496 ダブルクロス18
店員の女がにこやかな笑顔でトビオの前に戻って来る。どうやらトビオの嫌な予感は当たっていたようだ。
「お客様にお得なお話がありますよぉ。ご予算が矮小なお客様にも美味しい、良いことずくめのお話ですよぉ!」
トビオの経験上、美味い話が本当に美味い話だったことは無い。だが、それでもトビオは話を聞いてみることにした。
「矮小とはずいぶんな言葉だな。まぁ、いいさ。で? あんたの話に乗るかどうかは、その内容次第だぜ。お得で美味しい話っていうのは、どういうことだ?」
店員の女は揉み手でトビオの方へとすり寄ってくる。
「今! クロウズの皆さんが例の大作戦の前の準備でぇ、穏やかじゃないのはご存じですよね? そんな状況だから! 今が一番のかき入れ時ィィィ! そこでうちは考えたのですよぉ、お客様を呼び込むためのイベントを!」
店員の女の言葉にトビオは頭に手をあて、大きなため息を吐く。
「ご存じ? いや、知らなかったけどさ。その大作戦とやらはなんなんだ? はぁ、で、お得な話ってぇのは、俺にさ、そのイベントってヤツに協力しろってことか?」
「さすがお客様、よくおわかりですよぉ! そうです。そうですよ! 今回のイベント、オフィスの許可も貰っています! そりゃあ、オフィスは少しでも戦力を増強したいのだから、うちの提案に乗るのも当然ですよねぇ。うひ、うひひひ」
店員の女はお客様であるトビオを無視して自分の世界に浸りニタニタと笑っている。それを見て、トビオはもう一度大きなため息を吐く。
「悪いが、そのイベントとやらの前に、まずは大作戦ってヤツを教えてくれ。それは、なんなんだ?」
「ご存じない? またまたご冗談を? って、本当にご存じない? 嘘ですよぉ」
店員の女の言葉にトビオは頭を抱える。トビオは、この店に客が来ないのはこの女が原因だろうと考える。そして、こんな店員を野放しにしている店主は何をしているのだろうかとも考える。
(おいおい、まさか、この女がこの店の店主だとか言わないよな? それこそ、それは嫌な予感だぜ。って、よく考えてみれば、この女以外に、この店、店員の姿が見えねえな。まさか、マジなのか)
「ご存じねぇから教えてくれって言ってるのさ。悪いが、俗世から離れたところで精神修行をしていたものでね。そのおかげで随分と俺も心が広くなって、空気が読めないお喋りにも耐えられるようになったんだが、そろそろそれも限界だぜ。どうだ? 教えてくれよ」
「へぇー、そりゃあ、お客様も大変ですね」
「そう、大変なのさ」
「イベントって言うのはですねぇ……」
「って、そっちじゃあねえよ。いや、それも後で聞くが、まずは大作戦とやらを教えてくれ……いや、待った。それは後でオフィスで聞く。分かった、もう、それは良いから、イベントとやらを教えてくれ」
トビオはこの店員の女から大作戦とやらの内容を聞こうとし、それを止める。この女から聞くよりもオフィスから聞いた方が正確で早いと思ったからだ。情報はどれだけ正しいかが重要だ。トビオは、この女からの言葉を信じることが出来なくなっていた。
「イベント! お客様は運が良いですよぉ! お客様は優れた武器をお安くお得に手に入れることが出来ますよ!」
「……そうか。それはあっちで待たせているヤツに関係しているのか?」
店員の女の勿体ぶった言い方に、いい加減、我慢の限界に達しようとしていたトビオだった。
「よくおわかりで! さすが、お客様ですよぉ! なんと、あの方は……」
「その、あの方とやらは、あんたの長話に待ちきれなくなったようだな」
袈裟の男がトビオと店員の女の方へと歩いてくる。
「ふむ。少し話し声がこちらまで聞こえたのでな。拙者は彼のクルマを見れば良いのか?」
店員の女がにこやかな顔のまま袈裟の男の方へと向き直る。
「はい、ヒロシさん、お願いします。あなたの腕で改造をお願いします。裏通りで売っているようなまがい物やオークションで手に入れた中古品ではない! 正規のルートでの正規品だからこその改造を! 強化を見せてください! それを見れば、いかに正規品が良いか分かって貰えるはずですよぉ。そうすればうちもお客様で溢れてウハウハです」
「うむ。そのウーハウハとやらが何かは分からぬが、拙者もオフィスから頼まれた仕事ゆえ、微力ながら出来る限りのことをいたそう」
「微力なんて、またまた何を言っているんですよぉ。期待していますから! 大丈夫ですよ、うちのこのイベント、必ず成功しますから!」
「う、うむ」
店員の女の勢いに袈裟の男が目を閉じたまま困ったような顔で頷いていた。
「そうかい。なるほどなぁ。あんたらの話からなんとなくイベントとやらは分かってきた。そこの、あんたにクルマの武器を改造して貰って……強化して貰うデモンストレーションを行うってことだな? で、どうやら、それはこの店で売っているものの方が効果が高いってことか? いや、そう見えるようにするのか? まぁ、俺的にはどっちでも良いけどな。それをクロウズ連中に見せて、正規品の有用性を分かって貰うってか? それに俺を協力させようというのは分かったぜ。だが、肝心の武器はどうするつもりだ?」
トビオの言葉に店員の女は何かを企むような顔で笑う。その顔に、ますます嫌な予感がするトビオだった。
話が進まない、圧倒的ウザさ!




