488 ダブルクロス10
「大丈夫か?」
少年がグラスホッパー号の運転席で叫んでいるトビオのところへやって来る。
「大丈夫さ。なんとか、大丈夫だったけどさぁ。死ぬかと思ったぜ! いーや、殆ど死んだ! 俺は死んでた! 死んでたぜ!」
「そうか」
トビオの叫びに少年が肩を竦める。
「で、ガム。あれは何だったんだ?」
トビオが胸に大穴を開けた黒ずくめを見ながら少年に聞く。
「さあな。何だと思う?」
少年が質問に質問で返す。
「分からないな。まぁ、そういうこともあるか。あの黒ずくめ、人型だが、マシーンみたいだしな。あれがデスマシーンの本体だったのかもしれないな」
「そうだな」
黒ずくめの胸に開いた大穴からは、いくつもの壊れた金属部品が見え、バチバチと火花を飛ばしていた。
「それで、どうするつもりだ?」
少年がトビオに聞く。
「賞金か? オフィスの派遣員を呼ぶ。賞金を全額貰うのは難しくなったが、まぁ、こればっかりは仕方ない」
「そうか」
「そうさ」
トビオがグラスホッパー号の運転席を漁る。
「お、あった、あった。あったぜ。これだ。これさ! これが、多分、通信装置? だろ?」
「使い方は分かるのか?」
「まぁ、任せろって。多分、きっと何とかなるさ」
トビオが通信機を操作する。
そして、繋がる。
[こちらはコード00。オフィスの管理局です]
そして通信機から聞こえてくる声。すぐにトビオが通信機に話しかける。
「賞金首を倒した。査定をして欲しい」
[賞金首ですか? 登録名グラスホッパー号からの通信のようですが、あなたは?]
「俺はトビオだ。トビオ・トビノだ。このグラスホッパー号の持ち主であるカスミから使用許可を得ている」
トビオの口からカスミという言葉が出た瞬間、少年の眉がピクリと動く。もしかすると少年の知っている名前なのかもしれない。
[登録名グラスホッパー号の所有者はカスミという名前になっていません]
通信機から聞こえてくるオペレーターの言葉にトビオが驚く。
(このクルマの所有者がカスミおばさんじゃあない? どういうことだ? まさか、カスミおばさん、偽名だったのか?)
「今は俺がこのクルマの起動権を持っている。実際に動かして、通信しているんだぜ? それで何か問題があるのか?」
[いいえ。問題はありません。話を戻しましょう。賞金首ということですが、あなたが倒したのですか?]
「俺は、そう言っているぜ?」
[分かりました。賞金首を倒したのですね]
オペレーターの言葉は丁寧なようだが、どこか相手を見下すような響きがあった。
(これは俺がクロウズじゃあないからか? それとも俺のことを知っていてあえてか? こういうのを慇懃無礼って言うんじゃあないか)
[それでは倒した賞金首の名前は言えますか?]
「デスマシーンだ。知ってるだろ?」
[……分かりました。近くのクロウズを派遣員として送ります。報告が虚偽であった場合は罰金と罰則がありますが、よろしいですね?]
「ああ、構わないぜ」
[一番近くに居るクロウズは……アノンですね。アノンという名前のクロウズを派遣します。詐欺に遭わないよう現場に来たクロウズからタグを必ず確認してください。それと忠告であり、お願いですが、査定が終わるまで、その場から離れないでください。もし、離れるなら後ろ暗いことがあって逃亡したと見なします。逃げようとしてもグラスホッパー号の位置情報を追跡するので無駄です。どうぞ、ご了承ください]
オペレーターが一気にそう言うと、通信は一方的に切られた。
「……なぁ、ガム、何をご了承するんだ?」
「さあな」
トビオがやれやれと肩を竦め、少年を見る。少年は首を横に振り、肩を竦める。
トビオと少年はグラスホッパー号に乗り、その場で待つ。
「ガム、これ、食うか?」
トビオが少年に携帯食料を渡す。少年が携帯食料を受け取り、囓り、もさもさと食べる。
「トビオ、カスミというのは?」
「俺が世話になった人さ。このクルマの本来の持ち主で……アクシードの襲撃で行方不明になってる。まぁ、あの人のことだから無事だとは思うけどな」
「そうか」
少年が右手を顎に当て考え込む。
そして少年が口を開く。
「派遣員だったか? 最近はクロウズでもそういう仕事を始めたのか?」
「最近? 前からやってるぜ。まぁ、クロウズ以外が賞金首を倒しても賞金が出るようになったのは最近かもしれないが、派遣員は前からだ。そこそこ目端が利くが、実力的に上に上がるのが厳しいようなクロウズがやってるらしいな」
「そうなのか。変わったことをするクロウズも居るものだな」
「おう、そうさ。変わったところだと他にもクロウズ保険とかあるぞ」
「保険?」
「そそ。依頼の途中で通信が途絶えたクロウズを助けに行くというていで死体漁りをする仕事さ」
「なるほど。それは変わっている。トビオはクロウズについて詳しいな」
「まぁな。俺は、クロウズ相手に商売をすることが多いからな。色々と情報が入ってくるのさ」
「なるほど」
トビオと少年は、そんな雑談を繰り返す。そしてオフィスからの派遣員がやって来た。




