054 クロウズ試験21――情報
頭の中で騒いでいるセラフを無視して地下に戻る。
そこにはあぐらを組んで座っているフールーの姿があった。そのフールーがこちらに気付き手を上げる。
「首輪付きが無事で良かったんだぜ」
その周りには気絶したガタイが良いだけのおっさんと胸元に真っ赤な染みを作ったドレッドへアーの女、ボロ雑巾のようになった片腕のフードの男の姿があった。
「そいつらは?」
俺はフールーにナイフを投げ渡す。
「返してくれて助かるんだぜ」
「人のものを盗ったら泥棒だからな」
「そうなんだぜ。人のものを盗ったらバンディットの仲間入りなんだぜ」
そう言ってフールーが肩を竦める。
「で、そいつらは?」
「うるさいから静かにして貰ったんだぜ」
「生きているのか」
俺は少しだけ驚く。
「それをやったお前が言うとは皮肉が過ぎるんだぜ。この女は、どうやって操られているのか確認するためにやったんだろう? 内臓を避けて刺すとか器用すぎて驚きなんだぜ」
フールーが冴えない顔のまま大きなため息を吐き出している。
「そっちのそれも生きているのか」
フードの男を見る。どう見ても生きていない。見るからに血だるまの雑巾だ。これで生きていたら驚きだ。
「新鮮な死体なんだぜ」
「おい、結局、死んでるのかよ」
フールーがもう一度肩を竦める。
「新鮮過ぎるから大丈夫だと思うんだぜ。脳は無事なんだぜ。体の殆どをサイバー化することになるだろうが、生き返るだろうさ。まぁ、返しきれないほどの借金を背負うことになってレンタルの体で扱き使われることになるだろうから、このまま死んだ方がマシかもしれないんだぜ。ま、それを許さないように回収屋が来ると思うんだぜ」
「それは何とも、まぁ」
ぞっとするな。
「うっ、うぅぅ」
ガタイが良いだけのおっさんから情けない声の呻き声が聞こえた。どうやら目が覚めたようだ。
と、そのおっさんにフールーが遠慮無く肘を落とす。目覚めかけたおっさんがぐぽぉぅと泡を吹いて倒れる。
「おいおい」
「起きられてもうるさいだけだから眠って貰うんだぜ」
「あー、まぁ、確かに」
役に立たないおっさんには眠って貰っていた方が良いだろう。
「それで、これからどうするつもりだ?」
俺はフールーに聞く。
「とりあえず解放してくれて助かったんだぜ。まさか人を、死体を操っていたとは思わなかったんだぜ。下手に動くと狙われるかもしれない、この場で待ち構えるのが得策だと思うんだぜ」
フールーはそう言って冴えない顔だが、油断ならない様子で周囲を警戒していた。
……。
あー。
「なぁ、フールー」
「なんだぜ?」
フールーがナイフをペロリと舐め、そして首を傾げていた。人を刺したナイフを舐めるのはオススメしないなぁ。
「フールーが追っていたのは新人殺しの賞金首か?」
フールーの目が大きく見開かれる。
「知っていたとはさらに驚きなんだぜ」
俺は首を横に振る。
「そいつは自分で名乗ったんだよ。新人殺しの人形師って。賞金額は一万コイルだったか。それも自分で言っていたよ」
「おいおい、出会ったのかよ! 驚きなんだぜ」
なんだかフールーが驚きしか言っていない気がする。
「ああ。もう倒した」
フールーが顎が外れそうなほど大口を開けて間抜けな顔をさらす。だが、すぐに冴えない顔に戻った。
「おいおい、なんて言ったか聞こえなかったんだぜ」
「倒した」
「ホントかよ!」
フールーが叫んでいる。
『倒したのはお前じゃなくて私じゃない』
『そうだな。助かったよ。ありがとう』
一応、礼を言っておく。俺の体を乗っ取るついでだったのだろうが、それでも助かったのは確かだ。
「で、賞金はどうなるんだ? 本当に一万コイルなのか? 貰えるのか?」
「一万コイルであってるんだぜ。割に合わないとオフィスに報酬を上乗せさせる交渉をするつもりだったんだぜ。まぁ、オフィスの連中は俺が失敗したら増額するつもりだったらしいが……」
フールーは乾いた表情で情けなく笑っている。
「それでどうなんだ?」
「首輪付き、悪いが、クロウズになる前では賞金は出ないんだぜ。だが、任せて欲しいんだぜ。少しでも首輪付きのコイルになるようオフィスの連中には俺が掛け合ってやるんだぜ」
フールーが自分の胸をとんと叩く。
そうか、賞金は出ないのか。借金の百万コイルは遠いな。
「ああ、出来る限り頼む。ああ、そうだ。フールーは現役のクロウズなんだよな?」
フールーは何も答えず頬をポリポリと掻いている。
「最初は保護者役かと思ったが、賞金首を狙っての潜入か。フールーはあまり有名じゃないクロウズなのか?」
「首輪付きは痛いとこをつくんだぜ。俺はこの容姿だから目立たない、すぐに忘れられる、それを利用しただけなんだぜ……いや、それをオフィスに利用されただけなんだぜ」
フールーが苦笑して肩を竦める。もう諦めたのか、隠さないようだ。
「それと確認したいことがある」
「なんなんだぜ」
俺は口を開く。だが、声を出さない。
パクパクと唇だけを動かす。
『この場所は無作為に選ばれた場所なのか? それとも試験ならいつも使われているような場所なのか?』
フールーには伝わったはずだ。
フールーは驚いた顔で、首を横に振る。
「そういうことだったとは思わなかったんだぜ」
そして、地面に拳を叩きつけた。
あの賞金首――新人殺しは用意周到すぎた。エレベーターを破壊していたのもヤツだろう。
ここが試験会場になるのを知っていたかのように――いや、そうとしか思えない。
つまり、オフィスから情報が流れている。賞金を出す側が賞金首とつるんでいる。
セラフが殺してしまったため、何の情報も得られなかった。だが、間違いないだろう。
ろくでもないことだ。
『ふふふん』
セラフは意味ありげに笑っていた。
つながる未来から遊ぶ予定です。




