478 トビオ10
トビオは木の陰に隠れながら短機関銃で応戦する。トビオの短機関銃が火花を飛ばし、バンディットを撃ち殺す。一人のバンディットが脳天に穴を開け、白目を剥いて倒れる。一人のバンディットが無数の銃弾を浴びて踊るように動き、そのまま倒れる。
(くそ、数が多いぜ。こんな場所に奴らの根城があったのか? 聞いてないぜ)
トビオの目の前にバンディットが投げ放った手斧が突き刺さる。トビオは慌てて木の陰に隠れる。
「クロー、クロー、兄貴、クローが息してねぇ。肉に、肉になっちまった。新鮮で美味しい肉だぁ」
「シロー、食事は後だ。肉は増えた。後回しだぁ」
「あれは肉にするなよ。保存食だ。死ぬまで保存できるんだからな。肉にするのはまだ早い」
「ムロー、足を狙え。足だ」
バンディットたちの数が多い。トビオはすでに何人か撃ち殺しているが、とても数が減っているようには見えない。バンディットたちは良く分からない言葉を喋り、わらわらと森の奥から現れている。
トビオの足元に鉄パイプを削って作られた槍もどきが刺さる。
(ちっ、数が多い。本当に聞いてないぜ。かなり大きなコミュニティーだぞ。これだけのコミュニティーなら街で噂になっておかしくないはずだ。本当にどうなってやがる!)
トビオが短機関銃の引き金を引く。だが、カチカチと音がするだけで弾が出ない。トビオは舌打ちをしながら短機関銃のマガジンを交換する。
「肉だ! 兄弟、俺たちは運が良いぜ」
「運が良いぜ。陸に上がってすぐに肉が見つかった」
「今も肉が増えているから、当分、食事に困らない」
「おほっ、ジロー兄貴が肉になった。前々から美味しそうだと思ってたんだよなぁ」
バンディットたちはトビオを生かしたまま捕らえようとしているからか、銃火器を使わない。取り囲み、刃物を投げてトビオの動きを止めようとしている。
トビオは短機関銃の引き金を引き、弾をばらまきバンディットたちを牽制しながら後退する。
「いひっ、命中」
バンディットの投げた手斧がトビオの太ももを掠める。
「肉になるぞ。肉にするぞ」
バンディットが騒いでいる。トビオはすぐに木の陰に隠れる。隠れ、服を破き、それを包帯代わりに、血が流れ続ける太ももに結ぶ。
(くそ、くそ、くそ。全力で逃げるべきだったか? いや、逃げようとしていたら無防備な背中から攻撃を受けて終わっていただろ。くそ、数が多すぎる。撃ち殺しているのに、減っている気がしないぜ)
トビオは銃弾をばらまく。何人かのバンディットが倒れるが、数が減っているようには見えない。バンディットたちは死を恐れること無く、新しく生まれた死体を乗り越え、トビオを追い詰めようとしている。
(こんなばらまくような撃ち方じゃあ、先に弾が尽きる。だが、それ以外に方法が無い! くそ、どうすんだよ。せっかく演算制御装置を手に入れたのに、レイクタウンはもうすぐだって言うのに! あー、ケチらずにクロウズの護衛を雇っておくべきだった。少しの時間を惜しんで近道をするんじゃあなかった。くそ、苦手だと諦めずしっかりと銃の練習をするべきだった!)
トビオにいくつもの後悔の念が押し寄せる。だが、もう遅い。物語の主人公のようにピンチになれば都合の良い奇跡が起きるようなことは無い。何かの力が目覚めることも無い。誰かが助けに来ることも無い。
トビオの短機関銃がカチカチと音を鳴らしている。弾が出ていない。弾切れだ。トビオは銃弾を撃ち尽くした。
「肉、肉が生まれる。肉になるぞ」
「焦るな。今は新しい肉が増えただろ。あれは保存食にする」
「次のサルベージ後だ」
「もう肉を食べて良いよな? 肉が溢れたぜ」
バンディットたちがトビオに迫る。
(あー、くそ。マジでドジッたぜ。シーズカを助けに行くどころが……やべぇな。クルマさえありゃあ、こんな奴ら蹴散らしてやるのに)
トビオはバンディットたちに囲まれ逃げることも出来ない。次の瞬間、トビオは後頭部に強烈な一撃を受ける。
「俺が一番! この肉を食べる時は俺が一番」
「馬鹿野郎、まだ肉になってない。肉になってから考えろ」
トビオはバンディットの一人が血のついた棍棒を持っているのを見る。その棍棒に突いた血が自分の血であることを理解する。
トビオの体がぐらりと倒れる。そのままバンディットの一人に捕まり、森の中を何処かへと引き摺られていく。トビオは自分を掴む、バンディットの手を振りほどこうとするが、意識が朦朧とし、力が入らない。
トビオは朦朧とする意識の中、後頭部に手をやる。ぬるりとした感触。血が流れている。
(不味い、不味ぃな……)
トビオがバンディットの巣へと運ばれている。
……。
(クソが……、俺をどこに……連れて行く、つもり……だ?)
