508 ダブルクロス30
店員の女がアクシードの兵隊たちから集めた武器をグラスホッパー号の荷台に乗せ続けている。トビオはそれを、ただ、ぼうっと眺めていた。
「……は!? あんな狂人に気を取られて、戦場でぼうっとするとか俺は馬鹿かよ。えーい、そんなもの俺のクルマに載せてんじゃねえよ。そんなことをしている場合か」
作業を続けていた店員の女がトビオの言葉を聞き、首を横に振る。
「お客様、仕入れは重要ですよぉ。こんなチャンス滅多にありませんからね。それに買って貰った分は代金を頂くのが当然ですよ? あの手榴弾、結構、お高いんですよぉ」
「確かに、そりゃあそうだな……って、納得しかけてしまったじゃねえか。確かに仕入れは重要だが、時と場合を考えろよ。アクシードの連中がこの街を襲撃してんだぞ。さっき倒したヤツらは先遣隊のはずだぜ。これから本隊が来るだろ。巻き込まれて死にてぇのか」
「先遣隊? 良いですね。もっと来るってことですよね。沢山仕入れることが出来ますよぉ。もっともっと仕入れて売りに出しましょう。最高のイベントでしたからね。アレを見たら、皆さん欲しくなってお客様になってくれるはずです。これからうちのお店にも沢山お客様が来るでしょうから、品不足にならないようにここで沢山仕入れておきましょう。お客様にはご不便をおかけしますが、このままよろしくお願いしますよぉ」
トビオは店員の女の言葉に、付き合ってられないとばかりにため息を返す。
「いや、逃げるぜ。俺は自分の命が大事なのさ。コイルも大事だが、それ以上に、俺は命が大事なのさ」
そんなトビオの言葉に店員の女が大きなため息を吐く。ため息にため息を返された形になり、トビオは一瞬眉をしかめる。
「逃げるって何処に逃げるんですよぉ。うちの店があるのはこの街ですよ。逃げてどうなるんですか。うちにはここしかないんですよ。何処か行くなら、その前にこの! しっかりと改造した正規品の代金のお支払いをお願いします」
だが、トビオは店員の女のそんな言葉を聞き、思わずハッとする。そのまま自身の頬を思いっきり叩く。
「そうだな。そうだよな。はは、逃げてばかりじゃあ駄目だよな。わりぃ、代金を支払うのは当然だったな。やって来るヤツらを片付けて、ゆっくりと支払わさせてもらうぜ」
ここでトビオは覚悟を決める。
(俺は死ぬワケにはいかねぇ。生き延びるために逃げることなんて、俺は恥とも思っちゃあいねぇ。だけど、だ。だからって臆病になってどうする。これからアクシードの連中の拠点に乗り込むんだろ? その前哨戦じゃあないか。勝てないヤツに挑むのは馬鹿のやることだ。だけど、これは違うだろ。ここは違う。俺だって、自分の街をヤツらにやられて、カスミおばさんに情けなく守られて、シーズカをさらわれて――頭にきてたはずだろ。何を腑抜けてたんだ)
トビオはハンドルを握る手に力を入れ、大きく息を吸い込み、吐き出す。
そして、そんなトビオの覚悟を待っていたかのように雨が降り始める。
「止んだと思ったのに、また雨か」
トビオはシールドを張り、雨からグラスホッパー号を守る。
「お客様! 新しいお客様ですよぉ!」
雨の向こうからアクシードの大部隊が現れる。兵隊だけでは無く、装甲車やヨロイの姿も見える。
(アクシードのヤツらはオフィスの中にも潜入しちまってる。しかも、そいつはかなり凶悪なヤツだ。見ただけで分かる。アレを相手にするのは……さすがに無理だ。覚悟とかでどうにかなるもんじゃあねぇ。アレを見ちまったから、雑兵相手でも逃げようと弱気になってしまったんだろうな。ふぅ、だが、こいつらはアレとは違う。勝てるはずだ。しかし、だ。アレがオフィスを制圧して、こっちに来たら……下手したら挟み撃ちになる、か。いや、そこは、残ったクロウズたちとあの英雄とやらの活躍に期待するか)
大雨の中、ゆっくりとオフィスを目指して進む大部隊。
[うむ。アクシードとやら、本気でこの街を落とすつもりらしい]
と、そこでグラスホッパー号に通信が入る。
「お、改造屋さんか。クルマは……無事に回収出来たようだな」
[うむ]
駐車場の奥から一台のクルマが現れる。
それは大きな棺をのせたようなクルマだった。
「ずいぶんとお洒落なクルマだな」
[うむ。拙者の改造の技を凝らした珠玉の一振りよ]
大きな棺をのせたクルマがグラスホッパー号の前に出る。
「おいおい、何をするつもりだ」
[うむ。まずは先制攻撃よ。きゃつらに目にものを見せてやろう]
袈裟の男が操るクルマの棺が真っ二つに別れる。そして、中から巨大な砲が現れる。
「物騒な代物が出てきたな」
[うむ。これはとびっきりの代物でな……]
巨大な砲身に光りが集まっていく。光輝く砲身が、一瞬で雨粒を蒸発させ、周囲に光の衝撃を放っている。
[見るがいい。これが真の神の雷]
そして砲身から雷光煌めく光線が放たれる。
雨を消し飛ばし、光りが広がる。
レプリカとは違うのだよ、レプリカとは!




