489 ダブルクロス11
「はぁ、なんなの? 市民が賞金首を倒した? あり得ない」
背中に鉄パイプを刺したドレッドへアーの女がブツブツと不機嫌そうに呟きながらトビオたちの方へとやって来る。クルマには乗っていないようだ。
「あんたがオフィスのよこした派遣員かい?」
トビオがグラスホッパー号の上から女に声をかける。ドレッドへアーの女がトビオたちの声を聞き、その姿を見て顔をしかめる。
「ちょっと、こんな餓鬼が? こいつ、親子……にしては若いし、兄弟? って、え?」
ドレッドへアーの女の視線がトビオ、トビオから少年へと移り、そこで驚いたように止まる。
「……他人の空似でしょ。あんな無謀なヤツが生き残ってるはずが無い。若いままなのもおかしすぎ。旧時代には人の複製を作る技術があったって言うけど……いやいや、いいえ、そんなはずがない」
そして、親指の爪を囓りながらブツブツと呟いている。
「なぁ、おい。聞こえているのか? あんたがオフィスのよこした派遣員か?」
トビオが呆れたような顔になりながら、もう一度、ドレッドへアーの女へと声を掛ける。ブツブツと呟いていた女は今気がついたという感じに顔を上げる。
「はぁ、そうね。それであんたたちが賞金首を倒したって連絡してきた市民? 連絡が嘘だったらどうなってるか分かってる? で、そのクルマは?」
ドレッドへアーの女は胡散臭いものでも見るような目でトビオたちを見ていた。
「交渉は……」
「ガム、俺に任せろって。これは俺の仕事だぜ」
口を開こうとした少年をトビオが止める。
「で、そのクルマは? まさか、落ちてたのを拾ったとか言うの? ふん、扱いに困ってるなら、私がオフィスに掛け合うけど? 運転の仕方も分からないでしょ? 悪いようにしない」
ドレッドへアーの女の言葉を聞いたトビオが少年の方を向いて小声で話しかける。
「この女は何を言っているんだ? 俺らを舐めているのか馬鹿なのか? 賞金首を倒すような相手だって分からねぇのか?」
「馬鹿なのだろう」
少年は肩を竦めている。
「これは俺のクルマだ。あんた、本当にオフィスの派遣員か? 俺らが倒した賞金首を査定しにきたんじゃあないのか?」
「ふーん、あら、そう。で、倒した賞金首って何処? 私はどれを見れば良いの?」
ドレッドへアーの女は不機嫌そうに腕を組みながらそんなことを言っている。
「その前に、だ。あんたがオフィスから派遣された証拠を見せてくれ。タグと名前だぜ」
「わざわざ来てやったのに、その態度、ふざけてる? その査定額、私の胸一つで決まるって分かってる?」
「俺は言ったぜ。タグと名前だ」
トビオがグラスホッパー号のハンドルを握る。グラスホッパー号を動かし、ドレッドへアーの女の前に荒々しく止める。ドレッドへアーの女が驚き、慌てて飛び退く。
「本当に動かせる? 賞金首を倒しってのも本当?」
驚いた顔のドレッドへアーの女が、企むような笑顔を貼り付かせ、トビオたちを見る。
「ねぇ、その賞金首、私が倒したことにしない? 落ち着いて聞いて。これは提案。このまま査定しても、あんたたち市民が貰える額なんて良いとこ半分。でも、私が倒したことにすれば賞金は丸まる手に入る。そのうちの少しを私にわけてくれたら良いから。二割、いや一割で良いから。あんたらは四割程度のとこが九割に、私も一割貰えてラッキー。お互いに得しかない。査定よりも、ずっとお得でしょう?」
そんなドレッドへアーの女の言葉を聞いたトビオが大きなため息を吐く。
「これで最後だ。タグと名前」
「分かってないの? お得な提案。あんたたちがどの程度の賞金首を……」
トビオが手に持った散弾銃をドレッドへアーの女の足元へとぶっ放す。
「ふざけんな! 餓鬼が! オフィスを敵に回すつもり?」
「警告はしたぜ?」
ドレッドへアーの女が睨むような目でトビオを見る。そして、ゆっくりと胸元からクロウズのタグを取り出す。
「これがタグ。私はアノン。これで良い?」
「ああ、そうだな。最初からそうしてくれ。俺たちが倒した賞金首はこっちだ。ガム、運転を頼む」
トビオが運転席を少年に譲る。少年は肩を竦め、グラスホッパー号を動かす。
そして、デスマシーンが眠っている瓦礫の山へとドレッドへアーの女を案内する。
「賞金首はデスマシーン。その瓦礫の下だぜ」
「デスマシーン? 嘘、でも、瓦礫の下って……はぁ、運良く見つけたってこと?」
「あんたの仕事は査定だろ? 早くしてくれよぉ」
「餓鬼が、舐めた口聞くなよ」
ドレッドへアーの女が睨むような目でトビオを見る。
「おばさん、頼むぜ?」
「んだと、誰が!」
「俺らも餓鬼じゃあないんでね。ほら、早くしてくれ」
「ちっ」
ドレッドへアーの女が舌打ちをして瓦礫の山へと近づき、そこでクロウズのタグを掲げる。
「あいつ……何をやっているんだ?」
「どうやら、情報をオフィスに送信しているようだ」
「へぇ、初めてオフィスの派遣員を呼んだが、派遣員が調べて金額を出すワケじゃあないのか」
「そのようだな」
「この女に変な査定をされるよりは良さそうだ」
しばらくしてドレッドへアーの女がトビオたちの方へと戻って来る。
「査定額、四万コイルね。オフィスの窓口で受け取りな」
ドレッドへアーの女はトビオたちの方を見てニヤニヤと笑っている。どうやらトビオたちの査定額が大きく減ったことが嬉しいらしい。
「ほう、随分と減ったな」
「だから、私と取り引きした方が得だったんだよ」
「そうかい」
トビオがグラスホッパー号の通信機を取る。
[こちらコード00。オフィスの管理局で……この通信先はグラスホッパー号ですね]
「ああ、そうだぜ」
[どうしましたか? 査定のためにクロウズを派遣しましたが、まだ来ていませんか?]
「いいや、来てるぜ」
トビオがドレッドへアーの女を見る。女は驚いた顔でトビオたちを見ていた。
「な、なんで、オフィスに連絡を……」
「やってきた派遣員が言っていたんだが、自分の胸一つで査定額が決まるってな。そうなのか?」
[はい。ある程度の権限はあります。これ以上はオフィスとクロウズの話になりますよ?]
通信機から聞こえてくるオペレーターの声は何処か小馬鹿にしたようなものだった。これ以上、一般人が踏み込むなと言っているのかもしれない。
「査定から減額した分は、やって来た派遣員に還元される、そうだよな?」
そして、トビオはそう口にする。




