471 トビオ03
「わりぃ、そこにある俺の上着のポケットから……」
「おくすり?」
「ああ、そこに入っている、その薬を頼む」
自己紹介が終わったトビオが次にやったことは薬を飲むことだった。
(これが残っていて良かったぜ)
それは再生薬と呼ばれる、最近、クロウズたちの間で流行っている怪しげな薬だった。以前にも似たような名前の薬をクロウズたちは使っていたが、この再生薬は、その何倍も強力なものだった。
再生薬。カプセル薬。その名前の通り、体が再生する。擦り傷、打ち身に効くだけではなく、それこそ失ってすぐであれば体の欠損すら再生する薬。飲んで効果を発揮するため、この薬を飲むことが出来ない状態では使うことが出来ない。
トビオは色々な伝手を頼り、この再生薬を手に入れていた。
トビオがカプセル錠の再生薬を飲み込む。効果はすぐに発揮した。
自分の体が作り替えられているかのような感覚とともに、粉々に砕けていたであろう骨が、痛みを訴えていた内臓が――体が再生していく。
トビオは腕を回し、体の調子を確認する。
「これで動ける」
傷を治したトビオが起き上がる。
「大丈夫?」
イリスと名乗った少女は心配そうな顔でトビオを見ている。
「ああ、もう大丈夫だぜ。なぁ、イリス、地上まで案内してもらってもいいか?」
少女が頷く。
「いいよ。でも、はい、服」
「おっと、わりぃ。助かる」
トビオは少女から服を受け取り、すぐに着替える。包帯だらけの裸に近い格好で地上に出ることは出来ない。クロウズの中には裸に近い格好で戦う狂人も居るそうだが、トビオはその仲間入りをするつもりは無かった。
そして、少女の案内で地上に出る。
地上は――瓦礫の山と化していた。
「……」
トビオは言葉無く、呆然と立ち尽くし、それを見る。何も言えない。言葉に出来ない。街が滅んでいる。自分の知っていた建物が、家が、道が、色々なものが破壊されている。
「目覚めたのかね」
そんなトビオに声を掛ける者が居た。
「おじいちゃん」
老人にイリスが反応する。その声を聞き、ハッと我に返ったトビオがそちらへと振り返る。
「ああー、シーズカのとこのじいさんか。姿を見るのは久しぶりだな」
「そうだね」
杖をつき、体を動かすのもやっとという姿の老人がトビオの方へと歩いてくる。
「街が……」
トビオはこちらへと歩いてくる老人を横目に、破壊され尽くした街を見る。見ている。
「甦る。街は甦る。この街が攻撃されたのは一度や二度ではないよ。街だからね。栄えているものを見れば、それを欲した連中が奪いに来るものだよ。かつてはもっと酷い襲撃に遭ったこともあったんだよ。その時は突然、空から攻撃を受けたからね。逃げる暇も無かったほどだったよ。それでも、この街は復興した。地下に逃れた人もそのうち出てくるだろうからね。街は甦るよ」
「そうか。そうだった、そうだったけどさぁ!」
空からの襲撃。トビオもその時、この街に居た。忘れていた訳では無かった。だが、苦しい過去は、乗り越えた過去は、新しい記憶で、楽しい記憶で上書きし、思い出したくないものとなる。
「……じいさん、シーズカは? カスミおばさんは?」
トビオの言葉に老人は首を横に振る。イリスと同じ反応だ。
「そうか。そうかぁ」
トビオは下を向き大きくため息を吐く。
「行くのかね」
「そうしたいけどよ、アテがない。それに、クルマも……クルマも無しでは勝てねぇよ。クルマがあっても負けたのに、無しで、どうにかなるとは思えねぇ」
そこまで言ってトビオは思い出す。
クルマ。
クルマだ。
「なぁ、もう一つのクルマは? ここには、もう一台クルマがあったよな? な?」
トビオが老人に駆け寄る。だが、老人は静かに首を横に振る。
「奪われたよ」
「そりゃあ、そうか」
トビオががっくりと肩を落とす。
それに、とトビオは考える。もし、もう一台のクルマが残っていたとしても、トビオには動かすためのキーが無かった。カスミが居れば別だったのだろうが、そのカスミも消えている。
グラスホッパー号の方は人狩り連中との戦いの時にカスミからキーを受け取っている。トビオでも動かすことが出来るだろう。だが、グラスホッパー号はその戦いで壊されてしまった。
クルマは無い。
「待ちなさい」
肩を落としたトビオに老人が話しかける。
「何を待つって言うんだよ。もう終わりだ。終わりだよ」
「待ちなさいと言っている。クルマならある」
老人がトビオを見る。
「クルマが……ある?」
老人が頷く。
「ほれ、そこにあるだろう?」
そして、スクラップのようになったクルマを杖で指し示す。
見覚えがある。さっきまでトビオが思い出していたクルマ。
それは人狩りとの戦いでトビオが乗ったグラスホッパー号だった。タイヤは外れ、シャシーは万力に押し潰されたように凹み、フレームも曲がっている。後部座席にあった機銃は銃座ごと消し飛んでいる。
かつてはクルマだったもの。今は、ただのくず鉄だ。
「あれは……もう駄目だろ」
「直せる。直せるのだよ」
「直せる? じいさんが? こんなのクルマを一から作るようなものだろ? シーズカでも無理だぜ」
老人はトビオを見ている。強く、じっと見ている。まるで何かの覚悟を推し量ろうとしているかのようだ。
「パンドラが無事なら何とかなる」
「出来るのか」
「うむ。君に覚悟があるならだがね」
トビオは老人とスクラップになったクルマを何度も見る。そして、ゆっくりと頷く。
「俺は何をしたらいい?」




