047 クロウズ試験14――暗雲低迷
「何を言っているんだぜ」
フールーがナイフを持ったまま立ち上がり、ドレッドへアーの女から距離を取る。動きが早い。迷いがないな。
「だから! 私の荷物を何処にやったの! その階段のところにあったはず」
ドレッドへアーの女は手に持った狙撃銃をこちらに向けそうな勢いで喚き散らしている。
「おいおい、俺たちは、今、ここに座ったところだぞ。お前の荷物なんて見ていない」
「俺はコイツだけで充分なんだぜ。お前が借りているような玩具の銃は必要ないんだぜ」
フールーとガタイが良いだけのおっさんの言葉を聞いたドレッドへアーの女が俺の方を見る。
「早く出しなさい」
俺はドレッドへアーの女の言葉に肩を竦める。なるほど、俺を疑っているのか。頼みの綱の武器、それに水と食糧がなくなって冷静さが失われているのだろう。だが、それを、仕方のないことだと言えるほど俺は人が出来ていない。それに、それほど大事なものなら常に持ち歩くべきだったのだ。その時点で、このドレッドへアーの女が悪い。
「疑っている理由は?」
「そんなのは無くなった場所に居た。それだけで充分でしょ」
ドレッドへアーの女の返事は早かった。何も考えずに答えているとしか思えない。
「覚悟を持って疑っているんだよな? 俺は後で言い訳されても聞かないぞ」
「ごちゃごちゃとそんなことを言い出すとか、それで脅しているつもり?」
ドレッドへアーの女が唇の端を持ち上げ、嫌な表情で笑い、狙撃銃の銃口を俺の方へ向ける。
俺はいち早く距離を取ったフールーの方を見る。フールーは楽しそうに目を細めていた。この状況を楽しんでいる? いや、そうか。そうだった。フールーの目的は人捜し。この状況を利用するつもりか。
はぁ、ため息が出るな。
「どうすれば満足する?」
「持っている銃を下ろして荷物をこっちに投げて」
「なるほど。無くなった荷物の代わりに俺から奪うつもりだったのか。思っていたよりも冷静に考えていたんだな」
見ればドレッドへアーの女の狙撃銃のエネルギー残量は少なくなっていた。数発撃てば弾切れになるだろう。その近未来的なフォルムの狙撃銃、性能は悪くないが、相手に残量が丸わかりなのはいただけないな。
「早く、早くしろ」
ドレッドへアーの女はこちらを急かしている。さて、言う通りにする必要はないが、どうしようか。もう一人の――フードの男はドレッドへアーの女から距離を取っている。巻き込まれないようにしているようだ。上手く俺から食料が奪えれば便乗するつもりなのだろうか。
やれやれだ。
今更、残り少ない食料なんて惜しくはない。弾薬も入れているので、それを奪われるのは少し勿体ない――くらいだろうか。
だが、まぁ、うん。
証拠もなく人を疑ったことと荷物を奪おうとしていることは駄目だ。相応の罰を与えるべきだろう。
『ふーん、殺すの?』
『俺が生まれた時代は平和な時代だったんだよ。罪には罰を与えるだけで充分だ』
『またその妄想? 素体のお前に過去なんて無い』
あの施設で冷凍睡眠していた影響か、うろ覚えになってしまっているが、俺には過去がある。思い出せない過去がある。間違いない。
「あくしろよ!」
と、考えている場合じゃなかったか。
「分かった。投げ渡すぞ」
俺はおろしていた背負い鞄をドレッドへアーの女の方へ投げる。そのまま身を屈め、飛び出そうとして――止める。
殺気!?
俺は階段の段差に手を置き、そこを軸として体ごと振り返り、それを蹴り上げる。
ぎゃう、と何かの叫び声。
俺はそのまま手に持っていたサブマシンガンの引き金を引く。放たれた銃弾が、ソイツが持っている長い棒によって弾かれる。振り返りながらの射撃で上手く狙えなかったようだ。
長い棒を持ったそれを見る。
それは――猿だった。
顔や体などの一部が黒く鉄のように変色した猿だった。
「硬化猿……」
フールーが思わずという感じで呟く。知っているのか、フールー。
「おいおい、硬化猿? なんだよ、そりゃあ!」
おっさんは叫んでいる。まぁ、叫ばせておこう。今なら敵を集めることもないはずだ。
硬化猿、か。人と同じくらいの大きさで手が長い。そして道具を器用に扱っている。手にしている長い棒はドレッドへアーの女が持っていたものだ。
……そういうことか。
俺はドレッドへアーの女の方へ振り返る。
「なんでビーストが私のロッドを!」
ドレッドへアーの女がヒステリックに叫んでいた。
……。
あー、うん、考えすぎだったか。てっきりドレッドへアーの女とこの猿がグルで俺の不意を突こうとしていたのかと思ったんだけど、違っていたようだ。
『そういうことかだって! そういうことか、だって! キリッ、キリッ』
セラフは無駄に楽しそうだ。本当にコイツは救いようがない。
『好きに言っていろ』
この猿が、ドレッドへアーの女やフードの男の荷物を奪ったのか? 状況的にそうだろうな。
階段の高い場所から長い棒を持った猿がキキィと喚きながら飛び跳ねている。蹴り飛ばした程度ではダメージになっていないようだ。
「フールー、その硬化猿ってなんだ?」
「首輪付きが知らないとは思わなかったんだぜ」
知らないから聞いている。
「おい、俺にも教えてくれ。情報は共有するべきだろ」
だから、なんでおっさんが仕切ろうとするんだ。
「皮膚を鉄のように硬化出来るビーストなんだぜ。多分、その力で嵐を無理矢理抜けてきたんだぜ」
名前の通りってことか。
……。
だけど……うん、だけど、だ。コイツは何故、嵐を抜けて来た? ここに俺たちが居ることを知っていたからか? それともそういう習性なのか?
分からない、分からないな。
だが、分かることもある。フールーはこの猿のことをビーストと呼んだ。つまり、コイツなら俺が持っているサブマシンガンでも殺せるということだ。
馬鹿二人の荷物を奪っただけで大人しく満足していれば良かったのに、姿を現したのは失敗だったな。
お前の判断ミスだ!




