506 ダブルクロス28
「つく相手を間違えたな」
「これでも引き際は心得ているつもりだったんですがね」
俺の目の前の男は疲れ果てた顔でそう言った。権力というものに取り憑かれ、狂わされ、翻弄され、行き着くところまで行ってしまった男の顔だ。今回の件も、それが原因だろう。だから、見誤った。
「あんたの存在はイレギュラーすぎますよ」
「そうか」
俺はトドメを刺そうと抜き手をつくり、その手を振り上げる。
……。
そして、その手を止める。どうやら遊んでいる場合では無いようだ。
「やらねえんですかい? それは助かりますが、ね……」
男の声には何処か懇願するような響きがあった。死にたくないのだろう。だが、このまま生きていたい訳でもない。己に合わない立場は、この男にとって辛いだけだったのかもしれない。だから、俺は、解放してやる――最初はそのつもりだった。だが、状況が変わった。
「遊んでいる場合ではなくなった」
「それは、どういう……」
「俺は俺に敵対する相手を許さない」
「身をもって分かりましたよ」
「だが、あんたら程度になるとどうでも良いんだよ。あんたは惨めに裏でケチな情報屋を続けていけば良いさ」
俺の言葉に目の前の男は大きなため息を吐く。
「だから、あんたに手を出すのは嫌だったんですよ。今の世代はあんたを知らない。誰が本物なのかを知らない。どちらが本物だったかを知らない。もう一度言いますが、俺は止めようとしていたんですよ」
「そうだな。それで止まっていたら良かったな」
「こんな地位に祭り上げられ、それでも頑張っていたんですがね」
俺は男の愚痴に肩を竦める。
「それで? 俺は、あんたの時間稼ぎに付き合うつもりは無い」
そう、俺はこんなことをしている場合では無い。場合では無くなってしまった。俺の右目が教えてくれている――俺の仇が近くに来ていることを。確かにあの盗人に思うところはある。だが、あいつは現れたこの本物と比べれば、無視しても良い程度の雑魚だ。
敵だ。
本物の敵だ。
俺が殺し、俺を殺した仇だ。
何故、奴がここに現れたのか。襲撃をしてきたのか。それは分からない。だが、俺が乗り込むのを待たずに、せっかく俺の近くにまで来てくれたんだ。
相手をしてやろう。
「バイクを持っていただろう?」
「俺のクルマですか」
「ああ。それを貸してくれ。それで今回の件はなかったことにするさ」
「それは……ずいぶんな話だ。あのクルマの価値をご存じで?」
「ずいぶんな話? そうかい? あんたの命だろう? どちらが重いのか軽いのか、それはあんた自身で判断してくれ」
「分かりました。案内しますよ」
疲れ切った男の案内で、俺は、かつて男が使っていた二輪車タイプのクルマを借りる。
バイクに跨がり、すぐに発進させる。
敵の動きが早い。奴はすでに街の中心地まで侵入している。
……。
いや、これは俺の探知能力が低いだけか。セラフならもっと早くから――街に入られる前に気付いていただろう。俺は自分の力を未だ使いこなせていない。
俺は奴の後を追う。
奴は障害物なんて何も無かったかのように、建物に穴を開け、立ち塞がる敵を蹴散らし――全てをぶち壊し前進したようだ。
至る所にその残滓が転がっている。
誰も奴を止められない。
時間稼ぎにもなっていない。
間違いない。この反応、この存在感――奴だ。
忘れるはずが無い。
奴の現在地はオフィスだろう。俺が感知した時には、すでにそこまで侵入されていた。そこまで辿り着かれ、俺がそこに隠しておいた探知機の反応を見て、やっと俺は奴に気付くことが出来た。例のイベントとやらを狙ったのだろうか。いや、もっと単純にクロウズが集まっているところを狙った方が効率が良いとか、そういうことなのかもしれない。
俺はバイクを走らせ、奴が通った建物の穴を抜けていく。
バイクを走らせる。
そして、辿り着く。
大穴の先では真っ黒な髪のタンクトップの男が暴れていた。
「久しぶりだな」
俺はその角刈りの男に声を掛ける。
角刈り頭の男がこちらへと振り返る。そして、その髪が真っ白に変わる。
「あら? 変わってない? 続編の、次世代編だと思ってたのに、バグかしら」
そして、真っ白な髪の男がそんなことを呟く。
「虫? 虫はお前だろう。何を言っている」
角刈りの男の髪がすぐに黒へと戻る。
「おっと、すまねえな。雑魚相手だとウォーミングアップにもならなくてな。待ってたぜ」
角刈りの男が俺を見てニヤニヤと楽しそうに笑っている。
俺はイベント会場だった地下室を見る。そこは破壊し尽くされていた。クロウズたちが、クロウズたちのクルマが、ヨロイが――全て破壊されている。
生きているものは……居ないだろう。
俺は大きく息を吐き出す。
この場所に何か思い入れがある訳でも無い。
こいつらクロウズに義理がある訳でも無い。
クロウズは狩人だ。バンディットを、マシーンを、ビーストを、賞金首を狩る狩人だ。戦いの結果、死ぬのは自己責任だろう。覚悟が決まってろうが、なかろうが、そういうものだろう。
何も思うことはない。
だが、だ。
「俺もクロウズだ。賞金首、狩らせて貰うぞ」
「いいぜ。雑魚には無い迫力だぜ。雑魚とは違うな、雑魚とは!」
角刈りの男が一瞬で俺の目の前まで迫り、手に持った分銅を振るう。俺はバイクを滑らせるように発進させ、その一撃を避ける。
「コックローチ、お前がどういうカラクリで生きていたのか知らないが、もう一度殺してやる!」
俺は角刈りの男――コックローチに告げる。




