494 ダブルクロス16
俺は走りながら考える。
あの宿屋の男は間違いなく人造人間だろう。オフィスが配置したのだろうか。目的は宿を利用する人間の監視だろうか? ――間違いなくそうだろう。クルマを持っている人間の殆どがこの宿を利用するのだろうから、クルマを持つような力を持った人間を監視するには随分と都合が良いだろう。
……。
高額なコイルを取っておきながら、やっていることが監視なのだから救えない。
だが、分からないこともある。
あの青年の体内には情報発信用のナノマシーンがあった。それは別に特別なことではなく、今の時代を生きている殆どの人に存在しているもののようだ。オフィスの連中が賞金首を誰が倒したか把握していたのも、そのナノマシーンを活用してのことだろう。
では、誰がそれをやった? 誰が今の人々にそんなナノマシーンを仕込んだのだろう?
俺が眠っていた間に何があったのだろうか?
何の目的で?
……。
分からないな。
そして、もっと分からない理由が、わざわざ監視役を立てなくても、ナノマシーンという情報を得る手段があるのに、何故、そんな無駄なことをするのか、ということだ。
考えられる理由はいくつかある。
その一。二重確認のため。情報の密度が増すだろうから、色々な方面から確認するのは悪くないだろう。それに関係してだが、二つの視点からでは得られる情報が違うというのもあるだろう。情報発信用のナノマシーンから得られる情報と実際に見聞きして得る情報では得られる範囲、内容に違いがでるはずだ。
その二。そもそも、その二つが別だという可能性。情報発信用のナノマシーンを活用している組織? 誰か? と、この宿屋が別の組織だった場合、だ。この宿屋は間違いなくオフィスに関連しているのだろうから、そうなると情報発信用のナノマシーンを活用している組織? が別の謎の組織ということになる。であれば、オフィスはそこから情報を得ていることになる?
だが、そんなことがあるだろうか?
あり得るのか?
その三。――の可能性。
……。
俺はとりあえずオフィスへ向かうことにした。
オークション会場でもあるオフィスの建物に入り、そのまま窓口へと向かう。
「お帰りなさいませ。本日のご用件は何でしょうか?」
窓口の女は無駄に整った容姿を利用し人好きのする笑顔でそんなことを言っている。この女が人造人間なのは間違いない。この女を構成しているナノマシーン構造体が人造人間であることを示している。未だオフィスは人造人間たちで運営されているようだ。
「賞金の残りを貰いたい。それと情報が欲しい」
「賞金の残り? 何のことでしょうか?」
窓口の女は人から警戒という心を溶かす、毒物のようなあざとい顔で微笑んでいる。
「賞金の残りだ」
俺は喋りながら窓口の女の命令系統に干渉する。
……。
どういうことだ?
俺はそこで違和感を覚え、考え込むことになる。
こいつらの命令系統の先にマスターが居ない。ノルンの娘たちが消えている。この人造人間の女は自分の判断で行動している、だと。人造人間の能力を使って、同じ人造人間同士、仲間内で通信や連携を行ってはいるようだが、命令をする立場のものが存在していない。普通に自分たちで判断しオフィスを運営しているとでも言うのか?
自分で考え、行動する。
それでは――人と変わらないじゃないか。
どういうことだ?
「おいおい、餓鬼が俺らのセッカちゃんに絡んでじゃねえよ。あー?」
と、そこで考え込んでいる俺に話しかけてくる身の程知らずが現れる。どうやらクロウズの一人が、俺と窓口の女が揉めていると誤解したようだ。
「何も問題は無い。気にするな」
俺は正義の味方気取りの男を見る。
「気にするな、だと? 餓鬼が、何を言って……」
「分かったな?」
そして、呼びかける。
「……はい、分かりました」
男は俺の言うことを素直に聞き頷く。そのままふらふらと元の場所へと帰っていく。男の精神が脆いおかげで揉め事にならずに済んだようだ。
……。
俺は必要な情報が得られないままオフィスを後にする。
次に俺が向かったのはクルマの洗車場だ。
目的はユメジロウのじいさんに会うことだ。この街を裏から支配しているあのじいさんなら何か情報を持っているかもしれない。
俺は洗車場に足を踏み入れる。
……。
「そうか」
そこにユメジロウのじいさんの姿は無かった。洗車場の機械がボロボロになっている。どうやら長いこと使われていないらしい。
そして、そこでは一人の男が俺を待ち構えていた。
「ここのじいさんは?」
「大老なら死んだぜ。やっとくたばった」
「そうか。それで、殺したのか?」
俺の言葉に男は首を横に振る。
「大恩ある大老を俺が殺す訳がないだろ? 寿命だよ、寿命。延命に延命を重ね、肉体を若返らせていたようだが、脳までは一新出来なかったようでね、脳の劣化でオダブツさ」
男は顔の傷を歪ませ、楽しそうに笑っている。
「そうか」
「あんたは以前と変わらないな。あんたも大老と同じで延命処置をしている類いか?」
男の言葉に俺は肩を竦める。
「どう思う? そう見えるか?」
「見えるさぁ」
男の顔は俺が以前に見た時よりも随分と老けていた。苦労が多いのか皺も多くなり、髪には白いものが混じり、落ち窪んだ目だけがギラギラと輝いていた。
「お前は随分と老けたな。延命処理とかをしないのか?」
「延命処置か。俺は俺のままで生きるつもりさ、凄腕のガムさん」
「そうか。それで俺の前に姿を現した理由はなんだ? エム」
「あんたが俺を呼んだんでしょう?」
老いた男が俺を見て疲れ切ったため息を吐き出していた。




