507 ダブルクロス29
トビオは地上に出て――驚いた。
「おいおいおい、おい! 建物が、街が、破壊されている。破壊尽くされている! なんなんだ。なんなんだよ、これは!」
急ぎレイクタウンの地下のような避難場所へ逃げるべき状況だ。
「ふむ。これは酷い。この街の避難所は何処だろうか? 戦うにしろ、逃げるにしろ、一度そこに避難するべきだ」
袈裟の男が店員の女に聞いている。今居るメンバーの中では店員の女が唯一の地元民だ。トビオも袈裟の男の言葉に同意見だと頷いている。
銃座に取り付きチェーンガンを握ったままだった店員の女が首を傾げ、少しだけ悩み、答える。
「この街で一番安全な場所と言ったらオフィスですよぉ。なんと言っても英雄が居るオフィスですからね。安全度が他の街とは段違いです。クロウズの本拠地であるオフィスを襲撃する悪党なんている訳がないですからね。避難するならオフィスの地下がオススメですよぉ。あ、これ、情報量を頂くべきでした?」
店員の女の言葉を聞いたトビオは驚きに言うべき言葉を失う。
……。
……。
……。
トビオはすぐに立ち直り、頭を軽く振り、助手席に座っている袈裟の男へと小さな声で呟く。
「こ、こいつは狂ってるのか?」
「う、うむ」
袈裟の男も言葉に困っているようだ。
トビオは大きくため息を吐く。音がしていた。何かの集団がこちらへと近づいている音だ。
「改造屋、あんたのクルマは?」
「うむ。ここの駐車場にある」
袈裟の男の言葉にトビオは頷く。そして、音がしていた方を向く。
「どうやらお客さんのようだぜ。俺はここで相手をする。この街の英雄とやらがどれだけアテになるか分からない。あんたもクルマを持ってきてくれ」
トビオはクロウズを信じていない。信じるべきはいつだって自分自身の勘だと思っていた。そのトビオの勘が、今、かなり不味い状況になっていると告げている。
「うむ。それが良さそうだ。この場はおぬしに任せよう」
袈裟の男がグラスホッパー号から降り、自分のクルマを取りに向かう。
「お客様! お客さんですか! 誰にどれを売れば良いか迷いますね。お店にご案内した方が良いですか? 場所を分かるんでしょうか。うふ、お客様二号ですよぉ。うちのウシボーン銃火器店は正規品を扱っています! ハルカナの街で唯一の正規のルートの正規品を取り扱う銃火器店ですよぉ。さあ、さあさあ、皆様、ご来店ください!」
トビオのお客さんという言葉に反応したのか店員の女が狂ったようにそんなことを言っている。
「そういう意味じゃねえよ。というか、アレ、バンディットみたいなものだろうが、それでも良いのかよ」
「バンディット? いいえ、お客様ですよ。うちの店でうちの商品を買うならお客様です! お客様をえり好みして差別してはいけませんよぉ」
「そうかよ……」
トビオたちの前に現れたのはゴーグルから背中の鞄に良く分からない管が伸びた防護服姿の連中だった。
「いひひひ、生き残りだぜ」
「大将が暴れてるから、俺たちには何も残らねぇと思ったのに」
「あー、うー、人狩りの前に少しは楽しめるんじゃあねえか?」
ゴーグルの連中がニヤニヤと笑いながら、そんなことを言っている。
「アクシードの雑兵かよ。店員、突っ込むぞ。飛び込みでの販売だ。あんたご自慢の武器の性能を見せてやりな」
トビオはグラスホッパー号を発進させる。
「押し売り! いけません、いけませんよぉ。押し売りはいけませんよぉ! クーリングオフの対象になります。ですが、性能を見て貰うのは良いです。とても素晴らしいですよぉ。実演販売ですね。銃弾を喰らえば、きっと、うちの取り扱い商品の性能を! 身をもって理解してくれますよね!」
現れたアクシードの兵隊たちは二十人ほど。トビオはグラスホッパー号を走らせ、その集団に突っ込む。
「俺たちアクシードに逆らうつもりか!」
「アクシードの人狩り部隊に勝てるつもりかよ!」
アクシードの兵隊たちが手に持ったアサルトライフルの引き金を引く。トビオは銃弾の雨の中を突っ込む。グラスホッパー号のシールドが銃弾を防ぐ。
「とてもお安くなっていますよぉ! 今なら、この性能の商品が! もちろんこれよりも優れた商品も取り扱っていますよぉ。今なら定価でご販売です。今なら! そう、今なら定価ですよぉ! うちは非正規の商店とは違います。しっかりとした定められた価格で、ニコニコいつでもご販売! 定価ですよぉ!」
「定価なのかよ。割引した方が売れるだろ……」
トビオの呟きを無視し、銃座に取り付いた店員の女が銃弾をばらまく。アクシードの兵隊たちが手に持った半透明な大きなシールドを掲げ、その銃弾から身を守る。アクシードの兵隊たちはそのシールドに隠れながら、攻撃を返してくる。
グラスホッパー号の攻撃が防がれている。近寄り、攻撃したことで、逆にシールドが削られているような状況だ。
「おいおい! 防がれてるぞ。バンディットを24人は殺せるんじゃあなかったのか?」
「仕方ないですねぇ。お客様に商品を疑われてはいけません。いけませんよぉ! これは特別サービスですよ。新規の顧客開拓事業です!」
店員の女が何処かから手榴弾を取り出す。そのピンを口で外し、アクシードの兵隊たちの足元へと転がす。
手榴弾が爆発する。その余波でグラスホッパー号のシールドが削られる。
「おいおいおい、おーい! なんつー、爆発だ。近くでやるんじゃねえよ。何をしやが……」
「お客様! 性能を見てください。今ならちゃんと偽りない24Bpsですよぉ!」
店員の女が手榴弾の爆風で飛び上がったアクシードの兵隊たちをチェーンガンで撃ち殺していく。オーバーキルも良いところだった。
トビオは死んだ魚のような目で店員の女を見る。店員の女は楽しそうに笑っていた。
……。
そして、アクシードの兵隊は誰も動かなくなった。
店員の女が銃座から飛び降りる。そのまま吹き飛び散らばっているアクシードの兵隊たちの懐を漁る。
「おいおい、何をしているんだ?」
「お買い上げされた商品の代金を頂いています。うんうん、良いお客様でしたね。お、この銃はまだ使えそうですよぉ。これならちょっと手を入れれば正規品になりそうです。ちゃんとした仕入れも行なう。これが一流の商人ですね」
店員の女はウキウキとした様子で転がっている武器を漁り、そんなことを言っている。
トビオは顔に手をあて、頭を大きく振り、ため息を吐く。
「狂ってやがる」
これが正しい商品の仕入れ方法!?




