498 ダブルクロス20
「……ということがあったんだ」
トビオが食事をしながら少年に今日一日の出来事を伝える。
「そうか」
トビオがぐっちゃぐっちゃと音を立てながら手当たり次第に料理を口に突っ込んでいるのに対して、少年は静かに料理を口に運んでいた。
「そっちはどうだったんだぜ?」
「ぼちぼちだな」
「ぼちぼちかぁ。ガム、お前は明日、どうする? 俺はさっきも言ったがクルマだな。クルマの演算制御装置を交換して貰う。その見守りだな。で、明後日は、さっき言ったイベントさ」
「そうか。俺は……明日はあんたから貰った義手の手術をする。明後日のイベントは俺も参加しよう」
「了解だぜ。そう言えば、ガム、お前は大作戦とやらの話、聞いているか?」
トビオの言葉に少年が頷く。
「そうか、そうか。俺はそれがどんなものか聞くためにオフィスにも行く予定に……って、知っているのか?」
「ああ」
「知っているのかよ。で、大作戦とやらはどういう内容なんだ?」
トビオの言葉に少年が肩を竦める。
「クロウズを集めてアクシードの拠点の一つであるマップヘッドに攻め込む」
「んだ、と」
「レイクタウンをアクシードに攻められたオフィスが、その威信を賭けて行なうらしい」
少年の言葉を聞いたトビオが腕を組み、考え込む。
(確かに、オフィスが攻められ放しというのは考えられない。舐められないためにもオフィスならやるだろうぜ。だが、なんで今なんだ? それだけ準備に時間がかかったってことか? オフィスが時間をかけた? こりゃあ、かなりの大規模になりそうだな)
「ガム、どうやら俺たち、急いだ方が良さそうだな。まぁ、もとから急ぐつもりだったけどな。オフィスの連中よりも先に動かないとシーズカとおばさんを助け出すどころか、その情報すら手に入れることが出来なくなりそうだぜ」
「……いや、その必要はない」
焦るようなトビオの言葉を聞いた少年が首を横に振る。
「必要はない? どういうことだ?」
「オフィスの作戦は失敗する。焦る必要はない。俺たちはオフィスの作戦に便乗して攻め込んだ方が上手く行くだろう」
「オフィスの作戦が失敗する? 何を根拠に……根拠があるんだな?」
トビオの言葉に少年が頷く。
「分かったぜ。ガム、俺はお前を信じるぜ。となると、クルマだな。俺たちはクルマの準備をしっかりと、だ。ガム、お前は義手だな」
「ああ」
その日の夜、ハルカナの街に雨が降った。人の肌を焼く、酸の雨だ。
翌朝も雨が続く。
「ガム、雨だがどうする?」
トビオの言葉に少年は首を横に振り、肩を竦める。
「行ってくる」
「雨だぜ? 義手は今日じゃあなくても大丈夫だろ」
「いや、約束もあるからな」
「そうか、分かったぜ。にしても、酷い雨だな。壁と屋根があるところを宿にして良かったな」
「そうだな」
少年が宿を後にし、そしてしばらくして合羽を着た店員の女が宿にやって来た。
「いやぁ、酷い雨ですよぉ。それでも約束ですから、お客様のために! ここまでやって来ましたよぉ。さあ、うちがみるクルマはどれですか?」
「……あ、ああ。雨の中、悪いな。って、あんたが作業をするのかよ」
「何か問題でも? 商団連中でもやってるような簡単な換装くらいならうちでも出来ますよぉ。難しい作業ならオフィスでやってくださいって言いますけど、お客様、演算制御装置の交換でしょ? それくらいならうちでやりますよぉ」
店員の女が得意気な顔でトビオを見る。
「いや、それもだけど、店に誰も居なくなってるんじゃあないか? あんたんとこは、あんた以外に店員がいるのか? そうは見えなかったが?」
トビオは、他に店員が居るようなら、そちらに担当を変わって欲しいと考えていた。
「あ! あ、あはははは」
だが、店員の女はトビオから目を逸らし、乾いた笑いをあげていた。
「そうか。他の客が来たら……」
「お客様、お客様! あなたがお客様ですよぉ! あ、ははは、はぁ……」
店員の女は客が来ないであろうことを自虐するように笑っている。
「……変なことを聞いて悪かったな」
トビオは頭の上に布を広げ、酸の雨から身を守りながらグラスホッパー号の前に、店員の女を案内する。
「このクルマだ」
「ほー、ほー。これですか! ロングバレルを選ばなくて良かったですね。このタイプのクルマだと大砲タイプのような武装の接続は出来なかったと思いますよぉ。買っても接続が出来なくて、すぐに中古に流すことになったかもしれませんね。でも、チェーンガンタイプのスーパールーキーなら問題なしですよぉ」
「おいおい、そりゃあ、どういうことだ? 使えないものを売るつもりだったのかよ」
「お客様がクルマのタイプまで言われませんでしたから」
「そうかい。購入前に、それくらいの確認はあっても良かったんじゃあないか?」
「あー、あははは。お客様、雨の中の作業になるので、クルマのシールドをつけても良いですかぁ?」
店員の女はトビオの言葉を無視してそんなことを言っている。
トビオは大きなため息を吐き、肩を竦める。
「で、明日のイベントとやらこのままやるのか? 明日も雨かもしれないぞ」
「お客様、それは大丈夫ですよぉ。まだ雨が続くようなら、オフィスの地下でやりますから!」
「地下?」
「はい、地下ですよぉ。っと、このクルマのパンドラ、ずいぶんと特殊ですね。かなりのコイルをかけて改造したんじゃないですか? これ、スーパールーキーだけしか接続しないのは勿体ないですよぉ。もっと接続しませんか? このクルマなら百万コイルクラスの銃火器が妥当ですよぉ。うちで正規品を! 正規のルートで仕入れた、正規品を買いませんか! 今なら定価でお売りします!」
「そうか、って、定価かよ。そこは負けてくれるんじゃあないのか」
「お客様、お値段を下げたらうちが損をしますよぉ。利益が減るようなことをしても、うちに良いことなんてないですよ? おかしなことを言いますね。もしかして、商売を知りません?」
「……俺も商人なんだがな」
店員の女の言葉にトビオは肩を竦めていた。




