501 ダブルクロス23
「盗人?」
少年の言葉にトビオが首を傾げる。
「ああ、そうだ。ヤツの名はウルフ。ただの盗人だ」
「そうは見えないが、見えなくてもそういうヤツはいくらでも居るからな。ガム、俺はお前を疑わないさ。なるほどな」
トビオは改めて現れた男を見る。
年齢は、青年期を過ぎ、壮年に入ったばかりだろうか。
両手につけた真っ赤な義手が目立つ男だ。自分に自信があるもの特有の威風堂堂とした佇まいは、ただ立っているだけでも人の目を引きつける存在感がある。周りのクロウズたちが英雄と呼ぶのも分かる貫禄を持っている。
トビオは少年を見る。少年は真っ赤な義手の男を睨み付け不敵な笑みを浮かべている。そんな少年と男を見比べる。
(結びつかねぇなぁ。接点があるようには――あったようには見えないぜ。だが、ガムのこの反応、何かあったのは間違いないか。ガムの年齢で何か? それは、そんな昔じゃあないってことだろ? つまり、ここ一、二年の出来事ってことか? だがなぁ……こいつはここ数年で英雄って呼ばれるようになったとは思えない。英雄と呼ばれるようなヤツが餓鬼を相手に盗みをするだろうか。……するだろうな。そういうヤツこそ裏で何をやっているか分からないからな)
「ガム、お前にとってあいつは敵なのか?」
トビオは少年の返答が何であれ、味方をするつもりだった。だが、少年はトビオの言葉に肩を竦めるだけだった。
「言いにくいことなのか? 俺はさ、ガム、お前に無条件で味方するぜ。それが、あーやってクロウズどもに崇められるヤツを敵に回すことでもな」
「敵? 取るに足らない盗人が、敵?」
少年が掴んだグラスホッパー号のフロントガラスがミシリと音を立てている。
「お、おう」
少年の言葉の勢いにトビオの頬が引きつる。少年は自身を落ち着かせるように大きなため息を吐く。
「だが、奴には借りがある。大きな借りだ。借りは返して貰わないと駄目だろう? それが良いものであれ、悪いものであれ、だ」
「ガム……」
「分かってるさ。こんな場所で手を出すつもりはない。それに、アレにそこまでの価値は無い」
「そうか」
真っ赤な義手の男はステージの上でヘル&マッスルブラザーズとアンテッドたちの喧嘩を仲裁している。両者とも真っ赤な義手の男には逆らえないようだ。
「……悪いがやることが出来た。後で、そうだな、昨日と同じ時間に宿で合流しよう」
少年がグラスホッパー号から飛び降りる。
「おい、ガム! さっきも言ったが俺はお前に味方するからな! 忘れるなよ!」
少年はトビオの言葉を背に受けながら手を振り、その場を離れるように駆け出す。
どうやらステージ上の諍いは解決したようだ。肩パッドのモヒカンと上半身だけを鍛え上げた男が不満げな顔でブツブツと呟きながらステージを降りる。
「ハルカナの英雄だかラって調子に乗ってンじゃねーゾ」
「俺ラが、素直に従うと思ったラ、大間違いだゼ」
「お、おイィ、待てヨ」
「さわンじゃネ」
騒いでいるガスマスクの連中が黒服に抑えつけられ、無理矢理何処かへ連れて行かれている。
騒動は終わった。
真っ赤な義手の男がステージの中央に立つ。
「さて、君たちをお待たせしている間にちょっとした騒動はあったようだが、これで解決だね」
真っ赤な義手の男は良く通る声でそんなことを言っている。騒がしかった会場が男の言葉を聞くために一瞬で静かになる。荒くれ者の多いクロウズを言葉で従わせている。
トビオは周りのクロウズを見る。
(一瞬で静かに、だと? この男の言葉を聞くために? それだけの価値があるって思ってるのか? クロウズが? オフィスが無ければ偉そうな顔も出来ねぇならず者が! ……これは畏怖じゃあ無い。憧憬か。はっ、これがカリスマってヤツか?)
真っ赤な義手の男の言葉が続く。
「オフィスを通して皆を呼んだのは僕だ。その理由は――君たちが想像しているとおり、マップヘッドに攻め込むためだ。僕たちクロウズが力を合わせればマップヘッドを不当に占拠しているアクシードたちをきっと妥当出来るはずだ」
男は何か特別な話術を使っているワケじゃあない。ただ普通に普通の言葉で普通のことを喋っているだけだ。だが、その言葉に込められた力が、偉業が、男の名が、クロウズたちを従わせている。
「そして、その作戦を伝える前に君たちにプレゼントを用意した。ちょっとしたイベントだが、楽しんで欲しい」
真っ赤な義手の男がそう告げる。
それにあわせ、一人の女がステージに上がる。
その女を見たクロウズたちがにわかに騒がしくなる。
「おい、あいつ!」
「あの狂人じゃねえか」
「なんで、ヤツが!」
それはトビオも知っている女だった。
「はぁ、困ったですよぉ。お客様が来ないと……ここはいっそ、ここの連中から適当に募集をするべきでしょうか」
ステージに上がった女がブツブツと呟いている。
「彼女を知っている人は多いと思う。ウシボーンのヨシノイさんだ。今回のイベントは彼女に協力して貰う。君たちには、そのイベントを通じて少しだけお得な情報を提供するつもりだ」
真っ赤な義手の男はブツブツと呟く店員の女を無視して喋っている。どうやらイベント進行を優先しているようだ。
(なるほどな。そう来るか。つまり、そろそろ俺の出番ってことだな)
現れた店員の女は――ただの狂人だった!




