483 ダブルクロス05
レイクタウンに入ったところで少年が肩を竦め、口笛を吹いていた。
「どうかしたのか?」
そんな少年の姿を見たトビオが声をかける。
「いいや。なんでもないさ」
「そ、そうか?」
トビオは少年の反応に釈然としない様子だったが、それ以上は追求しなかった。
瓦礫だらけの街を歩き、二人はその外れへと向かう。街外れにある鉄くず置き場。そこが目的地だ。
少年はキョロキョロと周囲を見回し、大きなため息を吐いている。
「どうしたんだ?」
「ああ、なんでもないさ。それよりゲンじいさんは元気なのか?」
「ガム、お前……知り合いなのか? あの爺は……どうだろうなぁ。例の大津波で体を壊して引退していたからな。今、それでも無理してクルマを修理してくれているんだけどさぁ」
「そうか」
トビオと少年がくず鉄置き場を進む。
「ん?」
その途中で少年が眉をしかめる。
「どうした?」
「ここに居るのはゲンじいさんと孫娘のイリスだけか? じいさんは修理を引退しているはずだな?」
そして少年がそんなこと言い出した。
「孫娘の方は殆ど会ったことが無いから分からないが、今はシーズカも居ないから俺のクルマの修理だけのはずだぜ」
「そうか」
少年はそう呟くと身を屈め、一気に駆け出す。
「お、おい。待てよ」
トビオも少年を追いかけ、走る。そして、二人はクルマの修理工場があった場所に辿り着く。
そこでは十人ほどの流れ者たちが修理を終えたであろうクルマを取り囲んで居た。
少年が瓦礫の陰に隠れる。トビオも慌ててその横に滑り込む。
「あれは?」
少年が瓦礫を背に、親指で流れ者たちを指差す。
「この街に流れてきたならず者たちだ。なんで奴らがここに? クルマの修理は終わっているようだが、爺は何処に行ったんだよ」
「そうか」
少年はそれを聞くとそのまま飛び出そうとする。それをトビオが慌てて止める。
「待て待て。ガム、お前が凄いのは分かったが、あの数を、そのナイフ一本でどうにかするつもりか? 俺の拠点に武器が残っているはずだから、急いで取ってくる。それまで待て。クルマは……連中は動かせないだろうから、多分、大丈夫だ」
トビオの言葉に少年は肩を竦め、首を横に振る。
「いいや、これ一本で大丈夫だ」
少年はナイフを取り出し、それだけ言うと瓦礫の陰から一気に飛び出した。
「お、おい! 待てつったのに、マジかよ。はぁ、マジかよ。ああ、くそ!」
トビオも少年を追いかけ、瓦礫の陰から飛び出す。
(クソ、あの餓鬼! 俺が急いでクルマを動かせるようにすれば何とかなるか? こんなことなら最初に拠点に戻れば良かった。撃てば死ぬような奴らなら俺が保管している武器でなんとかなったはずなのによぉ! クソ、クソ、クソが!)
トビオがクルマを目指して走る。
少年の動きは素早く、すでに流れ者たちと接敵している。
「なんだ? この餓鬼は!」
「お前もこのクルマを狙ってきたのか?」
「餓鬼に場所を譲るほど俺たちは甘くねぇぜ。死ね」
流れ者たちが少年に気付く。そして、手に持った銃で少年を撃ち殺そうとする。だが、少年の動きは速かった。
少年が手に持ったナイフを投げる。そのナイフが銃を撃とうとしていた流れ者の喉に刺さる。
「あぱ、あぱ」
それだけで流れ者の一人が絶命する。一気に間合いを詰めた少年が、崩れ落ちる流れ者の喉からナイフを引き抜こうとする。だが、ナイフは、そのままポッキリと折れてしまう。少年は折れたナイフを見て、大きなため息を吐きながら、頭を掻く。
「あ? よ、良くも! 餓鬼が死ね」
少年が折れたナイフを投げ放つ。投げ放たれた折れたナイフが流れ者の目に刺さる。それだけで流れ者は動けなくなる。
少年は大きく踏み込み、流れ者たちの集団の中へ入る。そのまま蹴り、殴り、掌打を放ち、場を制圧していく。
そして、トビオがクルマに辿り着いた時には――全ての流れ者たちが動けなくなっていた。
「は、はは、ははは。マジかよ、見誤っていたぜ」
トビオが何処か引きつった顔で乾いた笑いを浮かべていた。
「そうか?」
少年は服についた埃を払い、肩を竦めている。少年に怪我はなく、流れ者たちの返り血すら浴びていない。
「おっと、そうだ。そいつらで息のある奴は?」
トビオは流れ者たちが持っていた銃を拾い、軽く触り、その状態を確認する。銃は問題無く動くようだ。
「一人残した。情報確認が必要だろう?」
「さすがだぜ」
トビオが気絶していた流れ者を無理矢理、たたき起し、銃を突き付ける。
「ん、あ、ああ! これは、どうい……お前は、トビオか!」
目を覚ました流れ者の言葉に苛ついたトビオが、銃身でそいつの首を強く抑え込む。
「トビオさんだろ、ト・ビ・オ・さんだ。分かったか、三下」
「ぐっ、ト、トビオさん……」
「で、こいつぁ、どういうことだ? お前らみたいな三下やろうがなんでここに居る? ここの爺は?」
「へへ、トビオさん、あんた姿を見かけないと思ったが……」
「生きてて悪かったなぁ。んで、どういうことだ? 早く言えよ。俺の忍耐力を試しているのか?」
トビオが、銃を流れ者の額に押しつける。
「あ、あんたもクルマ狙いか? ここの厄介なジジイなら数日前から居ねぇよ。このクルマの持ち主を待ってたようだけどよぉ、戻ってこなかったから、諦めて逃げだしたんじゃあねえか。この街も落ち目だからよぉ。こうなるなら、こんな街来なかったぜ。あー、クルマが手に入ったのはラッキーか? あのジジイも目の前にクルマがあるんだから、自分のものにして逃げれば良かったのに、俺たちのために置いて行くんだから、馬鹿なヤツだぜ。なぁ、トビオさんもそう思うだろ?」
流れ者の男はヘラヘラと笑っている。
「そうかよ、情報ありがとよ」
そして、トビオが銃の引き金を引く。
流れ者は動かなくなった。
「あー、ガム、勝手に殺して悪かったな。三下のくせにムカつく奴だったからなぁ。我慢が出来なかった」
「構わない」
トビオの言葉に少年は肩を竦めている。
「で、それがクルマか?」
「ああ、そうだ。爺はちゃんと修理を終わらせてくれていたようだ。だけど、これをどうするかだぜ」
トビオは演算制御装置を手に持ち、大きなため息を吐く。
「どうした?」
「後はこれを組み込めば動くんだろうが、俺は整備士じゃあないからな。どうすれば良いか分からないんだよ。まぁ、なんとか色々と試してみるか」
「なるほど」
少年がトビオへと手を伸ばす。
「ん? どうした?」
「それくらいは俺がやろう」
少年の言葉にトビオが大きく目を見開き、演算制御装置と少年を見比べる。
「出来るのか?」
「多分な」
「マジかよ! ガム、お前、本当に凄いな!」
トビオの言葉に少年は肩を竦めていた。
殺ったぜ!




