474 トビオ06
「砂漠越え、か」
トビオは一人呟く。疲労からか独り言が多くなっている。
「工場群を抜けるか、遠回りして砂漠を進むか。以前は駆け出しのクロウズ連中が工場群で稼いでいたんだろ、確か」
トビオはリュックから防塵マントとゴーグルを取り出し、身につける。背負っていたリュックの中で一番かさばっていたものだ。これを取りだしただけでリュックが随分と軽くなった気になる。だが、実際には重さはそれほど変わっていない。トビオが用意した物の中で、嵩は防塵マントが一番だが、重さでは水が一番だろう。
水。
生きていく上で人が絶対に必要とするもの。
「いつか森もこの砂に侵食されていくんだろうか。うんざりするぜ」
トビオは、太陽から自分を守っていた木々のありがたさを再確認し、リュックから取りだした水を口に含む。トビオが今回用意した水は十キログラムほどだった。それが無くなる前に砂漠を渡りきらなければいけない。そして、砂漠を越え、ウォーミの街に辿り着いた後のこともある。そこで水の補給が出来なければ、レイクタウンに帰るどころではなくなってしまう。
「工場群は確か……大津波後は棲息しているマシーンが凶暴化しているんだったか? 厄介だぜ。だが、それでもそちらを通った方が良いだろうな。水にも限りがあるし、安全第一だって言っても多少の危険は飲み込むべきだろ」
トビオは砂に足を入れる。トビオは、さらさらとした砂に足が取られる不快感に眉をしかめ、ギラギラと照りつける日差しに大きくため息を吐き、これから進む苦労にうんざりとする。
わざとらしくザクザクと足音を響かせ、トビオは砂漠を進む。
やがて砂に埋まったビル群が見えてくる。工場地帯に入ったのだろう。完全に工場群に入れば、そこは建物ばかりになり、建物と建物に掛けられた橋を渡って、砂に足を取られないよう進むことも出来る。だが、そこはマシーンの発生地でもある。深く入り込めば狂った機械に襲われ、戦闘を余儀なくされるだろう。
トビオは工場群を横目に砂漠を進む。
独り言を呟く気力も無くし、黙々と砂漠を歩き続けたトビオの足が止まる。
「ちっ、砂サソリかよ」
砂の上を大型犬くらいのサイズはある紫色の毒々しいサソリたちが蠢いていた。サソリたちは何かを捕食しているのか、挟みをカチカチと動かし、毒針を持った長い尾を揺らしている。
甲殻を持ったビーストの殆どが変異の過程で金属を取り込み、異様な硬さを取得している。トビオが砂サソリと呼んだビーストも例外ではなく、砂の中にある鉄分を取り込み、外皮を鉄のように硬くしていた。
それはクルマに搭載するような大型の火器なら問題にならない硬さではある。だが、トビオが持っているような性能の短機関銃では外皮を凹ますのがやっとだろう。中にまで弾を届かせ、殺すにはどれだけ撃ち込めば良いのか分からない。ピンポイントで関節部や外皮の薄い場所、同じ場所を狙い続けるような技量でもあれば別だが、トビオにそんな腕はなかった。
(幸いにも奴は食事中か。この隙に……気付かれないように離れよう)
砂サソリは器用に手の挟みで何かを細かくちぎり、もしゃもしゃと食べている。トビオは見えたそれにひゅっと息を飲み込む。
(あれは……腕か。人が食われているのか。バンディットでもやられたのか? 何にせよ、俺まで食われてたまるかよ)
トビオは出会った砂サソリを迂回するように工場群へと足を踏み入れる。工場群では先ほどのサソリを機械の部品に置き換えたようなマシーンが地上を徘徊し、空に単眼の監視装置のようなマシーンが浮遊していた。
トビオに気付いた単眼のマシーンが体を揺らし、大きな音を響かせる。トビオはすぐに短機関銃の引き金を引き、ふわふわと浮いている単眼のマシーンを撃ち落とす。だが、遅い。
響いた警報に呼び寄せられ、マシーンが集まろうとしていた。
「くそっ、ついてないぜ!」
トビオはその場を離れるために走り出す。だが、砂に足を取られ、上手く走れない。
トビオは、ビルの陰に隠れながら、マシーンに発見されないよう逃げる。
トビオは逃げる。
「ここがクロウズに成り立てが来るような初心者向けの狩り場? 冗談キツいぜ」
トビオは悪態を吐き、息を切らせながらも必死に足を動かし、逃げる。
北を目指し、逃げる。
トビオは必死に逃げる。その逃げるトビオがマシーンに襲われることはなかった。
マシーンたちは音が鳴り響いた場所へ向かうことを優先しているのかトビオを無視していた。鳴り響いた警報が逆にトビオを助けている。
トビオが工場群を抜ける。
トビオは安堵に大きく息を吐きだし、胸をなで下ろす。そして帰り道があること思い出し、今度はうんざりとした顔でため息を吐く。
工場群を抜けると砂漠に道が見えてくる。
ところどころ砂に埋まり、ひび割れてはいるが、それでも舗装された道だ。この道を進めばウォーミの街まで辿り着けるだろう。
道の上は比較的安全だ。だが、道を歩いていればビーストやマシーンに遭遇しないという訳では無い。さらに人が多く通ることから、それを狙った物取りなどが現れることもある。
トビオは警戒を緩めず、適度な緊張感を持って道を進む。
やがて日が落ち、トビオは道の上で野宿する。座り込み、防塵マントに包まって眠る。朝日と共に起き、携帯食料を囓る。
トビオは再び道を歩く。
進む。
しばらくして海と街が見えてくる。
ウォーミの街だ。
見えてきた街並みに、トビオは思わず走り出す。
辿り着いた。
そのトビオの足が止まる。
「なんだ、こいつは? ここの連中は何がしたいんだ?」
トビオが街に入り、そしてすぐに目に入ったもの。
それは磔にされた大きなクマのぬいぐるみだった。




