487 ダブルクロス09
飛びかかってきた黒ずくめの人形に少年が反応する。グラスホッパー号から飛び降り、そのまま飛びかかってきた黒ずくめを蹴り飛ばす。
「ガム!」
「任せろ」
トビオが叫び、少年が拳を構える。
少年が蹴り飛ばした黒ずくめがゆらりと背筋を伸ばしたままの状態で起き上がる。そして、少年と黒ずくめの人形の戦いが始まる。
殴りかかってきた黒ずくめの人形の拳を少年が右手で払いのける。少年が黒ずくめの人形の足を蹴る。黒ずくめが体勢を崩す。だが、その崩れた体勢のまま体を曲げ、蹴りを放ってくる。少年がその動きを読んでいたかのように上体を反らし、回避する。
少年と黒ずくめの人形の攻防。蹴り、殴り、回避する。その一進一退の攻防を見たトビオは、すぐに目で追いかけることを諦める。それはトビオには踏み込めないレベルの戦いだった。
(なんてヤツだ。あの黒ずくめ……異常だ。俺が良い銃を持っていたとしても生身なら一瞬で殺されるだろうさ。クルマがあっても、良い武器がなけりゃあ、オダブツだっただろうな)
少年が逸らした黒ずくめの拳が地面に刺さり、そこから大きなヒビが走る。全身黒ずくめの大地を割るほどの一撃。トビオには、どうやったらそんな攻撃を生身で逸らすことが出来るのか分からない。
(黒ずくめも異常だが、それよりもガムが凄すぎる。何者なんだ? いや、今はガムの詮索をしている場合じゃあないな)
「ガム、そっちは任せた! だが、忘れるなよ、俺たちはデスマシーンを倒しに来た。そんなワケの分からない黒ずくめを倒しに来たワケじゃあ無い!」
トビオの言葉に少年が片手を振って応える。少年にはまだまだ余裕があるようだ。
それを見たトビオは大きくため息を吐き、グラスホッパー号から飛び降りる。
(レベルが違うってヤツだな。あの様子なら任せて問題無いだろ。それなら俺は俺の仕事をやろうか)
トビオが走る。
(賞金首はデスマシーンだ。あの黒ずくめを倒しても1コイルにもならないだろ。なら俺がやること一つ)
トビオの目的はデスマシーンの残骸だ。
デスマシーンの残骸へとトビオが走る。
「……こいつは、参ったぜ。これは考えていなかった」
トビオが思わず呟く。トビオの目の前には積み上がった風車の残骸があった。デスマシーンはその下に埋まっている。
トビオが瓦礫を一個、二個ほどどかし、残りの作業量を考えて大きなため息を吐く。
(誰だよ、こんな倒し方をしたのは! 賞金が貰える倒し方をしないと意味が無いぜ。あー、くそ、なんとか掘り起こして一部でも持っていくか? だが、持っていった部位で賞金が決まるだろ? マシーンなら一番は中のCPUだろうが、これは無理だ。とてもじゃあないが、この中からCPUを掘り出すなんて無理だ! 手とか足とか持っていっても賞金額の10パーが良いところか。終わってんなぁ。派遣員を呼ぶか? それだって手数料を取られる。査定によっては賞金額が減らされる。だが、仕方ないか。呼ぶしか無いか。クルマなら通信機があるはずだ。あるよな?)
トビオはグラスホッパー号へと走って戻り運転席に座る。査定のために派遣員を呼ぼうと通信機を探し、その手を止める。少年と黒ずくめの戦い――その戦いを見た瞬間、トビオは動いていた。
トビオがグラスホッパー号を走らせる。
黒ずくめの人形は空に浮かび、その身を抱えるように縮こまらせていた。何かをやるつもりだ。
少年はその場で立ち尽くし、少しだけ困ったような顔でため息を吐いていた。
トビオの運転するグラスホッパー号が突っ込む。
そして、黒ずくめが体を開き、そこから強力な光線を放つ。グラスホッパー号が少年の前に止まり、その光線を受け止める。放たれた光線によってグラスホッパー号のシールドが削られていく。
トビオの突っ込ませたグラスホッパー号が少年を守っている。
「ガム、ほら見ろ。運転の練習をしておいてよかっただろ?」
トビオが額に汗を流しながら無理矢理笑みを作る。
「そうだな。それで?」
「それでじゃあないぜ。悪い、こっちは駄目だった。デスマシーンの残骸は瓦礫に埋まって掘り出せない。誰だよ、あんな方法で倒そうって言ったヤツはよぉ」
トビオの言葉に少年は肩を竦める。黒ずくめからの光線は続いている。グラスホッパー号のシールドが光線を防ぎ続けている。だが、それにあわせてパンドラの残量も大きく減っている。
「ガム、一旦、逃げるぞ。早くクルマに乗れ。体当たりしか無いこのクルマでは空を飛ぶようなヤツをやるのは無理だ」
「いや、突っ込め」
少年がグラスホッパー号に乗り込む。
「突っ込む?」
「そうだ」
トビオは少年の顔をまじまじと見る。本気の顔だ。
「マジか? マジか! マジかよ! このクルマのシールドで耐えていたら終わるんじゃあないか? いや、逃げて距離をとった方が良いか? そうだろ?」
「それだと先にパンドラが切れるな」
空から降り注ぐ黒ずくめの光線は続いている。
「マジか、マジかよ! あー、クソ、やってやるぜ。突っ込めば良いんだな?」
トビオの言葉に少年が頷く。
アクセルを全開にしてグラスホッパー号が走る。それを追いかけるように光線の放射は続く。範囲外に逃げることが出来ない。グラスホッパー号のパンドラが減っていく。
「ここだ」
少年が助手席から手を伸ばし、ハンドルを動かす。
「お、おい! ガム、そっちは瓦礫が!」
「大丈夫だ」
グラスホッパー号が瓦礫に突っ込み、そのまま跳ね上がる。グラスホッパー号が空を飛ぶ。だが、浮かんでいる黒ずくめには届かない。
「この後、どうす……」
「任せろ」
少年がグラスホッパー号の助手席から立ち上がり、蹴って飛び出す。
空を飛び、光線を放っていた黒ずくめへと少年が右手を突き出す。次の瞬間、トビオには少年の右腕が光ったように見えた。
黒ずくめの体に大穴が開き、落ちる。後を追うように少年も落下し、ヒーローのように着地する。
「マジかよ」
そして、トビオの乗った宙を飛んでいるグラスホッパー号は、慣性の命じるまま目の前の瓦礫へと突っ込み停車した。グラスホッパー号のシールドが無かったら、途中で運転席から投げ出されていたら――トビオは死んでいたかもしれない。
「マジかよ!」
トビオは安堵のため息を吐き、胸をなで下ろす。
「ホント、マジかよ!」
そして、叫んだ。
またコログを探すのか……。




