500 ダブルクロス22
トビオたちはグラスホッパー号を走らせ搬入口から地下への道を進む。そして聞こえてくる歓声。どうやら地下にはすでに多くのクロウズたちが集まっているようだった。
「おいおい、ずいぶんと盛況だぜ。こりゃあ、イベントとやらは成功するんじゃあないか?」
「そうか」
少年はあまり興味がないのか背もたれに体を沈め、頭の後ろで腕を組んでいる。
「ほー、ここが、会場か」
地下には多くのクロウズが集まっていた。集まっているクルマは十台を越え、その倍近いヨロイ持ちのクロウズたちが並んでいる。それは、ハルカナの街の全てのクロウズがここに集まっているとしか思えない数だった。
「多すぎる」
グラスホッパー号の助手席に座った少年がポツリと呟く。
「こんなもんじゃあないのか? ……じゃないか。確かに、これだけの数のクロウズが、あんなイベントのために集まるとは思えないな。こいつら全員、雨宿りのために来た……ワケじゃあないよな? どういうことだぜ」
トビオたちはグラスホッパー号を徐行させ、近くのクロウズに話しかける。
「おいおい、凄い人気だが、例のイベントか?」
「ん? 見ねぇ顔だな。餓鬼まで連れて来るとか、お遊びじゃねえぞ」
「それで?」
少年が声を低める。
「まぁまぁ、落ち着けよ、ガム。で、これだけ集まるなんてどういうことだ?」
「ん? ああ、例のイベントが何かは知らねぇが、オフィスから、ここのクロウズは集まるように指示されたからな、そりゃあ集まるだろ」
「オフィスから?」
トビオの言葉に、そのクロウズは何処か興奮した様子で頷く。
「ああ、そうだぜ。こりゃあ、決まりだな。ついに大作戦が始まるぜ」
「そうかい。そりゃあ凄いな。で、さっきの歓声は、それか?」
「あ? ああ、さっきの? アンテッドのヤツらがマッスルブラザーズと揉めてんだよ」
「アンテッド? アンデッドのことか?」
「あ? アンテッドはアンテッドだろ。お前、何言ってんだ? そんなことも知らないとか、お前、新人か? それで、クルマ持ちかよ。まぁ、うちの団に入るってぇなら……」
「あー、情報ありがとうよ。じゃあな」
トビオがグラスホッパー号を動かし、その場を離れる。
そのまま無理矢理、集まった連中を押しのけるようにグラスホッパー号を走らせる。
「おい、気を付けやがれ」
「んだ、この若ぇのは」
トビオはグラスホッパー号を走らせながら改めて周囲の連中を見る。
(ここに居るのはクロウズたちばかりのようだ。クロウズ以外でここに来たのは……俺たちだけか? クロウズでもなければクルマを持つのは難しいからな。だからか? いや、違うな。こいつぁ、オフィスが集めたからクロウズばかりになったと考えるべきか? 俺はたまたまイベントの実験台に選ばれたからクロウズ以外でここに参加出来た、そう考えた方が良さそうだぜ)
「おうおゥ、たった二人で俺ラを相手にするつもりかヨ!」
「ふむ。お前たちは俺の筋肉を知らないと見える。ここが、俺の、上腕三頭筋、そして! 上腕二頭筋! 交差する上腕!」
「知らネぇヨ。 死にてェなラぁヨ、今すぐぶっころだぜ」
「ねぇンだわ。俺ラに慈悲の心は……ねぇンだわ!」
「お静かに待ても出来ない、お野蛮な輩にお仕置きをするざますよ」
地下に仮設で造られたステージの上で、肩パッドが目立つモヒカンののっぽ、上半身に対して下半身が貧弱すぎる男――そんな二人とガスマスクをつけた集団が、言い争いをしていた。
「あのガスマスクの連中がアンテッドか? 何があったか知らねぇがイベントどころじゃあなさそうだな」
「ああ」
トビオの言葉に少年は肩を竦めている。
「俺としちゃあ、せっかく安くクルマ用の武器が手に入るイベントを逃したくはないんだがなぁ。困ったもんだぜ」
「黙らせるか?」
トビオの言葉に少年が反応する。すぐにトビオは首を横に振る。
「黙らせる? いや、止めておくさ。別に、ガム、お前の力を疑っているワケじゃあないぜ? まだ店員の女の姿も、七人の武器屋の旦那も、オフィスのヤツらも見えねぇ。焦って厄介ごとに巻き込まれる必要はないぜ」
「そうか」
グラスホッパー号から身を乗り出し、ステージへと飛び込もうとしていた少年が肩を竦め、助手席に深く座り直す。少年は、そのまま背もたれに身を預け、腕を組む。
ステージの上では今にも殺し合いが始まりそうな緊張感が漂い始めていた。
「お前ラ、命、要らネぇンだな」
「お下品ざますよ」
「筋肉に裏切られた弱き者たちよ。振動する筋肉を見るが良い」
そして、ついに殺し合いが始まる――そう思われた時だった。
「待て!」
大きな制止の声が発せられた。
そしてステージ奥から一人の男が現れる。
「!」
その男を見た少年が身を起こし、グラスホッパー号のフロントガラスを強く握る。その手には、グラスホッパー号のフレームにヒビが入りそうなほど力が入っていた。
「どうした、ガム?」
それは真っ赤な義手をつけた男だった。
「面白い再会だ」
少年が歯を見せ、口角を上げ微笑を浮かべている。
「あいつを、あの男を知っているのか、ガム」
「ああ、知っている。よく知ってる」
少年はギラギラと目を輝かせ声を抑え笑う。
「おい、見ろよ! かつてハルカナを救った英雄じゃないか!」
「あの真っ赤な義手、間違いないぜ!」
「俺らを集めたのはあんただったのか!」
「ハルカナの英雄が居れば大作戦も大船に乗ったようなもんだぜ!」
声が聞こえる。周囲のクロウズたちが男を讃えている。
それを聞きながら少年はトビオに答える。
「よく知ってる。奴は――ただの盗人だ」
奴の名は……!




