472 トビオ04
老人が杖で地面をトントンと叩く。
「集める必要があるのは、まず鉄くずだね」
「鉄くずか」
トビオはスクラップ同然になったグラスホッパー号を見る。そして、頷く。シャシーから何から金属が必要になる部分は多いだろう。
「鉄くずを集めれば良いんだな? 分かったぜ」
トビオの言葉を聞いた老人は杖を叩きながら、首を横に振る。
「だが、それはここにあるからね。集めて欲しいのは別のものなんだがね」
老人の言葉にトビオは思わず倒れそうになる。
「死にかけて疲れてる時に冗談キツいぜ。そういえばここは鉄くず置き場だったか?」
トビオは改めて周りを見回す。崩れているが、至る所に鉄屑の山がある。材料はいくらでもあるようだ。
「ここにあるのは古いものが多い。しかも今回の襲撃でかなり痛んでしまったからね、質の良いものを集めるため工場群にでも行って欲しいんだがね」
「やっぱり集めた方が良いのか?」
「だがね、クルマが無ければいくらも持って帰れないんじゃないかね?」
老人の言葉にトビオは肩を竦める。
クルマを直すためには鉄くずが必要で、それを集めるためにはクルマが必要になる。
(どうせなら質の良い金属でシャシーを強化したいが、そのためには……まずは動かせるようにする必要があるようだな。それにパンドラのシールドがあれば、多少の攻撃は防げるはずだ。シャシーの強化は後回しでも何とかなる)
「分かった。それで俺が集めるのはなんなんだぜ」
老人が杖を持ち、東の方を指し示す。
「ここから東にウォーミという街があるんだがね、そこで演算制御装置を手に入れなさい。ものは何でも良い」
「演算制御装置?」
「クルマに乗ろうかという者が知らないのかね。武器の制御からシールド、パンドラの分配、クルマが複雑な操作を必要とせず、一人で動かせるのは演算制御装置が組み込まれているからなんだがね。演算制御装置とパンドラがあれば、最低限……クルマは動かせるんだよ」
老人は困った生徒でも見るかのように小さくため息を吐いている。それを見たトビオはばつの悪い顔で肩を竦めていた。
「その……演算制御装置は何でも良いのか?」
「ものが良くなればそれだけクルマの性能は上がるんだがね。動かすだけなら何でも良いだろうね」
「手に入れる方法は?」
「好きにしなさい。コイルで買うのも良いだろう。手に入るならウォーミの街でなくても構わないよ。一番、近くで買えるのがウォーミというだけだからね」
「分かった。任せろ」
「うむ。無理はしないように」
老人の言葉にトビオは首を横に振る。
「無理はしないと駄目だろ。無茶無謀、散々言われてきたトビオ様だぜ? じいさん任せてくれよ。それと、だ。じいさんもイリスも助けてくれてありがとう。食事も美味しかったぜ」
トビオはそう言って手を振り、その場を離れる。そのまま急ぎ、地下にある自分の隠れ家の一つに戻る。
人狩りの連中も地下にまでは攻め込まなかったのか、街の地下部分は、一部崩落して通れなくなっている場所もあったが、それ以外の部分では、ほぼ以前と変わりなかった。ジメジメとして薄暗く陰鬱で、かび臭い、人が生活するには苦痛を伴うような環境。だが、だからこそ安全に隠れることが出来る。地下プラントもあるため、食べ物にも困らない。街の地下――そこは、暗く、汚く、人の心が病むことを除けば便利な場所だった。
「兄貴!」
地下の隠れ家に戻ったところでトビオは声を掛けられる。そこには生き延びたトビオの子分たちが集まっていた。
「生き残ったのはこれだけか」
トビオは集まった十人ほどの小さな子分たちを見回す。全員が十歳にも満たないような子どもたちばかりだ。
「年少班ではクズオーゴとタケオ、ヒバリがやられまひた。わたひより上の班は誰も戻ってきてないれす。ぐす、年少班で負傷者はいましぇん」
鼻水をすする少女がトビオに代表で報告する。
「へへ。すぐにここに逃げ込んだから!」
「セワシの兄貴が見えないっす」
「逃げる途中で転けました」
「他の連中が、どーなってるかは不明です」
年少の幼子たちが、自分も自分も、と続けてトビオに話しかける。
「ヒバリにクズオーゴとタケオか……そうかよ。三人は残念だったな。それと敵対する連中のことは気にするな」
「なじぇですか?」
少女が鼻水をすすりながら首を傾げる。
「クルマが手に入りそうだ。それがあればもう何も気にしなくて良くなるだろ? それでだがな。俺は、そのクルマを手に入れるのに必要なものをだな、それを取りに行くために街を離れる必要がある」
トビオはそう言いながら鼻水をすする少女を見、そして集まっている少年少女たちを見る。
「セワシはやられた。ワルイーネ、この中ではお前が一番賢い。お前が弟分たちをまとめろ」
「はいれす」
少女が鼻水をすすりながらトビオに敬礼のようなものを返す。
「今回の襲撃で他の連中も被害を受けただろうから、すぐに何かはされねぇと思うが、どうなるか分からない。下手に手を出すようなことはせず、俺が戻って来るまで隠れていろ。食事は……ありがたく頂戴してきた旧型のプラントがあるだろ。それでなんとかしろ」
「あれ、不味いれす」
「お前らの世代は贅沢だな。食えるだけでもありがたい時もあったんだぜ?」
少女の言葉にトビオが苦笑する。
「ぐす、トビオの兄貴、兄貴は、いつ戻って来るれすか?」
「お土産!」
「食い物待ってるっす」
少年少女たちは自分たちの状況が良く分かっていないのか、それとも分かった上なのか、元気にニカッと笑いながらトビオに話しかけている。
「一月くらいか? まぁ、一月で戻ってこなかったら、後は、お前らでなんとかしろ。いつも言っているから分かっているな? それとブマット売りは一旦中止だ。今、地上に出るのはやべぇぞ。分かったな」
「はいれす」
「ラジャー」
「了解です」
「わかった」
トビオの言葉に子どもたちが頷く。
(さて、後は武器とコイルが、ここにどれだけ残っているか、か。俺が持っているコイルで買えれば良いんだがな)




