514 ダブルクロス36
門を抜けた先は――アスファルトの道路とコンクリートで作られた四角い建物が並ぶ無機質な世界だった。
歩いている人の姿が見えない。人の気配を感じない。
辺りは静まりかえっている。
「こりゃあ、どういうことなんだぜ?」
トビオは不審に思いながらもグラスホッパー号を道なりに進ませる。
生活感が無い訳では無い。生活感は残っている。
コンクリートの建物は赤や青、様々な塗料で落書きされている。それは目を背けたくなるような卑猥な落書きもあった。
食べ物のカスなど、色々なゴミも散らばっている。
まるで人だけが消えてしまったのかのようだった。
つい最近まで人が暮らしていたのに、人だけが消えてしまった。そうとしか思えない光景がトビオたちの前に広がっている。
トビオは、その異常な光景に、警戒するようにゆっくりとグラスホッパー号を進ませる。
「なんで、人の姿が無いんだ? ここはアクシードの拠点の一つだろ? アクシードの兵隊連中が居ても……あっ!」
トビオはそこまで呟いて気付く。
そう、トビオは思い出した。
マップヘッドの街――ここはアクシードに占拠され、拠点として使われている。そして、ここマップヘッドは、知られているアクシードの拠点では、ハルカナに一番近い場所にある。ハルカナを攻めたアクシードの兵隊たちは何処からやって来た?
何処から?
ここしか無い。
(アクシードの、あの兵隊たちはここから進行したんだろうな。だから、今、ここに兵隊が居ない。残っていない。きっとそういうことだろう。そうとしか思えないぜ。だが……、だとしても、だ。これはどういうことだ?)
トビオは改めて周囲を見回す。
生活感は残っている。
アクシードの連中は野生に忠実だったのか、建物に入るという人間らしさを失ったのか、無機質な建物の近くには、外で食事をしていた跡が残っている。至る所に炊事を行なおうとしていた残骸や食べ残しのゴミなどが散らばっていた。
そう、途中のものが多いのだ。
(それらを食べる暇が無いほど、急いでいた? 炊事や食事の途中でも動かなければならなかった? まるで急遽予定を変更してハルカナに攻めたかのような……分からないな。分からない。どういうことだ? それほど急いでハルカナに攻めないと駄目なことでもあったのか? 計画性の無い行動。アクシードの連中がバンディット並の知能だと仮定すれば、一応は理解出来る話だ。だけど、そうだと言うには、どうにもおかしい。そう、相手はバンディットじゃあない。アクシードだ。機械を操り、人狩りをしているような連中だぞ。これは、おかしいぞ)
しばらく道なりに進み、学校か何かのような建物の前でトビオはグラスホッパー号を大きく減速させる。
そこに一人の女が立っていたからだ。
「悪趣味だな……」
トビオたちを待ち構えるように立つ女――その姿を見た少年が呟く。
「ん? ガム、何か言ったか? あの女を知っているのか?」
「いや、知らないな」
トビオの言葉に助手席に座った少年は肩を竦めて返事をする。
「そうか。あー、どうやら、あの女がここの留守を任されているアクシードの幹部らしいな」
「そのようだな」
トビオはグラスホッパー号を建物の前に立つ女の近くで止める。
「あんたが、アクシードのお偉いさんか? 最近、ずいぶんと派手にやらかしているようだが、手が足りてないらしいじゃあないか。どうだい? 力になるぜ」
トビオの言葉に女が微笑む。
「ふふふ、私たちアクシードがどういった組織で何をしているか知ってて言っているのかしら?」
「人狩りだろ? 俺は別にクロウズじゃあないからな。商人だぜ? コイルのある方につくのさ。それにクロウズ連中には、ちょっと恨みもあってな」
トビオは大げさな身振りでクロウズに恨みがあることを伝える。それを聞いた女は笑みを深める。
「あなたのことは聞いているわ。とても優れた腕前――凄腕だということを、ね。ふふふ、ここで立ち話もなんでしょう? 中で話しましょう」
女がトビオ立ちに背を向ける。
無防備な背中だ。
トビオは一瞬、ここで攻撃を仕掛けるか迷う。だが、すぐに思い直し、首を横に振り、グラスホッパー号から降りる。
「ガム、ちょっと話をつけてくる。クルマで待っていてくれ」
「分かった」
トビオはグラスホッパー号を少年に任せ、女の後を追って建物の中に入る。
トビオはこれを好機だと考えていた。ハルカナの街を襲った連中はまだ戻ってきて居ない。連中よりも早くマップヘッドにつくことが出来た。だが、いつ逃げだした連中が戻ってくるか分からない。時間との勝負だ。
トビオは考え続ける。どれだけの兵士が残っているか分からないが、チャンスなのは間違いない。
――連中が戻ってくるよりも早く、終わらせる。動くタイミングを考えろ。
トビオは、目の前の女をどうするか考えながら、ゆっくりと、その後ろを歩いていた。




