480 ダブルクロス02
ゆっくりと目を開ける。
ここは何処だ?
視界に広がるのは――目の前にあるのは透明な壁だ。その透明な壁の向こう側にはびっしりとフジツボが貼り付いているようだ。向こう側が見えなくなっている。
壁?
凄く狭い。窮屈な……殆ど体を動かすことが出来ない。
フジツボに覆われた透明な壁の向こう側から音がする。コンコンと扉をノックするような音――やがてそれは激しく乱暴な音へ変わる。
音?
その透明な壁が自分の吐き出す息によって一瞬で曇る。
真っ白な吐息。
寒い。
ガンガンと強く何かが叩きつけられる音。この音が俺を目覚めさせたのか?
体が硬い。動きが鈍い。
俺はどれだけの間、眠っていたのだろう。
俺が、この窮屈な脱出ポッドを運良く見つけ、その中に潜り込み、それから――どうなった?
自分の状態を確認する。
……。
裸だ。裸じゃないか。
何も身につけていない。裸だ。
寒い。
体がこわばり殆ど動けない。
寒い。
俺は自分の体を見る。傷は消えている。俺は、ゆっくりと長い時間をかけ、体の傷を癒した。いや、俺が目覚めるほど回復するまで長い時間がかかったと言うべきだろうか。傷を治すために、どれだけの月日が経ったのだろうか? 分からない。
一月、二月程度なら良いが、数年、数十年が経過している可能性もある。さすがに数百年単位ではないと思いたい。
動けない。
寒い。
ガチガチと震えながら手を強く握り、自分の体がどれだけ動くかを確認する。殆ど力が入らない。それでも体を目覚めさせるために強く、力を込める。
寒い。
凍え死んでしまいそうな寒さだ。
死ぬ?
この程度で俺が死ぬのか?
終わるのか?
それはそれで面白い。
寒い。
何故、何故、こんな状況になっているのか。
分からない。
何故、奴らが生きていた? あの時は考えるよりも、生き延びることを優先した。
どうなっている。
寒い。
体がぶるりと震える。
俺はゆっくりと、そして、徐々に激しく体を動かし、目の前の扉を叩く。それに呼応するように向こう側からも音がする。激しく扉をノックする音だ。
俺はため息を吐く。
誰かが俺を目覚めさせた。その誰かがこの向こうに居る。俺を待っているのは奴らだろうか?
俺は大きなため息を一つ吐き出し、脱出ポッドの開閉スイッチを操作する。だが、開かない。湖底に沈んでいる間に故障したのだろうか? それとも今、見えているようなフジツボなどが貼り付いて扉の開閉を邪魔しているのだろうか。
……。
激しく扉を叩く音。もしかすると扉が歪んでしまって開かなくなってしまったのでは? その可能性もあるだろう。
俺は中からも力を入れ、扉を押し開けようとする。白い息を吐き出し、体を動かす。
備えなければならない。この扉の向こうに居るのが友好的な相手とは限らない。俺は備えなければならない。
背中の壁に手をあて、扉へと足を伸ばす。力を入れ、扉を押し開けようとする。
ギシ、ギシ、ギシッ!
扉がわずかに動き、そして、ゆっくりとその隙間が開いていく。ナノマシーン混じりの外気が脱出ポッドの中に流れてくる。
外の匂い。
音が――声が聞こえる。
……。
俺は力を入れる。
そして、ついに扉が開いた。
「お宝、お宝!」
「へ? なんじゃ、これや?」
扉を蹴破った俺を待ち構えていたのは薄汚い男たちだった。ねじり鉢巻きに黒い作業着、歯の欠けた間抜け面を晒しているヒゲの男たち。酷く臭い。
男たちの手には銛や、それを撃ち出す水中銃などがあった。
「……お前たちは、何者、だ?」
俺は男たちに問う。
男たちが俺の言葉を聞き、俺の存在に気付き――そして、下卑た殺意を放つ。
なるほど。
こいつらはバンディットか。どれだけの月日が経っているのか分からないが、バンディットたちは変わらず、この世界でしぶとく生き延びていたようだ。
男たちの中でも一際、大きな体のバンディットが手に持った――のようなものを振りかぶる。その金属製の鉄梃で俺を殺すつもりなのだろう。
明確な殺意。
なるほど、敵か。
俺は脱出ポッドから飛び出て、振り下ろされた鉄梃を躱す。一際、大きな体のバンディットが顔だけ後ろへと振り返り、何かを叫ぼうとする。どうせ、全員で襲いかかれとか、そういう言葉だろう。
俺は無防備な姿を晒した、その目の前の男に突きを放つ。
「おぱ、おぱ、おぱ」
俺の抜き手が男の腹から背に突き抜ける。真っ赤な血が噴き出し、俺を赤く染める。汚い血だ。
大柄なバンディットが無駄に大きな音を立てて崩れ落ちる。
バンディットたちが動き出す。手に持った銛で、水中銃で、俺を殺そうとする。
「無駄だ」
俺は水中銃を持ったバンディットの手を取り、無理矢理引き金を引かせる。放たれた銛が他のバンディットの脳天に刺さる。水中銃を持ったバンディットが驚いた顔で俺を見る。俺はその頭を捻る。次だ。俺は、そのまま一歩、踏みだし、下から上へ、次のバンディットの顎へと突き抜ける掌打を放つ。ぐしゃりと砕いた手応え。次だ。浮き足だったバンディットの足を払い、倒れたところを――その顔面を踏み潰す。
殺す。
バンディットたちの明確な殺意に呼応し、殺していく。
……。
そして、動いているものはなくなった。
いや、違う。
奥に反応がある。
誰だ?
俺は、その身を潜め隙を伺うかのような――微弱な反応の元へと歩いていく。
そこに居たのは痩せ細った全裸の男だった。鎖に繋がれている。バンディットに捕らえられていたのだろう。こいつなら会話が出来るかもしれない。
「ここは何処だ?」
痩せ細った男がギラギラとした目で俺を見る。意志が折れていない。バンディットたちに捕まりながらも生き延びていただけはある。
「……お前は、誰だ?」
痩せ細った男が乾いた唇で絞り出すように喋る。
俺は肩を竦める。
俺は誰、か。
誰なんだろうな。
「さあな。とりあえず、何処かに着るものはないか?」
俺は改めて痩せ細った男を見る。全裸だ。こいつがそういう趣味だったら分からないが、服を見つけるのは難しそうだ。だとしても、バンディットたちの臭う服を奪い、身につけようとは思わない。それなら、まだ全裸の方がマシだろう。
……。
「俺は……トビオ、だ。連中の……奪った、ものが……あるはずだ」
男が名乗る。どうやら予想外にアテはあるようだ。
「そうか、俺はガムだ。疲れているだろうが、案内して貰えるか?」
質問に質問で返す男!




