550 オーガキラー22
「ここを、こうして、と」
ゴズが手に入れた修理キットを操作する。改造された修理キットは通常とは違う動作を行なう。四角い箱からプロペラが飛び出し、回転し、宙に浮かぶ。四角い箱から光が照射され、クルマの破損箇所をスキャンする。スキャンが終わった四角い箱がオウカの壊したハッチ部分まで飛び、そこにも光を照射する。その光の照射された場所に、まるで時を戻したかのようにハッチらしきものが生まれていく。
少女は、それを虚ろな瞳で、ぼうっと眺めていた。
「さて、と。お嬢、買い出しと今日の宿の手配をしてきます。お嬢、修理中のクルマの見張りをお願いします」
「うむ」
オウカが欠伸を噛み殺しながら頷く。
ゴズがぼうっとクルマの修理作業を眺めていたオリハを見る。
「一緒に買い出しに行くか?」
オリハは答えない。クルマの修理作業を見ている。そのぼうっとした顔からは分からないが、修理作業を眺めるのが楽しいのかもしれない。ゴズは肩を竦め、買い出しと宿の手配をするため、その場を離れる。
……。
しばらくして、ゴズが戻って来る。
「お嬢、戻りました。修理も終わりそうですね」
オリハと留守番をしていたオウカがゴズに気付き、そちらを見る。
「ゴズ、カレーは?」
「お嬢、売ってませんでした」
ゴズの言葉にオウカの目が――その視線が鋭く刺すようなものに変わる。
「ですが、香辛料は売っていたので一通り買って来ましたよ」
「ゴズ、でかした」
オウカの瞳がふにゃっとしたものに変わり、ふんすと鼻息荒く喜びの声を上げる。ゴズはそれをため息を吐きながら肩を竦め、見ていた。
「それで、お嬢の方は何かありましたか?」
ゴズが修理作業が終わりそうなクルマ、その後方を見る。そこにあったはずのものが消えている。
「うむ。砂丘ミミズが欲しいという奴が来たから売った」
「……は? お嬢、まさか二束三文で売ったりしてないですよね?」
「ゴズはうちを赤ちゃんか何かだと思っているのか? ちゃんと相場通りの価格で売った」
オウカが胸の下で腕を組み、得意気にその胸を張る。それを見たゴズが大きなため息を吐く。
「お嬢……、相場以上の価格で売るために、オフィスで売らなかったんですよ。それを分かってますか?」
ゴズの言葉にオウカが、むむむっと眉間に皺を寄せる。
「ゴズ、そうなのか。ふむ、まぁ、細かいことはいいじゃないか」
「よくないですよ。はぁ、買い叩かれなかっただけ良かったと思うことにしますか。それで、その砂丘ミミズを売ったコイルは何処に?」
むむむっと唸っていたオウカが、再び胸を張り、得意気な顔を作る。
「そのコイルで米を買った。うむ。米は必要だからな」
「……はぁ、米、ですか。お嬢、その米は?」
「クルマに積んだぞ」
オウカの言葉にゴズが大きなため息を吐く。
「お嬢、報告や連絡、相談が大事だって知っていますか?」
「む? 戦場では一分一秒が大事だ。刹那で変わる状況に対応するためにも即断即決は必要だろう?」
「お嬢、ここは戦場じゃあありませんぜ」
「うむ。生き死にに関わらないのならば、細かいことを気にしなくても良いだろう? 何事も何とかなる。なんとかならないことなぞ、殆ど無い」
オウカの言葉にゴズは大きなため息を吐く。
「お嬢、お嬢がそれを言ったら駄目ですぜ」
「む」
「わずかのコイルの差でも、それで食料品が買える買えないなんてこともあります。生死を分けます。お嬢の細かいことを気にしない脳天気さは美点でもありますが、もう少し考えましょう。オリハ、これは駄目に育った例だから、見習っては駄目だぞ」
