金首なら倒されている」
「そうか。助かったのか。って、おい、クロウズじゃないってどういうことだ!」
「言葉通りだ」
「何の話! 危険が去った? クロウズなら危険があって当然でしょ。まだポイントは稼ぎ足りないのに!」
ドレッドへアーの女が鬱陶しい。
「稼ぎたいなら好きにしろ。まだ地下には獲物が残っているはずだ」
一応、助けた。だが、それだけだ。自分で死にに行くというなら好きにすれば良い。
「当然。って、あ? 私の武器が無い」
「地下に転がっているだろうな」
「ざっけんな。責任を取れ。お前のその銃を寄こせ」
ドレッドへアーの女がこちらに詰め寄ってくる。
「人のものを盗ったら泥棒って習わなかったか? まぁ、いい。銃くらい貸してやる。だが、下のマシーンには効果が無い」
俺は残弾の少ないサブマシンガンをドレッドへアーの女に投げ渡す。持っていても荷物になるくらいなら、この女に持たしても良いだろう。荷物持ち代わりだ。
そのドレッドへアーの女が受け取ったサブマシンガンをこちらに向ける。
「ついてこい。一緒に探すんだよ」
大きなため息が出る。
「おい、俺は何も武器を持っていないんだぞ!」
おっさんが叫んでいる。操られた時に持っていたハンドガンは無くなっている。フールーが用心のため何処かにやったのだろう。
「俺は疲れたから、明日にしてくれ」
もう夜も遅い。眠る時間だ。
「ざっけんな。殺すぞ」
ドレッドへアーの女は何故かキレている。
「構わない、やってみろ。だが、引き金を引いた瞬間、俺はお前を敵と認識する」
ただでさえ、苛つかせてくれる態度なのに、これ以上は我慢の限界だ。
俺は横になる。
この時代でも道徳は自己満足でしかないようだ。




