520 ダブルクロス42
ミメラスプレンデンスは余裕の表情で俺を見ている。クルマから降りた俺なぞ敵ではないと思っているのだろう。
舐められている。
なるほど。
なかなか愉快だ。そう、とても愉快だろう?
俺は右の拳を突き上げる。俺はここに居る。俺を狙えと指し示す。
「ふふふ、なんのつもり?」
そんな俺を見てミメラスプレンデンスは病んだ瞳を歪ませ笑っている。俺は拳をおろし、ミメラスプレンデンスを指さす。そのまま指をクイ、クイッと自分の方へ向け挑発する。
「先手は譲ってやるよ」
俺の挑発を見たミメラスプレンデンスが病んだ瞳のまま、その口が裂けそうなほど大きく口角を上げる。
「ふふふ、それはそれは。それでは遠慮無く私から!」
ミメラスプレンデンスが蹴りを放つ。俺との距離はまだまだある。普通に考えれば届くような距離では無い。だが、俺は知っている。
ミメラスプレンデンスの蹴り足が消える。
もう、それは見た。
「そんな安易な攻撃で良いのか?」
俺はこちらを消し飛ばそうと配布されたナノマシーンを右手で払い、干渉し、逆に消し飛ばす。ナノマシーンが見えるようになった、今の俺にはこの程度、何の問題も無い。
「私の足が! なんてこと!」
片足になったミメラスプレンデンスが両手で顔を押さえ驚いている。
「俺は左腕がこれだからな。お前は片足。お互いハンデとしてはちょうど良いだろう?」
俺は機械の腕を動かし、肩を竦める。安物の義手だが、問題無い。動けば充分だ。
「ふふふ。さすがね。さすが、あなた! ふふん、片足で立つなんて疲れちゃうから、困ったわ」
ミメラスプレンデンスはそう言うと自分の左腕を引き千切った。左腕の付け根から大量の血が噴き出す。
「こんなものは全て幻。ふふふ、そうでしょう?」
吹き出していた血、ミメラスプレンデンスが持っていた左腕、それらが霧のようになって消える。そして次の瞬間には俺が消し飛ばしたはずの足が元に戻っていた。
「ふふん、これであなたとお揃いかしら?」
片足から片腕になったミメラスプレンデンスがこちらを見て楽しそうに笑っている。
「先手は譲った。次は俺の番だ」
俺は駆ける。
一気に間合いを詰める。
そして、その無防備な腹部を狙い拳を叩きつける。
「くっ」
俺の拳が半透明な黄色い六角形の集合体によって防がれていた。
「ふふん、あなたの方こそ、そんな安易な攻撃で良かったのかしら?」
以前にも見た金色に輝く殻と同じものだろう。クルマの砲弾すら防ぐのだから、俺の攻撃が通じないのも当然だ。
そんなことは分かっている。
俺は大地の力を借りる。大地を強く踏みしめ、その勢いのまま拳を振り抜く。半透明の黄色い六角形の集合体ごとミメラスプレンデンスの体が持ち上がる。
「ふふふ、それでどうするつもりなのかしら?」
俺の拳で打ち上げられたミメラスプレンデンスは余裕の表情で笑っている。奴は黄色い外殻に守られたままだ。
俺の拳で宙に浮かされたことには少し驚いたかもしれないが、それだけだろう。その程度で何とかなるはずが無いとこいつは分かっている。だから、余裕の表情なのだろう。
俺は周囲のナノマシーンを使い、信号を送りグラスホッパー号を遠隔操作する。グラスホッパー号の荷台に搭載した機銃が動き、無防備なミメラスプレンデンスを撃ち抜く。だが、その銃弾は黄色い外殻によって弾かれていた。
「ふふふ、そんな攻撃を効くと思ったのかしら。あらあら、あらあらあらッ!」
ミメラスプレンデンスは病んだ瞳を楽しそうに歪ませている。
攻撃が効くと思った?
ノアマテリアル弾でやっと穴が開けられたような外殻だ。豆鉄砲のような機銃で何とかなるとは俺も思っていない。
「ミメラスプレンデンス、お前とコックローチ、お前たち二人にはお似合いの墓標を俺が作ってやるよ。お前たちに背負わせる十字架は決まった」
「何を言っているのかし……」
こいつを拳で打ち上げたのも、機銃をばらまいたのも、全ては目くらまし、全ては時間稼ぎ。
本命は――
そして、それは空からやって来る。
光。
地上殲滅用衛星端末グングニルによる一撃。
降り注ぐ光の十字架がミメラスプレンデンスの外殻を砕く。
今の俺ではセラフのような精密射撃は出来ない。だが、端末にアクセスして発射させることくらいは出来る。後は、その着弾予想地点にこいつが居るようにするだけだ。
俺は外殻が砕け散り、落ちてくるミメラスプレンデンスを――その顔面に拳を叩きつける。
殴られたミメラスプレンデンスが地面を転がり続け、そして止まる。ミメラスプレンデンスが殴られた頬を摩りながら、ゆっくりと起き上がる。
「レディの顔を殴るなんて酷いと思わないのかしら?」
「レディ、ね。それで?」
俺はミメラスプレンデンスにトドメを刺すべく走る。
そして、拳を振り上げる。だが、その手が止まる。
背後で――建物で大きな爆発が起こる。
トビオは? あいつは無事なのか?
何があった?
気を取られたのは一瞬。だが、その隙を突くようにミメラスプレンデンスが蹴りを放っていた。
!
――だが、甘い。
俺はその放たれた蹴り足を右腕で挟み込み、そのままへし折る。
「ずいぶんと足癖が悪いな」
「ふふ、それはどうも」
俺に足を折られたミメラスプレンデンスは余裕の表情で笑っている。まだ何か奥の手を隠しているのだろう。