「ゴズ、うるさい。私はまだ成長途中だ」
「はぁ、ソウデスネ」
オウカの言葉にゴズは大きなため息を返す。オリハはそのオウカとゴズのやり取りを、焦点の定まらない目でぼうっと見ていた。
「お嬢、宿の調理場を借りました」
「うむ。よくやった。よし、カレーを作ろう。今回はうちがやるぞ」
オウカの言葉を聞いたゴズが驚き目を見開く。
「まさか……、お嬢が作られるので?」
「うむ。オリハのためにうちが作る。オリハ、カレーは良い。良いぞ。食べれば目玉が飛び出るほど驚くぞ」
オウカがオリハを見てニヤリと笑う。オリハはぼうっとした様子ながらもオウカの言葉が分かったのか、目玉が飛び出ないように目を押さえる。
「はぁ、お嬢。オリハが勘違いしてますよ」
「うむ。うむ。カレーだ。楽しみだな」
ゴズとオリハが宿の食堂で待つ。そして、そこにオウカが完成したカレーを持ってやって来る。
「うむ。さあ、オリハ、これがカレーだぞ。凄いぞ」
オウカがオリハの前にカレーを置く。オリハはそのカレーという自分の知らない食べ物を前に、どうしたら良いのか分からず、オウカとゴズを見る。
「うむ。恐れる必要は無い。遠慮をする必要も無い。バクっと一口食べてみるのだ」
オウカが牙が見えるほどの笑顔でオリハにスプーンを渡す。恐る恐るとスプーンを受け取ったオリハが、カレーを掬う。
「オリハ、カレーと一緒に米を食べるのだ。これはカレーライスという旧時代から現存するレジェンドな料理だ」
オウカは得意気に胸を張っている。
オリハが恐る恐るという感じでカレーと米を掬ったスプーンを口に運び、そのままパクリと食べる。
「どうだ?」
オウカがニヤリと笑う。
次の瞬間、オリハに衝撃が走る。
「うー、うー、うー!」
オリハが足をばたつかせ、唸る。今まで焦点の定まっていなかった目に光が戻る。驚きの顔のまま、スプーンを動かす。カレーを掬う。
オリハが一心不乱にカレーを食べる。
「うむうむ。おかわりもあるぞ。遠慮せずに食べると良い。しかも明日のカレーはもっと美味い。どうだ、凄いだろう」
オウカの言葉にゴズが肩を竦める。
「お嬢、こちらにもカレーを頼みます」
「うむ」
オウカが頷き、ゴズと自分の分のカレーを取りに行こうとした時だった。オウカがそれに気付き、すぐに布の巻き付けた無骨な刀を構える。
「お嬢」
「ゴズ、分かってる」
次の瞬間、宿の壁が破壊される。そこから鉄の拳が飛んでくる。オウカが布を巻き付けたままの無骨な刀で飛んできた拳を打ち払う。
破壊された壁から両腕を機械化した角刈りの大男とモヒカン頭の男、そして、その二人を従えた女が現れる。
「そこは玄関じゃあないぜ。宿に泊まりたいなら入り口にまわるんだな」
ゴズが現れた三人を睨む。
「あら、失礼。でも、今からここも玄関よ。この街では私たちが法なの。だから、私たちが言えばそうなるのよ」
目つきの鋭い女が腕を組み、ゴズたちを見る。
「それで? お前は確か……あの金色に輝く御殿に居た女だったな。ワルイーネといったか? そんな不意打ちのような派手な登場をしてまで何がしたかったんだ?」
「ふふ。力を見せようと思ったの。ならず者をしつけるにはこれが一番だから」
目つきの鋭いキツそうな女がそんなことを言い出す。
「それで?」
「そちらの、その子を渡しなさい」
ワルイーネがオリハを見る。
「ふむ」
オウカが無骨な刀を構え、オリハを守るように立つ。
「それで?」
ゴズがワルイーネを見る。




