055 クロウズ試験22――交渉成立
「フールー、改めて聞くが、これからどうするつもりだ?」
フールーは叩きつけた拳を持ち上げ、大きく息を吐き出す。
「用心のために操られていた連中を集めたのが無駄に終わったんだぜ」
「それで?」
「狙っていた賞金首が狩られた以上、俺がここに残る理由はなくなったんだぜ」
「そうか」
「ああ、そうなんだぜ」
フールーが頷きを返し、こちらへと握った拳を伸ばす。俺も拳を握り、フールーの拳に軽くぶつける。
「首輪付き、お前なら、間違いなく、後一日生き延びてクロウズになると思うんだぜ。先に――そこで待っているんだぜ」
フールーが背を向け、手を振る。そのままここを立ち去ろうとしている。
と、そこに待ったがかかった。
「少しお話よろしいでしょうか?」
声。
それは腕に巻き付けていた腕輪から発せられていた。
立ち去ろうとしていたフールーが足を止め、つかつかと俺の方へ戻って来る。忙しいヤツだ。
「何者だ?」
俺は腕輪に話しかける。
「私はレイクタウンにあるクロウズオフィスのマスターをしているオーツーと申します」
それは丁寧だが、どこか事務的な感じのする女の声だった。俺はフールーの方を見る。フールーが静かに頷く。
「そのお偉いさんが何の用だ?」
「少しガムさんとお話したいと思っただけです」
話……?
「何の話がある? お偉いさんが俺と話すようなことがあるとは思えない」
「ありますよ。あなたの誤解を解いておこうと思いました」
「誤解?」
「ええ、誤解です。このままだとガムさんはオフィスに不信感をもたれてしまうでしょう。それは良くない。だから、誤解を解こうと思い、こうして私が出てきたのです」
「そうか」
「ええ。音声だけなのは許してください」
こちらを尊重し丁寧に喋っているように聞こえるが、何処か冷たい――根底ではこちらを見下している気がする。
「それで何が誤解なんだ?」
「ガムさんの思ったことですよ」
俺が思ったこと? オフィスが賞金首と繋がっていたと思ったことか。わざわざ、その言い訳をするためにお偉いさんが出てきたのか。
「それで?」
「罠にかけるため情報を流しおびき寄せた、ということです。ただ、信じて送り出したフールーが逆に罠にはめられ……ガムさんがいなければ危ないところでした。本当にありがとうございます。まったく、人は数値だけでははかれないですね」
この通信の向こう側で大きなため息でも吐き出していそうな雰囲気だ。
「わざわざ、それを伝えようと?」
「ええ。オフィスは人類の味方ですから、これから一緒に働くことになるガムさんに不信感を持って欲しくなかったのですよ」
「ご苦労なことで」
俺は、向こうに見えないだろうが肩を竦める。
「ええ。上に立つと苦労が多いのです。それでガムさんに提案なのですが、今回のお詫びを兼ねてクロウズになった際のランクを10から、今回の賞金を全額支給させて貰いたいと思うのですが、どうでしょう?」
お詫び、か。俺はフールーの方を見る。そして、小さな声で確認する。
「フールー、クロウズのランク10とはどの程度なんだ?」
「新人を卒業ってランクなんだぜ」
「ちなみにフールーはいくつなんだ?」
「……32だ」
フールーは、少し言いづらそうに答える。32、か。年齢のことじゃないよな?
