469 トビオ01
短め。
敵を正面に捉えて引き金を引く。
砲撃を受けた敵が四角い破片となって消える。レーダーに新しい敵が映る。ハンドルを握り、クルマを反転させる。
新しい敵を正面に捉え引き金を引く。
撃破。
次の敵が現れる。
レーダーを頼りに敵を狙う。引き金を引く。
再び、新しい敵がレーダーに表示される。
攻撃。
次々と敵が現れる。徐々に攻撃が追いつかなくなっていく。
敵からの攻撃。クルマのシールドが敵の攻撃を防ぐ。敵を狙い、攻撃をする。撃破した側から新しい敵が現れる。
どれを攻撃したら良いか分からなくなる。
優先順位を考える。考えた側から攻撃を受ける。クルマを動かし、攻撃してきた敵を狙う。
攻撃が追いつかない。
飽和していく。
敵の攻撃によってシールドが削られ、パンドラ残量がみるみる減っていく。
そして終わる。
――GAMEOVER――
モニターに表示される文字。
「あー、くそ、もう少しでハイスコアだったのによぉ」
少年がヘルメット型のデバイスを持ち上げ、取り外す。
「えーい、もう一回だぜ」
少年は持ち上げたヘルメット型のデバイスを再びかぶろうとする。
「ちょっと、いつまでそこに居るの? 邪魔なんだけど」
それを見ていた作業着の少女が手に持ったスパナでシミュレーターマシーンに座った少年の頭を軽く叩く。
「痛ぇ。何するんだよ。邪魔って何だよ、邪魔って。クルマの操縦の練習はしておけってカスミおばさんも言っていただろ。これは必要なことなんだよ」
「はいはい、そうね。でも、そのシミュレーターマシーンは本来はクルマのメンテナンス用なんだけど。だから、さっさと、そこどいてね」
少女が少年を押しのけシミュレーターマシーンから無理矢理追い出す。
「おいおい、待てよ。シミュレーターマシーンなんて使わないだろ」
「使うの! さっきも言ったけどこれは本来はクルマの調整用なんだから! メンテナンスに使うの!」
「そうかもしれない。でもさ、それをさぁ、カスミおばさんがクルマの練習に使えるよう調整してくれたんだろう? カスミおばさんが、そこまでしてくれたのは、俺にクルマを操れるようになれってことだろ?」
「カスミお姉さんが調整してくれたのは、あんたのためだけじゃないんだけど? それを偉そうに自分専用みたいにして! もう、早くどいてよ! そのカスミお姉さんからの依頼でクルマの調整を頼まれているんだから!」
少女は腕を組み頬を膨らませる。
「お前だけで調整? じいさんは?」
「おじいさんは腰を痛めてるから……」
「あー、大丈夫なのか?」
「多分、まだだいじょ……って、あんたが心配することじゃないと思うんだけど」
少女の言葉に少年は肩を竦める。
「へぇへぇ。そう言えばさ、シーズカ、例のクルマ、まだ売りに出さないのかよ。俺が買うぜ」
「何度も言っているけど、それを決めるのはカスミお姉さんだから。というか、あんたが買えるの? クルマよ? 何処にそんなお金があるのかしら」
「へへ、俺がどれだけ儲けているか知らないな? それなりのコイルを貯めているんだぜ。てかさぁ、所有者登録が外れてから、もう六年だろ? もう元の持ち主は生きてないって。戻って来るはずがないだろ。今の、この世にはさぁ、あの腐った人狩りの連中がのさばってるんだぜ。連中を駆逐するためにも、今は一台でもクルマが必要だと思うんだけどなぁ」
「それはそうだけど。カスミお姉さんもそれは分かってるはず。だから、きっと何か考えがあるんだよ」
少女の言葉に、少年は肩を竦め、大きなため息を吐く。
「カスミおばさんもさぁ、昔はそれなりのクルマ乗りだったらしいけどさぁ、例の大津波で半身不随だろ? 動けない間にさぁ、このー、危機感っていうかさ、俺たちがヤバいってことが分からなくなってるんじゃあないか?」
