527 黄金のトビオ
「お前は……、お前たちは誰だ?」
トビオは目の前に突如現れた女に驚きながらも、そう話しかける。
「ようこそ、鼠さん。私はオリカルクム」
女が長く伸ばした髪を掻き上げ、鋭い目を歪ませ微笑む。
「兄貴、セワシっすよ。なんで分からないんすか。あ! この姿だから分からないんですか?」
セワシを名乗る人型の機械は大きく手を広げ、トビオにその姿がよく見えるようにアピールしている。
「本当に……セワシなのか?」
「だから、何度もそう言っているじゃないっすかー。酷いっすよ」
人型の機械は聞き覚えのある声でセワシと名乗っている。だが、トビオにはそれが信じられない。信じられない理由があった。
「セワシ……、セワシ、その姿はどういうことだ? お前はアクシードの人狩りにあって、それで……」
「そうっすよー」
「そうだって、お前……」
セワシを名乗る人型の機械から聞こえてくる声は楽しそうだ。まるで新しい玩具を与えられた子どものように声が弾んでいる。
「全身機械化っすよー、兄貴。兄貴は機械化を知らないんですか?」
「全身機械化? いや、機械化ってのは……違うだろ」
セワシを名乗る人型の機械の言葉にトビオは困惑していた。トビオが知っている機械化とは違う。機械化は身体を機械に変えて代わりとさせるものだ。機械そのものになることではない。
「兄貴? 何を言っているんすかー」
聞こえてくるセワシの声は楽しそうなものだった。
(何だ、これは? 妙に楽しそうだが、薬か何かか? いや、機械に薬も何も無いか。感情がコントロール出来ているようには見えないぜ。壊れてるとしか思えない)
トビオは人型の機械の後ろに立つ女を見る。女はトビオと人型の機械のやり取りを静かに、そして楽しそうに眺めている。
「アクシードの連中がお前をそうしたのか? お前に何があったんだ?」
「兄貴、これは望んで得た力っすよ。アクシードは力をくれたんっすよー。凄い力でしょ、これは! こんな凄い体にしてくれたんすよー。もう何かに怯える必要は無い! 誰かに奪われる必要は無い! 力を、力を手に入れた。凄い力だ! ここに居るってことは兄貴もアクシードの仲間になったんでしょ? あ、兄貴の顔を立てますよ。アクシードではこのセワシの方が先輩ですが、兄貴にはお世話になりましたからねー。力の無い兄貴を、このセワシが、セワシが、世話しますよ!」
人型の機械は興奮したように一気に喋り出す。まるで感情があるかのように興奮したふりをして喋っている。
「これはなんなんだ? 何をした? お前たちは何をしている?」
トビオは静観している女に話しかける。だが、女は静かに首を横に振り、肩を竦めるだけだった。
「兄貴? 何を言って……まさか、このセワシの力に嫉妬しているんすか? ち、力を持つなってコトですか。いつまでも兄貴の下にいろってことですか」
人型の機械は興奮した様子で喋っている。
(このままだと暴れ出しそうだな。そうなると、少し不味い。今の俺には戦う術が無い。武器が無い。だが、それでも俺は言わないと駄目だろ。前に進まないと駄目だろ。こいつが、この目の前の機械がセワシを名乗るなら、セワシだというなら、俺はそれに応えてやる必要がある! そう、あるのさ!)
