486 ダブルクロス08
「交代だ」
三回ほど瓦礫にぶつかったところでトビオの運転は終わりになった。
「いやいや、やっとコツを掴んできたところだぜ。もう少しで……」
「いや、交代だ。そろそろ目的地だろう?」
いつの間にか周囲に瓦礫の山が増えている。どうやらデスマシーンの棲息エリアに入ったようだ。
「もう廃墟に入ったのか。夢中で気付かなかったぜ。分かったよ。ガム、お前と運転を代わるさ」
トビオがハンドルを名残惜しそうに見つめながらも少年に運転席を譲る。それを見た少年が小さくため息を吐く。
「……言っただろう。トビオ、あんたが上手く運転出来なかったのは演算制御装置のせいだ。もう少しマシなものに交換すれば大丈夫だろう。この状態に慣れて変な癖をつけない方が良い」
少年の言葉を聞いたトビオが、ぽかーんっと間抜け顔を晒し、すぐにニヤリと笑う。
「おいおい、なんだ、ガム。俺を励ましてくれてるのか? 分かったぜ、賞金が手に入ったらそうさせてもらうさ」
「俺は事実を言ったまでだ。それで? 賞金首は?」
「おおっと、そうだったぜ。案内する。一度下見に来ているからな、俺様に任せろ」
トビオの案内で瓦礫だらけの廃墟を進む。
「下見? クルマも無しにこんな場所まで来るとは物好きだな」
少年の言葉にトビオが照れ隠しのように頭を掻く。
「そのクルマを手に入れようと思ったんだよ。まぁ、頑張って隣街まで行こうとしたついでというか……まぁ、そういうことさ。っと、ガム、クルマをそこで止めてくれ」
「ここは? この中にデスマシーンが居るとか言わないよな?」
「もちろん、違うぜ」
トビオが案内したのは頂上部分に羽根がついた細長い塔だった。かなりの高さがある。
「風車? 5、60メートルクラスか。風力発電に使っていたのか?」
羽根のついた塔を見た少年がブツブツと呟いている。
「ガム? 何を言っているんだ? とにかくここだ」
少年は呟きを止め、ため息を吐きながら肩を竦める。
「それで?」
「デスマシーンはここを巡回しているのさ。マシーンらしく、巡回ルートが決まってる。で、だ。俺はここで準備をする。デスマシーンを見つけたら、ここに逃げ込む。オーケー?」
「そういうことか」
少年は改めて細長い塔を――その頂上部分にくっついた羽根を見る。30メートルはあろうかという巨大な羽根は、動きを止めている。電気を生み出すという仕事を終え、長い休みに入っているのだろう。
「上手くいくのか?」
「いかせるのさ。まぁ、ぶっつけ本番だが、きっと大丈夫さ。というワケで、ガム、お前に頼んで良いか?」
「分かった」
トビオは少年と別れ、風車跡に残って準備をする。しばらくして何かが爆発する大きな音が聞こえてくる。少年が運転するグラスホッパー号がデスマシーンと出会ったのだろう。
銃声、爆発――音が近づいてくる。
そして、それは現れた。
ボールのようなまん丸胴体の上に砲身の長いキャノン砲を装備し、両腕がバルカン砲になった殺戮機械。そんなマシーンが鳥のような逆関節の足でグラスホッパー号を追いかけている。
「間違いないぜ。デスマシーン、来たな。ガムが上手くやってくれた。後は……タイミングだ。俺にかかってる。あー、クソ、緊張してきたぜ」
トビオが覚悟を決める。
上部のキャノン砲が火を吹き、爆発が起こる。グラスホッパー号が、その爆風を突き抜けこちらを目指し走っている。
腕のバルカン砲からは無数の銃弾が放たれ、周囲の瓦礫を撃ち砕いている。
殺戮機械が周囲に破壊をばらまいている。
「トビオ! こいつであってるか!」
グラスホッパー号を運転している少年が叫ぶ。トビオがゆっくりと頷く。
「そうか、乗れ!」
少年が叫ぶ。トビオは、目の前を通り抜けようとするグラスホッパー号へと手を伸ばし、飛び乗る。
走るグラスホッパー号。それを追いかけるデスマシーン。
「デスマシーン……まるでボールだな」
「うん? ボール? ああ、球体だからなぁ。で、だ。アレ、武装は洒落にならないだろ?」
「そうだな。生身ではキツそうだ」
「おいおい、あんなマシーンと生身でやり合うつもりかよ。いくら、ガム、お前が格闘戦が得意でも、そりゃあ無理ってもんだろ。だから……」
次の瞬間、大きな爆発が起こる。
羽根のついた細長い塔――風車が、爆発している。
「――こうするんだろ?」
そして、その塔が、残骸が、羽根が、トビオたちを追いかけていたデスマシーンに降り注ぐ。
「タイミングばっちりだぜ。さすが、俺様!」
充分の距離をとったところで、少年がグラスホッパー号をUターンさせ、それを見る。デスマシーンが塔の残骸に押し潰され、消える。
「上手くいったのか。こんなデタラメな作戦で上手くいくとは……トビオ、あんたは随分と運が良い」
「ガム、何言ってんだぜ。この俺様の完璧な作戦! ピシっとはまったろ?」
トビオの言葉に少年は肩を竦める。
「そうだな」
「ああ、後は掘り返して、デスマシーンの残骸から討伐証明になりそうな部分を、それを運ぶだけだぜ」
「そんな手間が必要なのか?」
「ああ。面倒だけどな。倒すよりそっちの方が大変かもしれないな。登録されているクロウズなら自動的に処理されるんだろうけど、俺はクロウズじゃあないからな。賞金を貰うには倒したって証明が必要になるのさ」
「そうか」
トビオがグラスホッパー号を降り、風車だった瓦礫の山へ向かおうとする。
「待て!」
そこで少年が叫ぶ。
「ん? ガム、どうしたんだ? デスマシーンなら潰れてるぜ。これで動けるワケないだろ。心配しすぎ……って、マジか! ガム、マジなのか!」
トビオが足を止め、少年へと振り返る。
「ああ、どうやら、まだ終わりじゃないらしい」
少年が頷きを返す。
「マジかよ!」
トビオが慌てて走り出し、グラスホッパー号へと戻り、飛び乗る。
そして、瓦礫の中からそれが飛び出した。
真っ黒な人型の影。
「おいおい、おいおい、なんだよ、こいつは!」
「どうやらデスマシーンの中に人形が残っていたようだな」
それは全身黒ずくめの姿をしていた。
「なんだ? この真っ黒なヤツは? こいつがデスマシーンを運転していたのか?」
「そのようだな」
黒ずくめの目と口の部分が開かれる。黒ずくめに白い目と口が生まれる。
「こいつ笑っているのか?」
「やれやれ、トビオ、来るぞ」
「ちっ、聞いてないぜ」
全身黒ずくめの人形がトビオたちに襲いかかる。
ペロリ。こいつが犯人!