大津波。崩壊した世界、その再建のために生き抜いてきた人々がナノマシーンの一時的な停止により、再び直面した文明崩壊の危機。その影響によって狂った機械や凶暴化した獣から人々を救うために活動していた自衛組織――オフィスの活動も困難になった。それだけではなく、一部の人は、体が動かなくなる、崩れるなどの被害が出ていた。
「トビオ! あんたねぇ、カスミお姉さんにお世話になっているのに! もう、出っていって!」
「うへぇ。はいはい、出ていきますよー。んじゃ、ちょっくらマシーン連中を狩って稼いでくるよ」
少年――トビオがシーズカに向けて笑顔で手を振り、その場を逃げ出す。
◇◇◇
「トビオの兄貴、今日の稼ぎはこれですぜ」
幼い少年がトビオにコイルの山を差し出す。
「お! 結構、売れてるじゃん。さすがはセワシだな」
「へへ、兄貴の一の子分、忙しなく動くセワシですから! 兄貴が教えてくれた作り方なら元手も殆どかからないですし、これくらい余裕っす」
セワシと呼ばれた少年がビシッと敬礼の真似事をする。
「うんじゃ、これがセワシの取り分な」
トビオがコイルの山を別け、その一部を幼い少年に渡す。
「兄貴はこれから姐さんのところで?」
トビオがコイルを指でパチンと弾く。
「うんにゃ、今日は狩りだ。少しは機械連中を捌いとかないとな」
トビオの言葉にセワシが首を傾げる。
「兄貴自らですか? それこそクロウズ連中にやらせりゃあいいじゃないすか。あいつら、そのために居るんでしょ」
クロウズ――それは、自衛組織オフィスの依頼によって暴走した機械や凶暴化した獣を狩る狩人たち。
「大物はクロウズに任せるさ。じゃなくて、ちょっと流れの連中から話を聞いて、その確認さ」
「余所からの連中ですか。そいつらからの情報なんてアテにならないでしょ。兄貴が確認なんてする必要ないと思うんだけどなぁ。ヤツらなんて、ここが比較的安全だからって、流れてきて、うちのシマを荒らすだけっすよ」
セワシの言葉を聞いたトビオが頭の後ろで腕を組む。
「まぁ、そうかもだけどさ、連中が見たって機械が気になるだけだからな……」
そしてトビオは考える。
「まぁ、俺の考え過ぎなら良いんだけどな」
下水道にあるアジトに戻ったトビオはそこで装備を整える。
急所を保護するプロテクター。腕、足を守る防具。腰には簡易なシールドを発生させる装置をぶら下げ、短機関銃を取る。あまり射撃が得意ではないトビオは、細かく狙う必要が無く、弾をばらまける短機関銃を好んでいた。
「後は予備のためのハンドガンか」
トビオが取ったのは撃鉄部分が球体状になったエネルギー消費型のハンドガンだ。
「ハンドガンもシールドもエネルギーの充填は終わってるから問題無いだろ。後は、俺の悪い予感が当たらないといいんだけどな」
トビオは、そこらの駆け出しクロウズとは比べものにならないほど充実した装備を持っていた。それらはトビオが小さな頃からコツコツと商売をし、コイルを貯め、手に入れたものだ。
「流れ者が言っていたのは街の外れだったよな。たぁくよぉ、この街のクロウズが頼りないから俺が頑張らないと駄目なんだよなぁ。俺もクルマがあればなぁ、連中になんか頼らなくてもいいのにさぁ」
トビオは大きなため息を吐く。クロウズではないトビオに、この街でクルマを手に入れる伝手はない。この街で、大きな力であるクルマを手に入れるためには、ただコイルを持っているだけでは足りない。クロウズになり、マシーンやビーストを狩るなどの貢献が必要になる。それ以外に可能性があるとすればシーズカの処にあるカスミが所有している二台のクルマだけだった。
