497 ダブルクロス19
「武器は……こちらを、使います!」
そう言って店員の女がトビオを案内したのは、先ほど店員の女がスーパールーキーと呼んでいたチェーンガンだった。
「こいつぁ、さっき十万コイルって言ってたヤツだよな? 予算オーバーだぜ」
「分かってます。分かってますよぉ。今回のイベント、扱う武器は多くのクルマを持つクロウズがご存じのものじゃないと駄目なんです。そうなると、これ! これですよぉ! 駆け出しのクロウズ愛用品! やっとクルマを手に入れたクロウズがまずこれから始める登竜門! これがあればそこらのバンディット程度なら速ミンチ! 挽肉ですよぉ!」
「似たような説明はさっき聞いたぜ」
「有名だからこそ! 裏で非正規の品が多く出回っています! 中古も多いんですよぉ。小オークションの方ではちょくちょく流れてくるらしいですね。うちも、そう言った非正規品の一つを今回のイベントのために! オフィスから提供して貰っています」
トビオが店員の女の言葉に首を傾げる。
「待て。非正規品を提供して貰っている? まさか、それを俺たちのクルマに乗せるつもりかよ」
「違います、違いますよぉ。お客様! うちの店は正規品! 正規のルートで仕入れた、正規の品なんですよぉ! オフィスからも認められた正規取扱店です! イベントで使うのもうちの店の正規品! 非正規品は比較のためですよぉ」
「あ、そう」
「そう、その正規品! それをお客様にお売りします! しかも、このイベントで改造、強化したスーパールーキーですよぉ! しかも、今なら! イベント限定特価! 五万コイル! 五万、五万コイル! イベントに参加していただくだけで、お得な価格で強化品が手に入ります! お客様には良いことずくめ! 是非是非、これはもう参加するしかない! そう思います。思いますよね?」
「いきなり半額か。価格はありがたいが、そこまで下げると逆に気になるぜ。元々、それくらいの価値しかなかったんじゃあないか?」
「半額じゃあありません! お客様は改造費を忘れていますよぉ。クルマの火器改造は簡単なものでも一万コイルはかかります。大きな改造になれば、それこそ百万コイルくらいは行きますよぉ! 材料を集めるのだって大変! 大変なんですよぉ! しかも改造を行うのが、あの七人の武器屋ですよぉ! こんなチャンス、あり得ないですよ」
店員の女の勢いに押されながらもトビオは腕を組み考える。
「確かに。その話が本当なら俺には得しかないな」
「本当ですよぉ!」
トビオは改めて店員の女を見る。トビオ的には得しかない。だが、店員の女の性格が、トビオに一歩踏み込むことを躊躇わせていた。
胡散臭い。
トビオは店員の女を胡散臭いヤツだと考えていた。
トビオは組んでいた腕をほどき、こちらへとやって来ていた袈裟の男の方を見る。
「あんたが七人の武器屋なんだよな? これ、あんたにもメリットがある話なんだよな?」
トビオの言葉に袈裟の男が頷く。
「うむ。オフィスから頼まれたというのもあるが、拙者としても改造の腕を磨く修行になる。改造というのは滅多に行なえないもの故、な」
「そうなのか?」
「うむ。改造には様々な材料が必要になる。貴重な材料が必要になる場合も多い。それ故、多くのクロウズが改造よりも買い換えを選ぶのだ。手間をかけて一つの武器を強化していくよりももっと良い武器を、とな。だが、それは勿体ない。改造にも良い点はある。拙者としてはこれを機会に多くのクロウズに改造を知ってもらいたいのだ」
「材料か」
「うむ。今回は材料も提供される故、そちらを気にする必要がないのはありがたい。拙者としても多くの得があるのだ」
「なるほどな」
トビオは袈裟の男の言葉に頷く。トビオの心はこのイベントに参加する方向へ傾き始めていた。
「オフィスの許可も貰ったしっかりとしたイベントですよぉ! オフィスからの協力も貰ってるんです。イベントの開催はオフィスの駐車場! 比較に使うための中古品の提供! 改造の材料の準備! 腕の良い改造職人の斡旋! 色々と! 色々と、です! ここまでして貰ったらイベントは成功間違いなし! お客様の確保も成功! しかも、ちょうど良い具合に武器を買いに来たお客様! さあ、さあ、さあ!」
店員の女の言葉を聞き、傾いていた心が元に戻る。
(胡散臭い! この女の胡散臭さはなんなんだ? にしても、このオフィスの力の入れようはどういうことだ? 何故、オフィスがここまでする? それだけ、この店に潰れて欲しくないのか? だが、それなら、こんなイベントをやるよりも、この女を取り替えた方が、確実で早そうな気がする。うーむ。確かにイベントがお得なのは間違いない。俺にはメリットしかないように見える。だが、それが逆に俺を躊躇わせる。リスクがない話なんて信じられるか? ……いや、この胡散臭い女を信じるだけでも充分なリスクか)
トビオが大きなため息を吐く。
「分かった。そのイベントに参加するぜ」
「ええ、ええ、ええ! イベントは明後日開催でもよろしいですか? 急? いえいえ、お客様はご負担に思わなくても大丈夫ですよぉ! も、もちろん、焦っているワケでも、ないですから! 七人の武器屋さんが到着したらすぐに開催しようと思ってましたから! お客様のクルマは演算制御装置が必要でしたよね。まずはそれですよね? 明日、お伺いします。場所は? ああ、はい。駐車場のある宿ですね、ご存じ、ご存じですよぉ! うちに、ウシボーン銃火器店にお任せください!」
「俺は五万コイルで良いんだな?」
「はい、そうでーす」
「分かった。演算制御装置とあわせて後で六万コイル支払う。それと教えて欲しいんだが……」
トビオはどっと疲れながら店を後にする。
そして、宿に帰る。
そこでは部屋の前で少年がトビオを待っていた。
「悪いな。待たせたか」
「いや、問題無い」
「おおっと、そうだ。ガム、これを受け取ってくれ」
「これは?」
「お前に必要だと思ったから帰りに買って来たんだぜ」
トビオが少年に渡したのは義手だった。
「俺も余裕はないからな、あまり良いものじゃあないのかもしれないが、どうだ?」
「義手、か。良かったのか?」
「ああ。俺はお前の戦闘力を買ってるんだぜ。それが高まるなら俺にもメリットがあるだろ? お前、腕がなくて不便そうだったからなぁ。その義手をつけるための医者は……」
「それなら伝手がある」
「そうか、それなら良かったぜ」




