505 ダブルクロス27
角刈りの男の言葉を聞いた瞬間、トビオの目の色が変わる。
「アクシードだと、アクシードだとぉッ!」
トビオは極度の怒りと興奮によって何も考えられなくなっていた。
「お客様! 今がチャンスですよぉ! 改造したスーパールーキーの威力を見せつけてください。改造するだけで、こんなにも威力が違うのだぁ、って分かれば、あの何も理解していないお馬鹿な連中の見る目も変わるはずです! 正規品の価値を認めるはずですよぉ。突然の襲撃は驚きましたけどぉ、これは逆にチャンスですよぉ! さあ、さぁさあ! これでうちの店にもお客が来るようになるんですよ。お客様です。チャンスです。逆境をはね返しましょう!」
店員の女がハンドルを握るトビオに縋り付き、狂ったような勢いで捲し立てる。それを見たトビオは、あまりにもあまりな店員の女の態度に冷静さを取り戻す。
「ふぅ」
トビオは深呼吸するように大きく息を吐き出し、ゆっくりと吸い込む。そのまま自分の頬を叩く。
「あんたはさっきのように荷台に乗っててくれ」
そしてトビオは店員の女に、そう命令する。
「分かりました。分かったんですよぉ。このまま突っ込むんですね。戦闘は専門じゃあないんですが、武器性能のアピールのためなら仕方ありません。銃弾をばらまくくらいなら任せてくださいよぉ。邪魔な連中もろとも撃ち殺しますから! うちの店の商品を買わないどころか悪評を垂れ流している害悪に天誅を下すチャンスですからね。それくらいはご協力いたします。新しい銃火器の扱いに不慣れなお客様の困ったを解決! 害虫駆除がついでに出来るうちとで勝利と勝利が掛け合わさった最強の方程式ですね! さすがはお客様ですよぉ! さあ、出発です。発進ですよぉ!」
店員の女が荷台に飛び乗りチェーンガンを握る。
「ふぅ、改造屋さんよぉ、あんたのクルマは?」
トビオが店員の女を無視して袈裟の男に話しかける。
「ふむ。地上の駐車場に止めてある」
「そうかい」
ステージ下では角刈りの男とクロウズたちの戦闘が続いている。角刈りの男が手に持った分銅を振るうたびに人が、クルマが、吹き飛んでいた。
「アクシードだとぉ? ずいぶんと怪力自慢のようだが、ヨロイ相手に生身で来るたぁな! 死ねや」
クロウズが操る六メートルクラスの青い人型のロボットが角刈りの男を押さえつけるように、その手を伸ばす。角刈りの男がその大きな手を分銅ではね返す。
「んだとぉ! 俺のヨロイは九十五万馬力だぞぉ!」
「雑魚が。一馬力の間違いじゃねえのか。雑魚はヨロイを使っても雑魚だなぁ、おい!」
角刈りの男が手に持った分銅を振るい青い人型ロボットを叩く。それだけで青い人型ロボットの表面が大きく凹む。
「待て! 止めろ! 修理費がどれだけかかるか……」
「雑魚がよぉ! 修理費の前にお前の命の心配をするんだな!」
角刈りの男が青い人型ロボットを分銅で叩く。叩く。叩く。叩く。叩き続ける。
「やめ、やめろ! やめ、やめてくれ。ぐ、ぎゃあぁ」
青い人型ロボットに乗っていたクロウズが叫んでいる。角刈りの男はその叫び声を無視して叩く。とにかく叩く。そして、気付けば青い人型ロボットは、ただの四角い金属の塊へと形が変わっていた。四角く折りたたまれた金属の塊からは真っ赤な液体がにじみ出ている。ヨロイに乗り込んでいたクロウズが中でどうなっているのか――もう叫び声は聞こえない。
「次はどいつだ? 雑魚はどれだけ集まっても雑魚でしかねぇなぁ」
角刈りの男がニヤニヤと笑いながらクロウズたちを挑発する。
クロウズたちが角刈りの男の力に飲まれ、攻撃の手が止まる。
……。
「おいおい、戦意喪失かぁ? もう誰も出てこないのかぁ? それなら雑魚らしく皆殺しだな」
角刈りの男が分銅を振り上げる。
「やはり筋肉か」
そんなクロウズたちの中から上半身だけが鍛え上げられた男が現れる。
「おうおう、雑魚の中からずいぶんと気持ち悪いのが現れたな」
「分かる。分かるぞ。その鍛え上げられた筋肉。俺の筋肉とお前の筋肉が呼応している! どちらの筋肉愛が上なのか、力比べしようじゃないか! 武器なんて邪魔だ。武器を捨てて、さあ!」
上半身だけ鍛え上げられた男が手を広げ、上下に構え、ジリジリと角刈りの男へ近寄っていく。
「手四つだ。分かるだろ。筋肉の鼓動が! 逃げるのか? どちらの筋肉が上か、さあ!」
上半身だけ鍛えられた男が叫ぶ。角刈りの男は大きくため息を吐き、分銅を手放す。そして上半身だけ鍛え上げられた男の手を掴む。手四つでにらみ合う。
「おほほほ、武器を捨てたお馬鹿さんざます」
「このまま俺の筋肉がこいつを拘束する! ヘル、今だ!」
角刈り男の背後にモヒカンの男が回り込んでいた。そして、モヒカン男が持っていたロケットランチャーをぶっ放す。
「雑魚がよぉ、雑魚は、考えることも雑魚だな!」
次の瞬間、上半身だけ鍛え上げられた男の両腕が逆方向にねじり曲がる。
「ぐぎゃああ! 筋肉が! 俺の筋肉が! 何故だ! 何故、俺の筋肉が裏切る!」
「そりゃあ、お前が雑魚だからだよ」
角刈りの男が玩具でも振り回すように、上半身だけ鍛え上げられた男を振り回し、飛んできたロケット弾の方へと投げ飛ばす。
トビオはそんなクロウズたちの戦いを見ていた。
「あんたは助手席に乗ってくれ」
トビオが袈裟の男に呼びかける。
「うむ。かたじけない」
袈裟の男がグラスホッパー号の助手席に乗り込む。
「さあ、準備は出来ましたね! さあ、お客様、行きましょう! 正規のルートで手に入れた正規品の力を見せてやりましょう!」
「馬鹿なことを言うな。逃げるんだよ」
トビオはそう告げる。
「何故ですか! それでは売れませんよ! 正規品の力が見せられませんよぉ」
「俺はクロウズじゃあない。商人だぜ。命あっての物種さ。戦うのはクロウズの連中にまかせりゃあ良いのさ」
トビオがこの場を離れるためにグラスホッパー号を発進させる。
(戦うことが目的じゃあない。俺のやるべきことは救出だ。見誤ったら駄目だ)
そして、トビオは心の中でそう呟いていた。
転進!




