491 ダブルクロス13
「おっと、あんたに対する報酬がまだだったな」
トビオが悔しがり叫んでいるドレッドへアーの女に話しかける。それを聞いたドレッドへアーの女が驚き、すぐに下卑た笑みを作る。
「あんた分かってるじゃないか」
「こいつは俺からのチップだぜ。お釣りは要らないからな」
そう言ってトビオは、単三乾電池をドレッドへアーの女へと投げ渡す。
「はぁ、百コイルだって!」
「おっと、渡しすぎたか? それだけありゃあ、贅沢に三食は飯が食えるだろ?」
「おい、ざけんな! 私がどれだけ稼いでいるか知ってるのかよ。たった百コイルぽっちで、私が……」
「知るかよ。悪いが、アノンて名前の女なんて流れの奴らがしている噂話でも聞いたことがないからな。お前にはそれでも渡しすぎかと思うくらいだぜ。お前の価値なんてその程度ってことさ」
トビオが肩を竦め、ニヤリと笑う。
「行こうぜ、ガム」
「ああ、そうだな」
少年がグラスホッパー号を発進させる。女の悔しげな叫び声は、その姿が見えなくなるまで、いつまでも続いていた。
「それで、どうするんだ?」
「まずはハルカナの街だぜ。そこで賞金のコイルをおろして、クルマ用の武器を手に入れる。そしたら、まぁ、突撃だな」
「突撃するのか」
「そうなのさ。突撃するのさ」
トビオと少年はそんな会話を続けながらハルカナの街を目指してグラスホッパー号を走らせる。
何事もない平和な道程。
「あっ!」
その途中でトビオが大きな声を上げる。
「どうした?」
突然の声に驚いた少年が思わずグラスホッパー号を停車させ、トビオの方を見る。
「いや、思い出したのさ」
「何をだ?」
「まぁ、たいしたことじゃあないからハルカナの街に向かいながら聞いてくれ」
トビオの言葉に少年は肩を竦めながら再びグラスホッパー号を動かす。
「旧時代の生き残りだってうたっていた、眉唾のジジイが居たんだが、そいつが言っていたのさ。西方にある、とある記念館では黒ずくめの怪人が現れるってな。そして、その黒ずくめの怪人が現れると必ず死人が出たって話だ。餓鬼を怖がらせるための作り話だと思っていたが、あの黒ずくめの人みたいなマシーンが、もしかしたら、その話の元ネタだったんじゃあないか、と、ふと思い出したんだよ」
「なるほど」
「まぁ、どうでも良い話さ」
「つまり、あそこがその記念館だったってことだろう? 何の記念館だったんだ?」
少年の言葉にトビオが助手席からずっこけそうになる。
「いや、まぁ、そうなんだろうけどさぁ。俺もそれが何の記念館かは聞いてねえよ。って、そうじゃあなくて、だ……いや、まぁ、俺の話に何かオチがあるワケじゃあないし、それで良いさ。んで、だ。」
トビオの言葉に少年が肩を竦める。それを見てトビオは大きなため息を吐いていた。
グラスホッパー号が荒れ果てた草原を走る。
走り続ける。
そして、ハルカナの街が見えてくる。
「そういえばさぁ」
「なんだ?」
トビオの呼びかけに少年が答える。
「ガム、お前、本当に器用にこのじゃじゃ馬を操るよな。片腕なのにさ。俺も練習してそこそこ動かせるようになったと思うけど、お前ほど器用に動かすのは無理だ。後、数年は修行しないと無理だ。傍から見ていると、すげぇ簡単そうに見えるんだけどなぁ。お前が普通に動かしているから、俺でも簡単にできるんじゃあないかって錯覚してしまう」
「そうか」
「そうだぜ」
トビオの言葉に少年は少しだけ考え込む。
「前にも言ったと思うが、多分、こいつに慣れているからだろう」
「クルマの運転に慣れているって言うなら俺だってシミュレーターで慣れているはずなんだがなぁ……って、前にも言ったか?」
「言ってなかったか?」
「言ってないだろ」
「そうか」
「そうだよ」
グラスホッパー号がハルカナの街の中に入る。
「まずはオフィスだったか?」
少年が確認し、トビオが頷く。
「ああ、そうだぜ。場所は……」
「大丈夫だ。分かっている」
やがて円形の特徴的な建物が見えてくる。まるで小さな闘技場か劇場のようだ。
「ガム、ここがそうなのか?」
「ああ」
少年がグラスホッパー号を器用に動かし、円形のオフィスにある駐車場に停車させる。
「オークションで武器を買うつもりなのか?」
「オークション? 知ってるのか、ガム」
「一応」
「俺も噂話でしか聞いたことがないのに、意外と物知りだな」
「意外か?」
「意外だぜ」
「そうか?」
「そうだぜ」
少年とトビオが肩を竦める。
「それで、どうするつもりだ?」
「いや、普通に買うさ。オフィスから斡旋して貰うつもりさ」
「随分とまともな買い方をするんだな」
「そうだぜ。商売ってぇのは時に安パイが一番の正解ってこともあるのさ。それにオークションに乗り出すには俺の知識も、コイルも足りてねぇ」
「そうなのか?」
「そうなんだぜ」
「そうか」
「それに、だ。下手に裏の連中に話を持っていって見ろ。どう絡まれるか分からないからな。身ぐるみを剥がされて終わりってこともあるぜ。ここはレイクタウンじゃあないからな。あそこならなんとでもなるんだが、まぁ、仕方ないさ」
「裏の連中、か。まだ生きているのか?」
トビオの言葉を聞き、少年がポツリと呟く。
「ん? ガム、何か言ったか?」
「いいや、なんでもないさ」
そんな会話を続けながら二人がオフィスの建物に入る。




