522 ダブルクロス44
「おい、おい! おいっ! 返事をしろ!」
トビオは転がっている人だったものに話しかける。両肩を掴んで大きく揺らし呼びかける。
だが、返事は無い。
どれだけ呼びかけようが、どれだけ体を揺すろうが反応が無い。焦点の合っていない目を大きく見開いたまま、動かない。
まるで死んでいるかのようだが、体はほんのりと温かく、わずかにだが呼吸音も聞こえる。それは死なないギリギリのラインを保つだけに行なわれている、ただの反応でしかなかった。
生きている。だが、大きく見開かれた目は死んでいる。
そこに人としての意志を感じない。
まるで魂が抜け落ちたかのような抜け殻。
そんな人だったものがいくつも重なり積み上がっている。
トビオは人だったものを掻き分ける。何人も、何人も。
そして、そこに自分が探している人が居ないことが分かり、ホッと安堵のため息を吐き出す。
(ここじゃない。ここじゃあない。ここにシーズカは居なかった。ここにカスミおばさんは居なかった。他の部屋か? それとも他の施設か? ……他の部屋? この地下室には、生きている人の気配が無い。人が居るとは思えないぜ。誰かが息を殺して隠れているなら、俺には分からないけどなぁ。もう少し探すか? 探す? あー、クソ。最悪の最悪を見ることにしかならねぇ……そんな可能性があるのに、俺はここを探すのか。探すのかよ!)
トビオは誰も居なかった地下牢を出て、他の部屋を探す。他の部屋にも人だったものが積み上がっている。人だったものに混ざりバラバラになった円筒形の機械も転がっている。まるでゴミ捨て場だ。
トビオは無言でその人だったものを掻き分ける。自分が探している人が居ないことを願いながら積み上がったそれを掻き分ける。
そこに誰も居なかったことを確認し、トビオは安堵のため息を吐く。そして、次の牢に向かう。
……。
そこで、トビオはそれを見つけ、思わず口を覆う。トビオを猛烈な吐き気が襲う。トビオは壁に手をつき、口の中に戻ってきた胃液を吐き出す。
(見間違いか。見間違いじゃあない。マジかよ、クソ。あー、クソ!)
トビオは汚れた口を拭い、それの元へと、よろよろと歩く。
積み上がっている人だったものの中に見知った顔があった。ガリガリに痩せ細っているが、その顔を間違えるはずがない。
トビオがそれを抱きかかえる。
「おい、おい! 返事をしろ! 生きてる、生きてるんだろ!」
トビオがそれの頬を叩く。強く、何度も叩く。
だが、それからは何の反応も返ってこない。
「返事をしろ! セワシ!」
それはトビオの目の前で人狩りの機械に食われたセワシだった。
「セワシ! 忙しなく人の世話を焼くのがお前の仕事だろ! お前の兄貴が来たぞ! 早く目を覚ませ!」
トビオが大きくそれを揺らし叫ぶ。
だが、セワシだったそれは何も反応しない。痩せ細った体でぼんやりと宙を見ている。
生きているが、死んでいる。
体だけが生きている。心が死んでいる。
「クソ、クソが。だが、生きてる。セワシは生きている。助ける方法があるかもしれねぇ」
トビオはセワシだったそれを担ぐ。軽い。重さを感じないほど軽くなっている。
「セワシ、悪いがここで少し待っててくれ」
トビオは地下通路の壁にセワシをゆっくりともたれかからせる。
(まだ奥がある。セワシは見つかった。必ず連れて帰るぜ。あー、クソ。他にも知ってる奴が捕まっているかもしれねぇ。とりあえず助け出す。その後のことはその後で考える。それしかねぇなぁ。あー、クソ、やってやるぜ。俺ならやれる。きっとやれるはずさ)
トビオは牢が並ぶ地下室を歩く。
そして、その終点に辿り着く。
大きな扉。
その扉の前に人型の機械が置かれていた。バイザーのようになった目、四角いパーツを組み合わせたような体、腕に備え付けられた機銃――トビオを殺すには充分過ぎるほどの力を持った機械。
(警備用の機械か? 機能停止しているのか? これ、近づいたら起きるヤツだろ。あー、クソ、マジかよ。機械が守るんだから、あの奥には大事なものがあるはずだ。気付かれずにいけるか? あー、クソ、無理だ。無理だな。武器になりそうなものは……ねぇな。虎の子の手榴弾も使っちまった。あー、クソ、クソ、クソが! 逃げるか? セワシを見つけた。俺はここまででも充分にやっただろ。成果を出した。逃げても良いはずだ。逃げろ、逃げろ、逃げろ。……あー、クソ! クソだ。最悪だ。それでも確認しないワケにいかないだろ!)
トビオは眠っている警備の機械を刺激しないようにゆっくりと、そろりそろりと歩く。
トビオが扉に手をかける。
――後は開けるだけだ!
背後で音がする。何かが起動する音。
トビオが振り返る。
人型の機械。そのバイザーのようになった目に光が灯る。
機械が目覚めた。
トビオは慌てて扉を押し開け、その中へと転がり込む。
そこには――何も無かった。
いや、ある。
部屋の中央にレバーのついた円筒形の謎の物体がある。押して回転させるスイッチに見える。だが、それだけだ。とても警備用の殺意しかない機械が守るような部屋とは思えない。
「何だ、何も無い? 無いだと! あのレバーを動かしたら……何か起こるのかよ!」
トビオは、背後に目覚めた機械が居る、今の状況を忘れたかのように呆然と立ち竦んでいた。
「あ、にき……?」
そのトビオの背後から声がする。それは聞き覚えのある声だった。呆然と立ち尽くしていたトビオが、声に反応して振り返る。
そこに居るのは人型の機械だけだ。
「兄貴じゃないっすかー!」
人型の機械から声がする。それはトビオのよく知るセワシの声だった。
「まさか、セワシ……なのか?」
「そうっすよ」
機械が頷く。
状況が理解出来ないトビオがよろよろと後退る。
そこに何かの気配が生まれる。
「ふふん。こんなところにも鼠が」
セワシを名乗る人型の機械の後ろから見覚えのある女がスッと現れる。まるで最初からそこに居たかのように女が立っている。
それはレイクタウンを襲撃し、カスミをさらったアクシードの女だった。
次回の更新は2023年8月17日木曜日の予定となります。




