052 クロウズ試験19――油断
かなり大きなエレベーターだ。もしかすると資材の搬入用のエレベーターなのかもしれない。
大きな扉に手をかけ、思いっきり引き開ける。
開く。そう、開いた。
扉が歪んでなくて良かった。
中は……空洞だ。上を見るとかなり上の階層まで繋がっているのが見えた。次に下を見る。すぐ下に崩れてバラバラになっている金属の塊が見えた。
もしかして、これが『かご』だったものなのだろうか?
もう一度上を見る。そこにかごらしき物は見えない。
ここのエレベーターは外れだったようだ。いや、俺にとっては当たりかもしれない。
この廃工場の照明は生きていた――電気が来ていた。エレベーターも動いていた可能性がある。
バラバラになっているかご。何者かがエレベーターを使わせないために破壊した? 考えすぎかもしれないが、その可能性はある。だが、なんのために? 分からない。
……。
もしかすると他の場所を探せば今でも動くエレベーターを発見出来るかもしれない。だが、今のこのかごがない状況の方が俺には都合が良い。
『はぁ? エレベーターが使える方が都合が良いに決まってるでしょ』
『今の方が自由に動ける』
吹き抜けのようになっているエレベーター内に入り、金属の骨が剥き出しになった壁に手をかける。
『意味が分からないんですけど』
『逃げ出せない密室で敵に襲撃される心配も、途中で止まって身動きが取れなくなる心配もないってことだ』
俺は昇る。
手を伸ばし、柱を掴み、足をかけ、また手を伸ばし、上の階に辿り着いたところで外に出る。運が良いことに扉は開いたままになっていた。
ここは地下一階部分か。この階層は観音戦車や蟹もどきとの戦闘が忙しすぎてあまり探索できていない。上手くすれば階段のあった場所まで戻れるかもしれない。
エレベーターを昇れば、さらに上の階にも行けそうだが、それはあまり得策ではないだろう。扉を開けた瞬間に砂嵐に巻き込まれる可能性だってある。
砂嵐、か。
この工場は何の工場だったのだろうか。砂漠の中にある工場。しかも電気が来ている。砂の中にありながら、形が残っている。正直、異常だ。まるで工場の周囲が突然、砂漠に変わってしまった――そんな現象が起こったかのような想像をしてしまう。
砂漠に沈んだ工場。何故、こんな砂漠地帯に工場を作ったのか分からない。
頭を振る。考えても分からないことを考え続けるのは時間の無駄だ。
この階層を探索してみよう。
エレベータールームのすぐ隣は上の階層に有ったのと同じようなベルトコンベアーと機械の並ぶ部屋だった。そして、そこを抜けると長い通路があった。そのまましばらく通路を歩き続けると見覚えのある場所に出た。砂山と崩れた天井、瓦礫の山。
砂の山の向こうには階段も見える。爆発の威力がそれほどでもなかったのか、それとも砂嵐に吸われたのか、思っていたほど崩れていない。
そして、そこに見覚えのある姿があった。
向こうもこちらに気付いたようだ。
「小僧、生きていたのか」
それはガタイが良いだけのおっさんだった。だが、声に違和感がある。
「その声、どうしたんだ?」
「げほっ、げほっ、砂で喉をやられた。いや、それよりもだな」
話を続けようとしているおっさんの向こうに、倒れているフールーの姿と、そのフールーにナイフを振り下ろそうとしている男の姿が見えた。
男。
それは、あの死んだと思われていた震えていた男だ。
「おい、何をするつもりだ?」
俺は問う。
「その話だ。あいつ、生きていたんだよ。九死に一生だな。そして教えてくれたんだよ、あのナイフの、あいつが犯人だったってな!」
ガタイが良いだけのおっさんがしわがれた声で教えてくれる。
俺はその言葉を無視して走る。
そして、フールーに振り下ろされようとしていたナイフを上へと蹴り飛ばす。そのまま怯えていた男に肩から体当たりをかまし、吹き飛ばす。落ちてきたナイフが地面に刺さる。
フールーを助け起こす。
……意識がない。軽く頬を叩いてみるが起きない。死んではいないようだが……。
と、そこで肩に小さな痛みを感じた。肩から血が流れている。
見ればガタイが良いだけのおっさんが震える手で卵のようなフォルムのハンドガンを構えていた。
撃った、だと?
「小僧、お前、グルだったのかよ」
おっさんが何か痛みにでも耐えているかのように歪んだ目で涙を流しながら、こちらを見ている。
……不意打ちとはいえ、喰らってしまうとは情けない。
おっさんは武器を持っていないはずだったが、何処で手に入れたんだ? あのハンドガンを持っていたのは誰だ?
「待て。こいつ――フールーは味方だ。あのガクガク男の方が……」
と、そこで体当たりをかまして吹き飛ばしたはずの男の姿がないことに気付く。
次の瞬間、何かが飛びかかってきた。
とっさにフールーから手を放し、サブマシンガンで撃ち抜く。
銃弾が飛んできたそれをボロ雑巾に変える。それはもう動いていないフードの男だった。いや、だったものだ。
その陰に隠れるように潜んでいたガクガク男が姿を見せる。何かが煌めく。俺はとっさに地面に突き刺さったナイフを引き抜き、煌めく何かを切る。
それは糸だった。
ガクガク男が指を広げている。その先に伸びているのは煌めく糸だ。ガクガク男が糸を広げ、こちらへと叩きつけてくる。俺はフールーを蹴り飛ばし、そのまま飛び退き、その場を離れる。叩きつけた糸が床を切断する。まるで豆腐でも切ったかのように床に綺麗な線が入る。
……こいつッ!
ガクガク男が糸を伸ばし、俺の方へと迫る。俺はナイフを構える。
糸が迫る。
俺は男の指から伸び、縦横無尽に振り回される糸をナイフ一本で弾く。そして切る。次に迫る糸も弾き、切る。
……切れるッ! 恐ろしい切れ味のナイフだ。このナイフ、フールーが使っていたもののようだ。
『あいつ、自分の腕だって言っていたが、腕半分、ナイフの性能半分ってところじゃないか』
そして、男の方へと踏み込み、そのまま相手の首へとナイフを差し込む。そのままナイフが抜ける。
男の首が宙を舞う。
終わった。
この男がフールーの追っていた男だったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。勢いで殺してしまったが、後でフールーが目覚めた時に小言を言われてしまうかもしれない。だが、手加減が出来なかったのだ。これは仕方ない。
俺はガタイが良いだけのおっさんの方へと振り返る。
「おっさん、見ただろう、コイツが……」
おっさんが口をパクパクと動かしている。まるで餌を待っている鯉のような動きだ。
そして、体にチクリとした痛みが走った。
見れば腕に何か注射のような物が刺さっている。
俺は振り返る。そこには首のない男が立っていた。
何の注射だ?
体の力が抜ける。膝から崩れ落ちる。
男が転がっている自身の頭を拾っている。そして、その頭をこちらへと向ける。男の口の中からスピーカーのような物が迫り上がってくる。
「グッドモーニング、いや、グッドナイトか? はぁはぁはぁはぁ!」
スピーカーから流れるのは頭に響くような笑い声。
筋肉が弛緩して動かない。動けない。
自分の頭を脇に抱えた男がこちらへと歩いてくる。




