530 オーガキラー03
大きい。地面から出ている部分だけでも二メートル近い長さがある。その機械が周囲を探知するように無数に生えた触手のような髭をピクピクと動かしている。
「お嬢!」
小さい方のズタボロフード――ゴズが叫ぶ。
「ゴズ、うるさい。分かってる」
二本の角を生やした大柄な女が棍棒のような刀を持ったまま、その場から大きく飛び退く。先ほどまで女が居た場所の地面が裂け、そこから巨大な口が現れる。人を丸呑みできそうな円形の口の中には無数の刃のような歯が生えており、それがギュウルギュウルと音を立てながら口内を沿うように回転している。食われたら一瞬で挽肉の完成だ。
大きなミミズの機械は襲撃に失敗したと分かるとすぐに現れた地面へと消える。そこには大きな穴だけが残った。
「ゴズ」
「お嬢、どうしました?」
「ふむ。これが賞金首か?」
「情報通りです。間違いないかと」
ゴズが何に対してなのか肩を竦める。
「ふむ。この程度が賞金首か?」
大柄な女が言い直す。
「賞金首と一口に言ってもピンからキリまで、こいつは下の方かな。お嬢、いつも言っていますが、油断したら駄目ですよ」
「ゴズ、こうるさい! なんでこの程度に賞金がかかるか分からない」
「分かりますよ。畑を荒らされて困っているから賞金を賭けてでも倒して欲しいんでしょ。この程度が倒されてなかったのは……地面に潜って厄介だからでしょうね。地面に潜って逃げるからクルマの銃火器で倒すのは面倒、ヨロイでも同じでしょ。だから、生身で倒そうとした馬鹿なクロウズが出た。だが、生身で相手をするには、どの地面から突然やって来るか分からなく殺意も高い、と、これまた面倒。生身で挑んで何人も返り討ちになったから葬儀屋なんてご大層な名前がついたんじゃないかな。いや、しかし待てよ。畑を荒らされて困っている割には、現れたのが畑から外れた場所? ……なるほど」
ゴズは畑の方を見る。畑では、のんきに緑色の丸い野菜の収穫作業が行なわれていた。ここの畑を管理している人間は、機械に畑が荒らされる前に収穫してしまおうと思ったのかもしれない。人の命が軽い世界だ。人の命よりも収穫物の方が価値がある。
「だが……」
ゴズは腕を組み、自分の推理に満足したのか、うんうんと頷いている。
「何処から来るか分からない? ゴズ、本気で言っているのか?」
二本の角の生えた大柄な女が驚いた顔でゴズを見る。
「そっち? お嬢、気になるのはそこですか。あー、はい、本気で言ってます」
ゴズの言葉に大柄な女が棍棒のような刀を持ったまま地面を指差す。
「こんなに音がして、こんなに振動して、それで分からないとか本気?」
「本気ですよ。これだけ地面の至る所が揺れて音がしていると、普通は何処から襲ってくるかなんて分からないんですよ。何処からでも襲ってきそうじゃないですか」
「えー、マジか」
大柄な女はそう言いながら棍棒のような刀を構え直す。
「マジですよ。あの受付さんは、弱くて倒しやすい賞金首を選んでくれたんだろうけど、これ、駆け出しとか、銃火器の性能に頼っているようなクロウズだと厳しいな。自分たちじゃなかったら、死んでたんじゃあないだろうか。賞金首を倒せるならクロウズ試験が要らないのも納得か。自分たちを見せしめに殺すつもりだった可能性もあるか? オフィスは、余程、試験を受けさせたいようだ。まぁ、これで倒せるなら即戦力のクロウズが確保出来るから、それはそれで良しと思っていたのか?」
ゴズは腕を組んだままうんうんと頷いている。そのゴズの足元の地面が盛り上がる。そして、一瞬にしてアンダーテイカーが現れる。ゴズの体が空中へと投げ出される。アンダーテイカーは大きな口を広げ、そのゴズが落ちてくるのを待ち構えている。ゴズの体がぎゅるんぎゅるんと回転する刃の生えた口へと吸い込まれる。
だが、それよりも速く動いた者が居た。
一閃。
無骨な刀がきらめき、大柄な女が駆け抜ける。
女が大きく息を吐き出し、棍棒のような刀を地面へと叩きつける。
「ゴズー! これしまってくれ」
次の瞬間、ゴズを飲み込もうとしていた機械がバラバラに――ただの部品へと成り果て、地面に転がる。
ゴズが腕を組んだまま何事も無かったように機械の残骸に着地する。
「お嬢、面倒だからって自分にやらせようとしないでください。言ってますよね、何処かで鞘を作って貰いましょう」
「ゴズ、うるさい。この方が格好いい!」
「お嬢、格好じゃあ飯は食えませんよ」
「食える! うちなら食える! く・え・る!」
「はいはい。背負えるように布をまき直しますよ」
「うむ。やってくれ」
ゴズが肩を竦め、角を生やした大柄な女へと歩いていく。二本の角が生えた大柄な女は無骨な刀をゴズの方へと突き出し、待っている。
こうしてカスミという偽名を名乗った女――オウカはクロウズになった。
「畑を荒らす機械? 荒らされていたか? そんなのが現れる場所で、それでも農作業を続けるなんておかしいだろう? これだけ殺意の高い機械が近くに居るのにのんきに農作業をして賞金を賭けた? 怪しいことばかりだ。だが、あえて俺が詮索することでも無いだろう」
ゴズは肩を竦める。
賞金首の機械が、賞金を目当てにやって来たクロウズたちを食い殺し、引き裂き、ミンチにして肥料代わりにしていたのは、また別のお話である。
人が肥料になる世界。