……。
そして、トビオが目覚めたのは何処かの洞窟の中だった。薄暗い。湿気が凄いのか倒れ込んだトビオの体が濡れている。
(……ここは、何処だ?)
トビオはゆっくりと体を起こそうとし、そのまま倒れる。上手く体を動かすことが出来ない。ジメジメとし冷えた床と怪我がトビオの体力を奪っている。
(寒い、冷える)
トビオは体を縮こませる。よく見れば服を着ていない。全裸になっている。背負い鞄も、武器も、食料も、水も、服も、演算制御装置も、全てが無くなっている。
トビオが動くとじゃらりと音がする。トビオの腕が鎖に繋がれている。
逃げ出せない。
「ひっひっひー、肉。サルベージの後の肉は最高だぜ」
「八人も欠員が出たが、その分、肉は増えた」
「保存食も増えた!」
ぐっちゃぐっちゃと音がする。
トビオがそちらを見るとバンディットたちが食事をしていた。その光景に思わずトビオは吐きそうになる。
バンディットたちは肉を食べていた。それは人の腕、人の足――バンディットたちが口を真っ赤にしてそれに齧り付いている。
バンディットたちが食べていたのは、先ほどトビオが殺したバンディットだった。死んだ仲間を――死骸を引き千切り、生で食べている。
「……俺をどうする、つもり……だ」
トビオが起きたことに気付いたバンディットの一人が動く。その一際大きなバンディットが肉を囓りなら、トビオの前へと近づき、そのまましゃがみ込む。
「お前は保存食だ。置いとけば、新鮮なまま肉が食べられる。俺は賢いだろ」
「……バンディットどもがっ、死ね」
トビオの言葉に、大柄なバンディットが首を横に振る。
「俺たちはバンディットじゃあない。俺たちはサルベージャーだ。水に潜り、お宝を探している。サルベージは体力を使う。だから、肉が必要だ。だから、お前は肉だ。肉にする」
サルベージャーだと名乗った大柄なバンディットがガハハハと下品に笑う。
そして、そのままトビオは放置された。
バンディットたちは何処かに出掛けたまま、戻ってこない。トビオは鎖に繋がれたまま一人で洞窟に放置されている。
(クソが。死んでたまるか。こんな死に方をしてたまるか。このトビオ様がここで終わってたまるか)
鎖に繋がれたトビオは薄暗い洞窟で耐える。
湿った壁を舐めて水分を取り、苔を囓って飢えを凌ぐ。バンディットたちに近寄られないように糞で防壁を作り、最後のあがきとばかりに尿を鎖にかける。
何日も洞窟で過ごす。
一人で耐える。
ここで死ぬ訳にはいかない。
トビオの強い意志がギリギリのところで命をつなぎ止めていた。
何日も何日もトビオは耐えていた。
それはトビオが洞窟に囚われ、一月近く経った頃だった。トビオの肉はそげ落ち、骨と皮だけになり、生きているのが不思議なくらいだった。
洞窟が騒がしくなる。誰かがこの洞窟にやって来たようだ。
トビオはついに助けが来たのかと希望を抱く。だが、やって来たのは――
「肉だ!」
「お祝いの肉だ!」
バンディットたちだった。
「肉が細くなってる!」
「保存は完璧だったはずだ!」
「やり方が間違っていたのか!」
バンディットたちが騒いでいる。
そして、そのバンディットたちは何処で手に入れたのか大きな球体を運んでいた。扉のくっついた球体だ。
「待て、肉は後だ。まずはこのサルベージ品を開けるぜ。お宝だ!」
「やっと見つけたお宝だ!」
扉のついた球体――それはバンディットたちが探していたお宝だったようだ。
我々は……この球体に覚えがある……、この脱出ポッドを知っている。数年ぶりに大気を吸ったこの球体を!