「それは高いのか低いのか、どうなんだ?」
「クロウズのランクの最高は99、これでも俺は中堅なんだぜ。まぁ、だが、最前線に立つには足りないんだぜ」
ランクはすぐに上がるのか、それとも大変なのか……良く分からない。
「フールーの言葉に補足しますよ。クロウズのランクの最高は99ではありません。その上に星付き、スターたちが居ます。最前線で戦っている者たちですね」
声を潜めたつもりだったが、聞かれていたようだ。この腕輪は見た目よりも高性能なのかもしれない。
「分かった。ありがたく賞金は貰うことにする。だが、クロウズのランクは1からでいい」
「おや、それはどうしてですか? ランクが上がれば受けられる依頼も増え、周囲からの信用、信頼も増します。より良い装備やクルマ、ヨロイなども手に入りやすくなりますよ」
「俺は知らない。世界を、クロウズのことを……知らない。だから、一から経験を積みたい」
「すでに賞金首を倒しているガムさんを新人扱いするのは難しいと思っての提案だったのですが、仕方ないですね」
「それにランク10程度ならすぐに上がるのだろう?」
「そうですね。ガムさんなら可能でしょう」
腕輪の向こうの声には何処か俺を試すような響きがあった。
「一つ聞きたい、最前線とはなんのことだ?」
「この地の西の果てに有る、一番戦いが激しい場所ですよ」
「戦い? 何と戦っている?」
「……人類の敵です」
腕輪から聞こえる声がそこで止まる。それ以上の説明をするつもりは無いようだ。
人類の敵、か。
「こちらも一つ聞いてよろしいですか?」
「何をだ?」
「どうやって、新人殺しを倒したのですか?」
「どうやってとは? 俺が倒したことを疑っているのか?」
「いえ。すでにこちらでは新人殺しの死体を確認しています。そこは疑っていません。ただ、そう、ただ、ですよ。フールーが操られた辺りから、ガムさんが倒れた辺りから、映像が飛んでいるのですよ。何をしたのです?」
なるほど。このオフィスのマスターとやらが話しかけてきた本当の理由は、それか。ランクを上げるだの、賞金を出すだのは俺の心証を良くするための、そのための餌か。誤解を解こうとするだけなら、わざわざお偉いさんが出てくる必要は無い。そこでお偉いさんが出てくれば、こちらの印象も良い方に変わるだろうから、それを狙ったか。
「死体を見たなら分かるだろう? ヤツの自爆だ」
「ええ、そうでしょうね。ただ、映像が途切れたことが気になったのですよ」
腕輪の向こう側、オフィスのマスターとやらの表情は分からない。だが、言葉に強さを感じる。
「映像が途切れたのは、ヤツが妨害電波みたいなものを出していたからだろう? 偽の砂嵐に混じっていたようだが?」
「……分かりました。そういうことにしておきましょう」
何かやったのは間違いなくセラフだろう。だが、わざわざそれを教える必要はない。
……にしても、この腕輪、音声だけではなく映像も拾えるのか。いや、もしかすると、この工場跡に見えないカメラでも設置されているのかもしれない。
「ああ。そうしてくれ」
「ええ。そうしておきます。ですが、覚えておいてください。人類には我々が必要なのです。それこそ空気のように、ね」
「過ぎれば、毒になるかもしれないな」
オーツー。酸素、か。
「……では、ガムさん、クロウズ試験を終え、実際にお目にかかれる時を待っていますよ」
それだけ言うと腕輪からの声は消えた。
「フールーの上司か?」
「レイクタウンのオフィスのトップなんだぜ。でもな、俺でも実際に会ったことがないんだぜ」
「ランク32なのに?」
「32なのに、なんだぜ」
フールーが肩を竦める。
そんなヤツが試験後、実際に会おうと言っている。面倒なことになりそうな予感しかない。
「まぁ、予想外のことはあったが、俺は帰るんだぜ。と、さっきは言い忘れたが、そこのそいつ、そいつは回収班が来るだろうから、そのまま、そこに置いとけば大丈夫なんだぜ」
それだけ言うとフールーが手を振り、その場を立ち去った。
やれやれだ。
予想外のことはあったが、まだ試験は終わっていない。あの蟹もどきや観音戦車だって残っているだろう。
ま、ぼちぼち頑張るか。
ゼノブレイドの発売日、今日だと勘違いしていました。しょぼん。




