493 ダブルクロス15
「ここか」
グラスホッパー号を運転する少年とその道案内をしていたトビオが、オフィスの窓口で紹介された宿に到着する。
そこは――二本のレールの下に枕木を並べた特殊な道があり、それを挟むように造られた、少し変わった建物になっていた。その建物の前には、窓口の女が教えてくれたように大きな駐車場が用意されている。
グラスホッパー号を駐車場に停車させ、トビオと少年は建物の中に入る。
「ワッツ、ウィルィットビートゥディ?」
中のコの字になったカウンターのところにいたおっさんがこちらに気付き、無駄に早口で、無駄に大きな声で、声を掛けてくる。
トビオと少年が顔を見合わせる。
「今、アレはなんつったんだ?」
「さあな」
少年が肩を竦める。
おっさんはカウンターに両手をのせ、二人を見てニコニコと微笑んでいる。トビオたちの反応を待っているようだ。
トビオと少年は再び顔を見合わせ、ニコニコと微笑んでいるおっさんが待つカウンターへ歩いていく。
「なぁ、あんた、俺たちは、ここが宿だと聞いて来たんだが、あってるか?」
「そうさ、宿だよ。さあ、今日は何をする?」
「いや、おい。何をするって……宿なら、そこに泊まるに決まってるだろ。というか、俺たちは今日、初めてここに来たんだぞ。少しは分かるように喋ってくれ」
カウンターのおっさんが腕を組み、考え込むようなポーズをとる。
「屋根と壁がある個室なら千コイル、屋根のある部屋なら百コイル、床がある場所なら一コイルさ。さあ、今日はどうする?」
カウンターのおっさんは終始ニコニコと微笑んでいる。
「随分と高くないか?」
トビオがカウンターの上に腕を乗せ、おっさんへと詰め寄る。
「こんなものさ」
カウンターのおっさんは、そんなトビオの態度にもニコニコと微笑んでいた。トビオは少年へと振り返り、肩を竦める。少年は、そんなトビオを見て、大きなため息を吐き、首を横に振っていた。
「分かったぜ。それで、何が違うんだ?」
「一番高い部屋は屋根もある、壁もある、そして個室さ。次の部屋は壁は無いけど屋根はある。雨が降っても安心だ。最後は屋根も壁も無いが床がある」
「……いやいや、おいおい、あのさぁ、屋根も壁も無いって、そこらで雑魚寝するのと変わらねえだろ。一コイルでも高いぜ」
「何を言っているんだい。ちゃんと寝袋を用意してあるんだ。さあ、今日は何をする?」
トビオと少年が顔を見合わせる。
「どうする? 一番安いのは……駐車場の利用賃みたいなものか。雨が降ってきたら最悪だぜ」
「確かに。それはクルマで寝た方がマシだろう? オフィスの宿は使えなかったのか?」
少年が腕を組みトビオを見る。
「あっちはクロウズ専用さ。つーワケで、ガム、どうする?」
「はぁ、そうか。分かった。一番良いのを頼む」
何処か諦めの入った少年の言葉に、トビオは顔に手をあて、それから仕方ないという感じで頷く。
「というワケだ、屋根と壁もある個室を頼むぜ」
「客は、あんたら二人と外の……あのクルマ、それであってるかい?」
「あってるぜ」
トビオがカウンターの前に単二電池を置く。
「ぴったり! チップもなくぴったりだね。はい、この鍵をどうぞ。部屋は、この後ろの階段を上がって一番奥さ」
トビオがカウンターのおっさんから鍵を受け取る。そのままおっさんの横を抜け、階段を上がる。
「ガム、とりあえず部屋はとった。俺はこれからクルマ用の武器を見に行くつもりだが、お前はどうする?」
「少し、自由にさせてもらう」
「そうか。お互い自由行動ってことで……じゃあ、後で合流だな。俺は日が暮れる前には戻る」
「ああ、分かった」
トビオと少年は部屋を確認し、そこで別れる。
トビオは歩きでクルマ用の武器を扱っている店へと向かう。
「ここか」
ガレージのある大きなビルだ。
トビオは堂々とした足取りで中に入る。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと待ってくださいよぉ」
だが、すぐに呼び止められる。眼鏡の女がトビオを呼び止めている。
「なんだ?」
トビオが呼び止めた眼鏡の女へと向き直る。
「ここはクルマ用の銃火器やパーツを取り扱っている店。クルマを持っていない人が来ても困るんですよぉ」
眼鏡の女の言葉にトビオは肩を竦める。
「あんた、ここの店員さんか? ここがクルマ用品を扱っている店で良いんだよな?」
「はい、店員です。そうですぅ。ハルカナでクルマ用品なんて扱ってるの、うちくらいですよぉ。だって、みなさん、オークションに行くんですもん」
「そうか。クルマなら宿の駐車場にある。配達は可能か?」
「宿? もしかして故障中? パーツですかぁ?」
「似たようなものさ。演算制御装置のちょっとしたのと、武器が欲しい。で、どうなんだ?」
「配達は可能ですよぉ。宿なら配達賃は……百コイルってとこです。それと、うちらにとりつけを任せてくれるなら、はい、その作業工賃ですね」
「そうか。結構するんだな」
「高くないですよぉ。クルマを扱う技術ですからぁ。専門の! 知識と! 技術が! 必要なんですよぉ」
トビオが肩を竦める。
「確かにな。それなら仕方ないか。それじゃあ、品物を見せてくれ」
「はいはいのほーいですよぉ。売り場にお客様、一名さまぁ、ごあーんなーい」
ぽわーん。宿屋のおっさんの好感度が上がった!




