048 クロウズ試験15――誤解
猿がこちらを挑発するようにキキィと叫びながら長い棒を振り回している。猿との距離は三メートルほど。踏み込めば一瞬で詰められる距離だ。だが、猿は階段の上、こちらは下だ。少し不利か。
猿を狙い、手に持ったサブマシンガンの引き金を軽く引き、銃弾をばらまく。猿が長い棒を振り回し、迫る銃弾を打ち払う。この距離で、か――銃弾の軌道が見えているのか。獣らしい反射神経の良さだ。
だが、このまま撃ち続ければ捌ききれなくなって倒すことは出来そうだ。しかし、それでは弾薬の消費が多すぎる。
「硬化猿は皮膚が鉄のように硬いから殴ったり蹴ったりで倒すのは難しいんだぜ」
フールーは喋るだけで動こうとしない。どうやら俺がどうするか見極めようとしているようだ。疑いは晴れたと思ったのだが……。
武器の無いガタイが良いだけのおっさんは当然として、ドレッドへアーの女、フードの男も動く気配がない。いや、俺が襲われるのを待っているのかもしれない。その間に逃げるか、戦うかするつもりなのだろう。
さて、どうするか。
俺がどうしようか考えていると猿の方から動いた。
猿が長い棒を振り回し飛びかかってくる。狙いは俺か。この中で一番小さいのが俺だ。倒しやすいと思ったのだろう。
俺は振り下ろされた長い棒を掴む。猿は掴まれたことが不思議なのかウキィと首を傾げる。俺は、そのまま一歩前へと踏みだし、首を傾げていた猿の顔面にサブマシンガンの銃口を押し当て引き金を引く。
ウキキキキと猿の悲鳴が響き、ガツンガツンと銃弾が弾かれる感触が手に残る。確かに硬い。だが、それだけだ。
何発か弾を撃ち込むと猿の顔面は砕け、動かなくなった。この猿は皮膚を硬化させるようだが、銃弾を跳ね返すほどの硬さではなかったようだ。
終わりだ。
戦いは一瞬で終わった。
この猿の敗因は武器を手放さなかったことだ。俺に掴まれた時点で手放していれば、まだ――いや、そもそも野生の動物なのだから武器に頼らず、自分の体で戦っていたら良かったのだ。
俺は動かなくなった猿の体を蹴り飛ばし、長い棒を奪い取る。そのまま後ろで何もせず立っていただけのドレッドへアーの女に投げ渡す。
「え?」
「取り返した。お前の荷物を奪ったのはコイツだったようだ」
「え? あ? でも、他の荷物は?」
ドレッドへアーの女が聞いてくる。それを俺に聞くのか。長い棒が戻ってきただけでも運が良いと思うのだが、納得出来ないようだ。
「他の荷物は嵐の中だと思うんだぜ」
フールーがそう言うと、肩を竦め俺の方へと歩いてくる。
「少しは手伝ってくれ」
「首輪付きなら問題なく倒せると思ったからなんだぜ」
俺の言葉に、フールーはそんな言葉を返す。
「弾が勿体ない」
「ナイフだって刃こぼれしたり、錆びたり、減るんだぜ」
そんなことを言うフールーを軽く睨み付けるとおどけたように肩を竦めていた。
「首輪付き、予想以上だったんだぜ。何処でその力を?」
「それか。それを今、言う必要があるか?」
「確かになんだぜ。お前みたいなのがいずれ最前線で戦うんだろうなと思ったんだぜ」
「それは褒めているのか?」
「大褒めなんだぜ」
フールーがニヤリと笑う。
「それでどうする?」
「どうするんだぜ?」
同じことを言った俺とフールーは顔を見合わせ、ニヤリと笑う。そのまま階段を降り、ただ戦いを見守っていただけの連中のところに戻る。
「おい、これからどうする。まずは話し合おうぜ」
無駄にリーダーシップを発揮しているおっさんがこちらを見る。
どうする、か。
武器も食料も残り少ない。俺が持ち込んだ分が殆どだ。そして、敵は倒し切れていない。地下からはマシーンどもがやって来る。地上からも敵が来るとなると挟み撃ちだ。出来ればどちらかを突破したいが、そうなると嵐がない分、地下になるのか。
「私に良い考えがあります」
ん?
フードの男に良い考えがあるようだ。
「おい、何かあるのか?」
「それなら早くして」
ドレッドへアーの女は俺の背負い鞄を抱え、のんきにそんなことを言っていた。それは俺の荷物だろう? まずはそれを俺に返して謝罪だろう。ちょっと痛い目に遭ってもらおうか。
「ええ、これです」
フードの男が腕を持ち上げる。そこには最初に貰った腕輪がはまっている。
「それが何? ポイント自慢?」
「なるほど、そういうことかよ」
おっさんの言葉にフードの男が頷く。
「今回の件、クロウズのオフィスも想定外ではないかと思います。これを使って人を呼び、試験をやり直させるべきです」
「なるほどね」
「確かにそれは良い考えだな。一日耐えたのが無駄になるが、そこは交渉か」
フードの男の提案におっさんとドレッドへアーの女が頷いている。
「お、おい、おい、待つんだぜ。止めろ、止めろ、絶対に止めるんだぜ」
それをフールーがかなり必死の様子で止める。
「試験をやりきりたい気持ちは分かりますが、続けるなら一人で続ければ良いでしょう」
フードの男がフールーの制止を無視して腕輪のスイッチを入れる。
その後のフールーの動きは早かった。
手にしたナイフでフードの男の腕を切り落とし、叫ぶ。
「首輪付き、逃げるんだぜ!」
俺はその言葉で理解する。
フールーが切り落とした腕輪が巻き付いたフードの男の腕を地上へと蹴り飛ばし、慌てて逃げる。
離れる。
おっさんもドレッドへアーの女も事態について行けずぼぅっと立っている。
「あ、ぐ、腕が、腕が! 私の腕が! あいつらグルであいつらが犯人……」
血の吹き出す腕を押さえたフードの男が叫んでいる。無視だ。コイツに構っている暇はない。
地下を目指し走る。足を止めたら終わる。
全力で走る。
そして大きな爆発が起こった。




