518 ダブルクロス40
トビオはポケットの中に手を入れたまま思い出す。
…………。
……。
あのハルカナの街での戦いが終わった後、トビオと少年はマップヘッドに向かうための準備をしていた。
「あー、えー、改造屋さん、あんたは良かったのか?」
「ふむ。構わぬよ。拙者としても思うところがあったゆえ」
袈裟の男がグラスホッパー号の整備をしている。
「そうですよぉ。アフターサービス充実、ちゃんとご購入後もサポートします。これこそが正規な商品を販売する、正規店だからこそのサービス! 正規店で武器を購入するメリットですよぉ」
トビオと少年、店員の女と袈裟の男は一旦、女の店のガレージに集まっていた。そこでトビオは袈裟の男にグラスホッパー号のメンテナンスをしてもらっていた。
「おいおい、それ、あんたが言うことか? あんたが作業をやってるワケでもないのにさ」
「良いのです。良いのですよぉ。今は、うちが雇用主! 雇っているのですよぉ。だから、言っても良いのです。今なら、アフターサービスも充実! 伝説の武器屋が! お客様がご購入後のサポートもいたします! クルマの武器を買うならウシボーン銃火器店! ウシボーン銃火器店ですよぉ!」
「……それ、誰に向かって言ってるんだよ」
「もちろんお客様ですよぉ」
店員の女は見えない空気お客様に対して自分の店をアピールしていた。
トビオは、傍から見ればただの狂人だな、と考え、いや、そもそも狂人だったと思い直す。
トビオは小さくため息を吐き、少年の方を見る。新しい服に着替えた少年は壁にもたれかかり、腕を組み、瞑想するように目を閉じていた。トビオたちに関わるつもりは無いようだ。
「さて」
店員の女がトビオたちの方へと向き直る。
「ん? その、えーっと、スーパールーキーか、そのチェーンガンの代金は支払ったはずだぜ。これ以上、武器を買うのは無理だぜ。俺がクロウズだったなら、今回の、アクシード連中を追い払った報酬が貰えたかもしれないが、俺はただの善意で行動した商人だからな。コイルをアテにされても困るぜ」
店員の女はトビオの言葉に笑顔を返し、そのまま頭を下げる。
「この度はハルカナの街を守っていただきありがとうございました」
「お、おう?」
店員の女の急の真面目な態度にトビオは思わず後退る。
「うちの店が連中に壊されること無く無事だったのはお二人のおかげです」
店員の女が頭を上げ、微笑む。
「あー、感謝、か。それなら、武器の値段を少しくらいは……」
「それは出来ません。出来ませんよぉ! 定価以外で売ったら儲けが減るんですよ? 商売人としてそれは許容出来ません。駄目ですよぉ」
トビオは店員の女の言葉に思わず頷く。
「確かに儲けは重要だ。粗利がない商売は奉仕作業でしかないから……」
同じ商人であるトビオは店員の女の言葉を肯定する。
「はぁ、そうだよなぁ。まけろだぁ、安くしろだぁ、嫌っていた言葉なのに、自分で使うとは思わなかったぜ」
トビオが大きなため息を吐く。
「お客様、こちらは来店記念品になります。どうぞ、お受け取りください」
そんなトビオに店員の女がそれを差し出す。
「おいおい、こいつぁ、こいつはッ!」
トビオが驚く。
それは店員の女が奥の手として使った手榴弾だった。
「百万コイルだったんじゃあないのか?」
「来店記念品ですよぉ。特別に! 今だけですよぉ」
店員の女がパチリと片目を閉じる。
それを見てトビオは小さく苦笑する。
「ああ、ありがたく貰っていくぜ」
「はい。それとお客様、物資の補給ですね。必要なのは食料と水でしょうか?」
「ああ。まさか……用意出来るのか?」
「ふふ、お任せですよぉ。うちのオフィスとの裏ルートを大活用です。短時間で、ええ、一時間もかからないでしょう。クルマのメンテナンスが終わる前には用意しますよぉ? ただし、少し割り増し料金を頂くことになります。さあ、どうしますぅ?」
店員の女の言葉にトビオは肩を竦める。
「ああ、お願いする」
そして、店員の女は、言葉通り、一時間に満たない時間で食料と水を用意した。
「高ぇ、高ぇ! 相場の倍以上じゃあないか。マジかよ」
「お客様、最初に割増料金になるとお伝えしましたよぉ?」
「高ぇ! だが、買った。助かるぜ」
トビオは笑い、店員の女にコイルを支払う。
「うむ。こちらの整備も終わった」
袈裟の男の言葉を聞き、トビオと少年がグラスホッパー号に乗り込む。
「ご来店ありがとうですよぉ。またのご来店をお待ちしています」
店員の女が頭を下げる。
「うむ。急ぎ、為すべき事をなすと良い。拙者もまたお主たちと会えることを楽しみとしよう」
店員の女と袈裟の男に見送られ、トビオと少年はハルカナの街を出発する。
……。
…………。
回想を終えたトビオはポケットの中のものを強く握る。
「さらった人たち? 地下牢かしら? ふふふ、もう何も分からないの。ねぇ、それよりもなんで部屋に入らないの? ふふふ、お話が出来ないでしょう?」
女は笑っている。
(さらった人間が地下に? 信じて良いか分からないが、これ以上聞き出すのは無理だろう。やるしかない)
「ねぇ、なんで部屋に入らないの? ふふふ、話が出来ないでしょう?」
「姐さん、あれは壊して良いものなの?」
トビオは、
女――イリジウムと、
男――ダブルセブンを見る。
もう限界だった。
トビオはポケットの中の手榴弾のスイッチを入れ、部屋の中に投げ込む。
そして、そのまま背を向け走る。
閃光。
爆発が起きた。




