539 オーガキラー11
「ボーイあんどミズ、こっちだ。ハリー、ハリーだ」
クマのぬいぐるみがよちよちと歩き、蟻の巣のようになった洞窟を案内する。
……。
……。
「ゴズ、これ遅い」
オウカがつまらぬものを斬ってしまった時の顔でクマのぬいぐるみを指差す。
「オー、このあらゆるものをチャームするスペシャルボディをコレ扱いとは、ユーにアイが節穴か。子どもたちからはストーンをスローされるほど人気なのだが」
無駄に渋い声で喋るクマのぬいぐるみがやれやれという感じで首を横に振る。
「船長、石を投げられるのが人気なのか? まぁ、キノクニヤに引き籠もっていたお嬢に、ぬいぐるみの可愛さなんて理解が出来ないだろうから、これはこれで良かったのか?」
ゴズがやや呆れた顔で大きなため息を吐く。
「ゴズ、何か言ったか?」
「いいえ、何も。お嬢はお嬢らしく成長したって話ですよ」
「ゴズ、うるさい」
オウカの言葉にゴズが肩を竦める。そんなゴズをオウカは横目で見、クマのぬいぐるみの方へと歩いて行く。
「お嬢、どうするつもりで?」
「抱え持つ」
オウカの言葉にゴズが小さくため息を吐ち、それに待ったをかける。
「お嬢、こんな汚いぬいぐるみを抱え持つ必要はありません。引き摺って行けば充分ですよ」
ゴズがクマのぬいぐるみの首を持つ。
「ストップ、スタァップ! ま、待て。これは酷い。引き摺られたら、ミーのチャームボディに汚れが、ダーティホワイトになって……」
「船長、急ぐんだ。その意味が分かるだろう?」
ゴズが目を細め、クマのぬいぐるみを見る。
「よ、ヨーソロー」
オウカとゴズがクマのぬいぐるみを引き摺り、案内させて洞窟を進む。
「船長、ずいぶんと詳しいな」
ゴズが船長を引き摺りながら話しかける。
「ああ。逃がすためにサーチした。チャンスがあったのだよ。ラックがアンラッキーで捕まったがね」
「そうか」
ゴズは深く聞かない。このクマのぬいぐるみにも色々なしがらみがあり、冒険があり、理由があったのだろう。ただ、そう思った。
洞窟を進み続け、大きな分岐路に辿り着く。
「船長、どちらだ?」
「片方はフードルーム、もう片方はブリーディングルームとグロウマシーンのあるルームだ。どちらを先にするかね」
クマのぬいぐるみの言葉にゴズが眉をしかめる。
「船長、目的地はそこなんだな?」
「イエスだ、ボーイ」
「俺は人質の居る場所に案内してくれって言ったよな?」
ぶらぶらと引き摺られていたクマのぬいぐるみが腕を組み、強く頷く。
「食料庫と繁殖室、育成部屋ってとこか。お嬢、どちらを優先しますか?」
「ゴズ、急ぐべきなのは?」
「お嬢、命の危険というなら食料庫でしょう。人の尊厳という意味なら繁殖室に急ぐべきですね」
「道が単純なのは?」
オウカがクマのぬいぐるみに確認する。クマのぬいぐるみがゴズの方を見、オウカへと向き直る。
「ミズ、フードルームだ。真っ直ぐムーブで迷うことなくゴールだ」
クマのぬいぐるみの言葉にオウカが頷く。
「ゴズ、うちがフードルーム。お前とそれは、もう一つに」
「お嬢、了解です」
オウカとゴズが二手に分かれる。
オウカが食料庫へ向かい、ゴズが繁殖室へと向かう。
「バンディットどもの繁殖室か……クローンを造って増えているのかと思っていたが、予想外だな。地に放たれたことで生殖能力を獲得したのか? だが、人と適合するのは……元が同じだからなのか?」
ゴズが洞窟を走りながら呟く。
「ボーイ、これで良かったのか?」
「うん? ああ、お嬢には見せられないものだろう」
「ボーイはずいぶんとジェントルマンだな」
クマのぬいぐるみの言葉にゴズが肩を竦める。
「そうでもないさ。どちらもろくでもない場所に変わりないしな」
ゴズが洞窟を走り続け、辿り着く。
「ここか」
「ボーイ、ここだ」
首を掴まれ引き摺られていたクマのぬいぐるみが腕を組み、真面目な顔で頷く。
ゴズが扉に近づく。扉からは、閉じ込めることが出来なかった不快な匂いが漏れ出ている。
ゴズが顔をしかめ、扉を開ける。
……。
「ひゃっひゃっひゃっひゃ、肉の配達か」
「今日の当番は誰だったか?」
「十三郎だよ、兄ちゃん。あー、これも飽きてきたなぁ」
「刺激が欲しいよね。おりょ、壊れた」
「ひゃっひゃっひゃ、十五郎、お前も壊れてるぞ、ひゃっひゃっひゃっひゃ」
扉の先に待っていた光景はゴズが予想したとおりのものだった。
ゴズは静かに処理をする。
「ぼ、ボーイ……」
「なんだ?」
「ボーイのハートは、心は……」
「船長、ここには何も無かった。そうだろう?」
「ああ、そうだな。その方がいい。ボーイのメルシーに感謝を」
ゴズは処理を終えた部屋を抜け、隣の部屋に向かう。
そこには乱雑に置かれた透明な円筒形の棺のようなものがあった。中に水でも入っているのか透明な棺の中に赤子のようなものが浮かんでいる。
「ここが育成部屋か。なるほど、こうやって一気に成長させているのか」
ゴズは育成部屋も処理する。
「ぼ、ボーイ……」
「どうした?」
「いや、ボーイ、ユーは大丈夫なのか?」
「何がだ? これは、こいつらを放置していた俺の責任だろう。まさか、こんな風に変質するとは思わなかった。これも種の進化だというのか」
「ボーイ、ミーにはユーの事情、パストは分からないが、あまり背負いすぎないことだ。これが終わったら海に行かないかね。海は良い。海はブロークンなハートをヒールしてくれる」
ゴズはクマのぬいぐるみの言葉に肩を竦める。
「船長、それよりも早くお嬢と合流しよう」
「そうだな。ヨーソロー」




