473 トビオ05
そこそこの重さのリュックを背負い、トビオは森を進む。
「何処かの馬鹿なクロウズが水門橋を壊さなければ、こんな遠回りをしなくて良かったのに……困ったもんだぜ」
トビオはブツブツと呟きながら森を歩く。
その歩みはお世辞にも速いとは言えない。どうにもなれない森歩きとリュックの重さが大きな障害となっているようだった。
「ちくしょうめ!」
トビオは忌々しげに叫び、リュックから固形の携帯食料を取り出し、囓る。
「不味い」
棒状になった固形の携帯食料は、味は二の次、栄養と活力を補給するためだけの代物だ。それでもトビオがそれを選んだのはかさばらないからだ。
トビオは日が落ちる前に森を抜けるつもりだった。だが、その考えがいかに甘いものだったか思い知ることになる。
森を半分ほどしか進んでいないのに、日が落ちようとしている。
「ちくしょうめ!」
トビオは叫ぶ。思ったよりも進めていない。
日が落ち、夜になればそれ以上進むことは出来ない。
トビオは寄りかかるのに適した木を見つけ、そこを中心として円を描くようにリュックから取りだした液体ブマットをばらまいていく。
「相変わらず酷い臭いだ。体に悪そうで最高だな」
トビオはそのまま木に寄りかかり、大きく息を吐き出す。
「おっと、これを忘れるところだったぜ」
トビオはそう呟くと、リュックから怪しげな押しボタンスイッチを取り出し、そのスイッチを押す。
「探知機作動、これで、良しっと。ブマットをばらまいたから下手な奴らは近寄ってこないだろうし、それでも近寄ってくるような奴なら、こいつが反応するはずだ。しっかりと動いてくれよ。にしても旧時代は、レイクタウンからウォーミまで一日もかからなかったらしいが……それこそ数時間で着けたらしいが、嘘くさいぜ。昔と今で距離が変わる訳が無いんだから、昔は良かったって大げさに言っているだけだろ、きっと」
トビオは疲れを誤魔化すようにブツブツと呟き、そのまま目を閉じる。
……。
……。
体を揺らす微弱な振動にトビオはゆっくりと目を開ける。
「ゆっくりと眠ら……」
そこまで言って飛び起きる。すぐに肩から下げていた短機関銃を構える。
(日は……まだ昇っていない。眠っていたのは数時間ってところか?)
トビオは震動していた探知機を叩いて止め、短機関銃を構えたまま暗闇を見通すように目を凝らす。
(何処だ? 敵は何処から来る?)
ビーストや虫、野生動物が嫌がる工場廃液を活用した特殊な液体をばらまいている。それをわざわざ乗り越え、トビオへと迫ってきているのだ。どう考えてもトビオと仲良くしようという相手ではない。
トビオは目を凝らし、いつ何が襲いかかってきても良いように集中する。緊張からか、トビオの額をつたって一筋の汗が流れ落ちる。トビオは目を開け、集中したまま片手で汗を拭う。
――来たっ!
現れたのは一体のマシーンだった。
フォークリフトのようなマシーン。その運転席には何故か白骨死体が結びつけられていた。
マシーンが現れたのはトビオにとっては想定内だった。だが、想定外でもあった。
――音がしていない!
マシーンなら当然あるはずの駆動音が聞こえない。それはトビオが何処から敵が来ているのか気付けなかった理由でもあった。
幽霊のようなマシーンがトビオへと突っ込んでくる。トビオはそれを飛び退き、躱しながら短機関銃の引き金を引く。
短機関銃が暗闇に火花を散らし、放たれた銃弾がマシーンを撃ち抜く。だが、撃ち抜いたはずの銃弾は――マシーンをすり抜けていた。
(本当に幽霊だとでも言うのか?)
銃弾はマシーンをすり抜けている。だが、それでも構わずトビオは引き金を引き続ける。短機関銃が弾切れを起こす。トビオはすぐにマガジンを交換し、マシーンを撃ち続ける。
マシーンを構成している何かを散らすように、霧散させるように撃ち続ける。
突っ込んだマシーンがUターンし、再びトビオへと突っ込んでくる。
(銃弾がすり抜けるなら、当たっても大丈夫か? いや、それならなんで突っ込んでくる。触れたら不味い気がプンプンとするぜ)
トビオは引き金を引き続ける。幽霊のようなマシーンの突進を、飛び退き、転がり、回避し、すぐに起き上がり、撃ち続ける。
(こいつは……埒があかないな。逃げるか!)
トビオは銃弾をばらまきながら、リュックを拾い、慌てて背負う。そして、そのまま駆け出す。トビオを追いかけるようにマシーンが動き、迫る。
トビオは銃弾をばらまきながら走る。
走る、走る。
トビオの息が上がる。動きが鈍ってくる。
(不味いぜ。逃げ切れるか?)
逃げる。
トビオが走り、逃げる。
とにかく逃げる。
一目散に逃げる。
トビオは木々に隠れるように逃げる。だが、マシーンは木自体をすり抜け、トビオを追いかける。
「んだとッ!」
マシーンがトビオを目掛けて突進してくる。回避出来ない。
トビオはとっさに両手で顔を――身を守り、やって来るであろう衝撃に備える。
……。
……。
だが、いつまで経っても衝撃が来ない。
トビオが顔を守っていた手をおろす。トビオの目の前で幽霊のようなマシーンは、薄くぼやけはじめ、消えようとしていた。
「消える? 助かったのか?」
見れば、いつの間にか日が昇り始めている。
そして、マシーンは霧散して消えた。
幽霊のようなマシーンは太陽の光を浴び、消えたようだった。
(本当に幽霊だったのか? いや、そんなはずがあるかよ。幽霊なら、なんで探知機に引っ掛かる? アレは幽霊みたいだが、まったく別のものだろ。何かが、ここに焼き付いたものを再現しようとして生まれた? まぁ、何にせよ、日の光が苦手な相手で助かったぜ)
トビオは安堵のため息を吐き、額から流れ落ちる汗を拭う。そのままへたり込むように座る。
……。
トビオは目を閉じる。
……。
「よし、行くか」
短い休憩でトビオは呼吸を整え、立ち上がる。
トビオは歩き続ける。
そして森を抜ける。武器、食料、水――荷物を減らせばもう少し速く抜けることは出来ただろう。だが、その時は――それは決死行になっただろう。
トビオは死ぬ気は無い。死ぬ可能性を極力減らすために準備をした。
人狩りアクシードにさらわれたシーズカがいつまで無事かは分からない。どれだけの時間が残されているか分からない。
だが、だからこそ、トビオは焦る訳にはいかなかった。
トビオは経験として焦りが命に関わることを知っていた。焦っても良いことはない。
トビオが死ねばシーズカを助けることも出来なくなる。
だから、急ぐ。急ぐが焦らない。
万全を期して急ぐ。
そもそも演算制御装置を手に入れるためにウォーミの街に向かうこと自体が回り道であるのだ。それでも必要だと思ったから動く。
……。
「やっと半分か。帰り道も入れたら四分の一が終わったってとこか?」
トビオが呟く。
森の先には――トビオの眼前には砂漠が広がっていた。
砂漠を抜け、北上すればウォーミの街が見えてくるだろう。
トビオは砂漠地帯へと進む。




