523 ダブルクロス45
俺は疲れ切った体に鞭を打ち、グラスホッパー号を走らせる。二匹の絡み合った蛇は俺という獲物が気に入ったのか脇目も振らずこちらを追いかけている。動く速度は同じくらいだが、こちらが建物を避け、道に沿って走っているのに対し、奴は建物を破壊し、瓦礫をまき散らしながら追いかけている。どちらが不利だ?
真っ直ぐ直線で逃げられるならどうだ? 逃げ切れるか? 無理だな。奴が建物を壊すのとトントンになっている。建物という壁が若干の足止めになっている。それが無くなれば――追いつかれるだけだ。このままでも、この先でも、こいつから逃げ切るのは難しいだろう。
ならば、倒すしかない。
俺は痛む頭を押さえながら遠隔操作で機銃を操作し、逃げながら銃弾をばらまく。だが、その全てが蛇の外皮に弾かれている。傷一つ無い。足止めにもならない。建物を破壊しながら追いかけているような奴らだ。これは想定内。
俺は機銃を操作し、蛇の目を狙う。銃弾が蛇の目に命中する。奴らは避けもしない。
……。
目を狙って放たれた機銃の弾は――無慈悲にも弾かれていた。目なら柔らかいだろう、ダメージを与えられるだろうという俺の思い込みは無慈悲な結果として返ってくる。これは想定外。
はぁ。
俺は大きくため息を吐く。
機銃では目くらましにもならない。足止めにもならない。
このグラスホッパー号に搭載されている武器は後一つしか無い。せめてグラムノートが残っていれば……。
グラムノートがあればまだ違っていただろう。
まだ戦えたはずだ。
俺はグラスホッパー号を走らせ、逃げながら空を見る。
グングニル。
地上殲滅用衛星端末からの一撃――グングニルを使えば、例え倒すことが出来なかったとしても打倒に繋がる致命的な一撃を与えることが出来るのではないだろうか。
俺はナノマシーンを操作し、地上殲滅用衛星端末に発射申請を送る。だが、反応が無い。
何も起こらない。
申請が届いていない?
ナノマシーンによる通信が妨害されている?
いや、違う。通信は確かに届いている。
では、何故、反応が無いのか?
俺はそこで気付く。
答えは簡単だ。
「そういうことか」
グングニルは冷却中なのだろう。さっき、ミメラスプレンデンスを倒すために強力な一撃を放ったばかりだ。クールダウン中なのだろう。冷却が終わるまで次が撃てない、そういうことだ。
「地上殲滅が聞いて呆れる」
俺はそうこぼす。連続で撃てないような代物で地上殲滅を名乗るなんておこがましいと思うだろう?
俺は肩を竦めながら、大きくため息を吐く。その間にも巨大な蛇はこちらへと迫ってきている。
連続で撃てない? 原因は分かっている。
かつては連続で撃てたのだろう。
では、何故、今、それが出来ないのか?
劣化したんだろうな。
老朽化だ。
いつからグングニルという衛星は空に浮かんでいる?
一年、二年では利かないだろう。十年? 二十年か?
機械が劣化せずに当時の性能を――そのままの状態を保てると思うか?
グングニルにも自己判断し修理する能力くらいは当然あるだろう。だが、修理するにしてもその材料は何処から持ってくる? 宇宙空間を漂う衛星に何が出来る? 結果、劣化していくしかない。
そういうことなのだろう。
やれやれ、だ。
次にグングニルが撃てるのはいつになるか分からない。撃てたとしても、そんな状態ではピンポイントで当てるのは難しいだろう。
グングニルに頼ることは出来なくなった。
となれば、もう出来ることは一つしか無い。
俺はハンドルを切り、グラスホッパー号を急旋回させ、絡み合った蛇と向き合う。
俺は大きく息を吸い、吐き出す。
やることは一つだ。
グラスホッパー号を操作し、翼の刃を広げる。
体当たり。
もう、これしかない。
「ふぅ、覚悟を決めるか」
絡み合った蛇がこちらへと迫る。俺はグラスホッパー号を走らせ、蛇へと突っ込む。巨大な蛇がせっかく復興したマップヘッドの街を、建物を壊す。建物を砕き、瓦礫へと変え、こちらへと迫る。
蛇の巨大な顔が迫る。大きく口を開け、牙を光らせ、こちらを飲み込もうとしている。
俺はハンドルを切る。
グラスホッパー号のシールドと絡み合った蛇が衝突し、車体を弾き飛ばす。ハンドルを滑らせる。車体を立て直し、そのまま蛇の体に翼の刃を滑らせていく。翼の刃が蛇の体を引き裂いていく。
引き裂く。
切れている。
通った。
刃が通っている。
これならいけるか?
俺がそう思った時だった。
翼の刃で切り裂いた蛇の体が切り裂いた先から再生していく。切り裂かれ離れていた肌と肌がくっつき元に戻っていく。
「再生能力持ち、か。俺と同じように不死に近いのかもしれない」
翼の刃なら蛇の硬い外皮を切り裂くことが出来る。だが、蛇の再生能力を超えるほどの傷を作るのは難しい。蛇はグラスホッパー号を簡単に弾き飛ばすほどの巨体だ。大きさが違い過ぎる。小さな切り傷程度で何が変わる? それに、だ。あの蛇の巨体に近寄って体当たりに近い攻撃を繰り返す? 少しでも運転を誤って蛇の巨体に触れたらシールドごと吹き飛ばされるのに? 絡み合ってどちらがどちらになっているか分からないような状態もこちらに不利だ。
これは打つ手無しという状況だろう。
それでもわずかな希望に縋って翼の刃で攻撃を繰り返すのか?
無謀すぎる。
これは逃げることを考えた方が早いかもしれない。
前言撤回、か。逃げられないから戦うと決めたのに、それでも逃げようとするのか。
だが……、
今の状況でこいつらを倒すのは難しい。
難しいから逃げても仕方ないだろう?
……。
……。
難しい、か。
そう、難しい、だ。
勝てない、ではない。
「ふぅ」
俺は大きく息を吐き出し、首を横に振る。うねる巨大な蛇の体に触れないよう並走しながら大きなため息を吐く。
それでもやるしか、無い。
逃げ切れるかどうかも賭けになる。
それなら逃げるよりも戦って勝つ方に賭けるべきか。
初志貫徹だな。