「セワシ、お前はセワシなんだよな?」
「だから、何度もそう言ってるっすよー。あああ、この兄貴の一の子分だったセワシが、このセワシが分からないなんて、偽物か。お前は偽物か、あああああ!」
いよいよもって機械は暴れ出しそうだ。トビオは覚悟を決める。
「そうは言うがな、セワシを、俺はここに来る途中でセワシを見つけた。そのセワシはまだ生きていた。それはどういうことだ?」
「生きて……? 何を言っているんすかー。セワシはここに居ますよ」
トビオが目の前の機械をセワシだと認められない理由。それは生きているセワシを見つけたからだった。
「すぐそこだ。見に行くか?」
「何を言って……、でも、ここに居ないと駄目で、アレ? なんでここに居ないと駄目なんだったかな? でも、駄目で、駄目っすよー」
人型の機械がまるで人のように頭を抱え、困惑している。トビオは、そんな機械を見守っていた女を見る。
「ふふん。良いわ、一緒に行きましょう。あなたも来なさい」
「了解っすよー」
先ほどまでの困惑した様子が嘘のように陽気な声で機械が動き出す。
トビオは来た道を戻る。
そして、セワシを壁にもたれかからせた場所へと戻る。そこには変わらぬ姿でセワシが眠っていた。
トビオはゆっくりとセワシを起こし、機械と女に見せる。
「セワシだぜ。まだ生きている」
女は余裕の表情で微笑んでいる。
「あれ? なんで、そこに? セワシはここっすよー。なんで? 機械化して、アレ? そこに居て、ここに居る。アレ? アレ? アレ? アレ? アレ? アレ、アレ、あレ、アれ、あ、ああああああああああ」
機械が狂ったように叫んでいる。
そんな中を女が肩を竦めながら、余裕の表情でトビオの方へと歩いてくる。
「駄目ね。どうなるのかと思って静観していたけれど、ふふん、崩壊を始めているわ。魂の転写に失敗。博士が来る前の試作品だったからなのかしら? こうなるのも仕方が無い? ふふん、駄目ね」
「魂の転写? お前たちは何をしている? 何をした?」
「はぁ、このゴミ山から転写前の素体を見つけ出すなんて……無造作に捨てたのが間違いだったのかしら? あの積み上がっていた中から探し出したんでしょう? 凄い努力家ね、あなた」
女は興味深いものを見るように目を細め、微笑みながら、トビオを見ている。
「シーズカは、シーズカは! シーズカとカスミおばさんは無事なのか! お前たちは何をやっているんだ!」
「あらあら、あらあら! しかもあの子の知り合い? ふふん、これは掘り出し物かもしれないわ」
女は細めた目を歪ませ、笑っている。
「ああ、あああああああ! そうだ、壊すっすよ。目の前の偽物を壊せば良いんすよー。な、なんで気付かなかったんだ。壊せば良い、壊す、壊す、壊すっすよー!」
叫んでいた機械が動き出す。拳を振り上げ、セワシを抱え起こしたトビオへと迫る。
「うるさい!」
その機械を女が振り返りながら蹴り飛ばす。トビオには女がただ蹴ったようにしか見えなかった。だが、人型の機械は蹴られた部分が大きく凹み、そのまま通路を吹き飛んでいく。
「ふふん、これだから。これは問題ね。ああ、やはり本物を作らないと駄目ね。ふふん、それも時間の問題でしょうけど。さて、鼠さん」
女がトビオを見る。
「トビオだ。俺はトビオ・トビノだ」
「ふふん、トビオ。良いでしょう。一緒に来なさい。見せてあげましょう、私たちの力を、私たちがやっていることを!」
「待て、セワシは……」
「ふふふ、大丈夫。その子のコトも、ふふん、シーズカ、あの子のコトも。心配しなくてもあの子は、これから行く場所に……そこに居るわ」
女は病んだ瞳を歪ませ笑っている。
狂気に満ちた顔で笑っていた。
◇◇◇
トビオは手に持ったグラスをゆっくりと揺らし、その時のことを思い出す。オリカルクムに着いていった選択。そこで見たもの、手に入れたもの。選択。
トビオはグラスに口をつけ、中に入った酒を飲む。
「酔えないな」
そのまま椅子に深く座り直す。
(これで良かったのか? 俺の選択は正しかったのか?)
トビオはその問いを何度も繰り返していた。
(いや、これで良かったんだ。これは俺の選択。俺の選択の結果だ。俺は間違っていない。俺は選択の結果によって地位と権力を得た。力を手に入れた。失ったものは……無いはずだ)
トビオは自問自答を繰り返す。
「トビオ様、おくつろぎ中に申し訳ありません。また……お呼びです」
くつろいでいたトビオに声がかかる。
「またか。どうせ、金の無心だろ? コイルの無駄遣いだ。俺が稼いだ側から使いやがって」
トビオはそう呟きグラスの中の酒を一気に飲み干す。
(金! それは黄金だ。それは永遠だ。俺は手に入れた。コイルがあれば叶う。全て解決する。俺は間違っていない!)
トビオは席を立ち、仕事に戻る。
アクシード四天王の一人、黄金のトビオとしての仕事に戻る。




