533 オーガキラー06
護衛依頼二日目に、その事件は起こった。
「お嬢、動かないので?」
「ふん。私の仕事はこれを守ること。動く必要を感じぬ」
オウカはコンテナの上で腕を組み、ふんぞり返っている。そのコンテナの周りを無数の虎型のビーストが取り囲んでいた。
コンテナを囲む虎型のビーストたちは威嚇するように唸り声を上げながら、ゆっくりと輪を狭めている。その虎型のビーストとコンテナトレーラーに挟まれるような形でゴズとオウカ以外の護衛の姿があった。
無数の虎型のビースト、クルマに乗った者、ヨロイを操る者、銃火器で武装した者、いつ戦いが始まってもおかしくない緊張感に包まれている。
「お嬢、もしかして、依頼を失敗にしてやるって言われたことを根に持ってですか?」
「ふん。当然だ。うちがクロウズになって記念すべき初めての依頼を失敗にする? 許せん」
「お嬢、普段から器は大きく持ちましょうって言ってるはずですが?」
「ゴズ、うるさい。これとそれとあれは、別だ!」
「にしても、襲撃が昼間で良かったですね。連中にとっては不幸中の幸いでしょう」
「ゴズ、何がだ?」
「お嬢……、昨日もいいましたが、夜は視界が狭まるんです」
「うちは夜でも見えるが?」
「知ってます」
ゴズは呆れたような声でオウカに返事を返していた。
「む。昼で良かった理由はそれだけなのか?」
「いいえ。一番大きいのは日中ならパンドラが回復することですよ」
「パンドラ。ふむ、パンドラか」
「お嬢、パンドラが何か分かってないですよね」
「む。知っておる。パンドラはアレだ。パンドラだな」
「ええ、そうです。クルマやヨロイを動かすエネルギーを生み出す装置ですよ」
「ふーん。う、うむ。それで、それが、どう……」
「お? お嬢、どうやら動きが出そうですね」
そのゴズの言葉通り、睨み合いを続けていた虎型のビーストと護衛の間に変化が生まれようとしていた。
護衛の一人が仲間に銃を突き付け、虎型のビーストの群れに突っ込ませようとしていた。
「ひっ、や、止めてくれよ」
「シャポンの兄貴の命令だ。一番下っ端のお前が行け」
銃を突き付けられた男は若く、身につけている武装は、他の連中よりも質が何段も落ちるものだった。
「あんな群れに突っ込んで、一斉に襲いかかられたら死んじゃう。止めてくれよ」
「大丈夫だ。お前が襲われている隙を狙って、俺たちが一斉に攻撃するからよぉ。運が良ければ助かるんじゃねえか」
「聞いてねぇ、聞いてねえぞ! 新人をサポートしてくれるんじゃなかったのかよ! だから、あんたらの団に入ったのに! 騙しやがったな!」
「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。お前に武器を貸してやったのは誰だ? 俺たちの団に入ったから、武器を手に入れたんだろうがよぉ。それにこれは、俺たちがお前を鍛えてやろうと手伝っているだけだぜ」
「俺から全財産を奪って、無理矢理団に入れて、こんなオンボロだけ渡しやがって!」
「良いから行けよ! ちゃんと、お前が囮になった功績は評価してやるからよ! まぁ、運が良ければ生き残れるだろうから、頑張れよ」
押していた護衛の一人が、虎型のビーストの方へと新人らしきクロウズを強く蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた新人らしきクロウズが怒りの宿った目で振り返る。その男と虎型のビーストの目が合う。男はいつの間にか虎型のビーストに囲まれていた。逃げ出せない。後は戦うしかない。
「お嬢、動かないので?」
ゴズはオウカに助けないのかと聞く。
「守る方が優先だ」
オウカはそう答える。
「なるほど」
ゴズは腕を組み頷く。
「来るぞ!」
オウカはコンテナの上で立ち上がり、背負っていた布きれの中から刀を一気に引き抜く。そして、飛びかかってきた何かを刀で受け止め、防ぐ。
それは大型の虎だった。こちらを囲んでいる虎型のビースト、それよりも一回り大きな個体――群れのボスがクロウズたちを飛び越え、一気にコンテナへと襲いかかっていた。
その一撃をオウカの棍棒のような無骨な刀が受け止め、防いでいる。虎の大きな口を、牙を、刀で受け止めている。だが、虎型ビーストの怪力に、オウカが押え込まれようとしている。
「ゴズ、あんな人を盾にするような連中が何故、護衛の依頼を任されている? アレは悪だろう?」
「あれは、長い物に巻かれろと動いたあの新人の自業自得だろう。っと、お嬢、多分、アレですよ。雇っている奴も悪い奴なんですよ」
「なるほど」
オウカが小さく頷くと、身を反らす。そのまま一気に力を入れ、虎型のビーストを押し返す。その勢いのまま虎型のビーストを真っ二つにする。
群れのボスは死んだ。
「あ!」
と、そこでコンテナの中に隠れていたゴズが大きな声を上げる。
「ゴズ、どうした? まさか……」
「お嬢、カレー粉の残りがわずかです。レイクタウンで買えると良いんですが……」
「な、んだと。それは真か」
「ええ」
「それは……大事件だ」
オウカによって群れのボスを倒された虎型のビーストたちが、わらわらと逃げだした。
虎型のビースト――その数の暴力で大きな被害を出していた護衛のクロウズたちが、安堵のため息を吐く。
「お嬢、休憩させてくれないようですね」
「ふむ」
そして、虎型のビーストの襲撃で一旦停車していたコンテナトレーラーが再び動き出した。