「はぁ、ちびどもが大きくなるまではおちおち他の街にも行けねぇし。まぁ、行ったところでクロウズでもない俺にクルマを売ってくれるはずがないか。クルマの整備をやってるシーズカの伝手で何とかなれば良いんだけどなぁ。あいつは動いてくれねぇし……」
トビオは短機関銃の動作を確認しながら大きくため息を吐く。
◇◇◇
トビオは町外れを歩く。町外れは、大津波によって起きた破壊で崩れた瓦礫が積み重なり、迷路のようになっている。
「隠れる場所には困らないかよ。うんで、ここで……」
と、そこでトビオは何者かの気配を感じ、短機関銃を構える。
「おっと。こんな場所に来ちゃ駄目だろぉ? その物騒なものを置いて行けば命は助けてやるぜ?」
現れたのはナイフを持った男だった。
トビオは構えていた短機関銃を下ろし、大きくため息を吐く。
「マシーンじゃあなく、流れ者かよ。俺を知らないのか?」
「あ? 知る訳無いだろ。誰様だよ。いいからその銃を置いてけよ」
現れた荒くれ男は威嚇するようにナイフをチラチラとかざす。
「ほらよぉ! 早くしやがれ! 死にてぇのか!」
言葉を荒げる男を前にトビオは再び大きなため息を吐く。そして、すぐに振り返り、短機関銃の引き金を引く。
ばらまかれる弾丸が背後から襲いかかろうとしていた男を撃ち抜く。
「な! 気付いて……」
「いいや、こういう時の定番だろ? ははーん、どうよ」
「クソがっ! 囲んでやっちまえ!」
トビオに不意打ちをしようとしていた男を撃ち抜き、取り囲もうと現れた連中も撃つ。
「悪いな。俺は銃で狙うのが下手だからよ。運悪く変なところに当たったら諦めて死んでくれ」
トビオは引き金を引き続ける。次々と放たれる銃弾が現れた男たちを撃ち抜いていく。だが、すぐに短機関銃は弾切れを起こし、動かなくなる。
「ありゃりゃ、ちょっとタンマ。待った、待った」
トビオは慌てたようにカチカチと引き金を引く。だが、弾は出ない。
「弾切れだ! ヤツの弾は切れたぞ。殺せ。コイルになりそうなものは全部奪え!」
荒くれが叫ぶ。
新しく現れた男たちがトビオに飛びかかる。
「なーんてな」
トビオが短機関銃から手を放す。そして素早く懐から換えのマガジンを取り出し、交換する。再び短機関銃を握り、引き金を引く。
新しく現れた男たちを撃ち抜く。
「悪いが、狙うのは苦手でも弾換えは得意なんだよ。って、もう聞いている奴は居ねえか」
トビオに襲いかかろうとしていた男たちは全て倒れていた。
「にしても、流れ者の集団がこんな処に隠れていたのかよ。はぁ、これはハズレか。機械を見たって、あの流れ者の話……どうやら俺は流れ者の抗争に巻き込まれただけみたいだな」
トビオは肩を竦める。
◇◇◇
敵を正面に捉えて引き金を引く。
現れた敵を狙い引き金を引く。
「へへ、今度は間違えないぜ」
優先順位を考え、敵を倒していく。そして、終わりが見えてくる。
――STAGECLEAR――
そして表示される文字。
「やったハイスコア更新だ!」
トビオが座席型の本体に繋がったヘルメットデバイスをつけたまま立ち上がろうとし、その頭を打つ。
「ぐぇ。首が、首が」
トビオが慌ててヘルメット型のデバイスを取り外す。
「馬鹿トビオ、何やってるの。ホント、うるさくて邪魔なんだけど」
それを見ていたシーズカは呆れた顔で大きくため息を吐き、手に持ったスパナでトビオを軽く叩く。
「シーズカ、あまり俺を叩くなよ。馬鹿になったらどうすんだよ」
「もう馬鹿なのに? これ以上馬鹿になるの? はいはい、今日はホント忙しいんだから」
「なんだよ。何が忙しいんだ?」
「はぁ、馬鹿。知らないの? 例の人狩りの連中の集団が街に近づいているらしいから、クロウズ連中が張り切っているの。分かる? 私はこれから、そのためにたーくさんのクルマの整備をしないと駄目なんだけど?」
「連中、ついにここまで来たのかよ」
「ええ、人狩りアクシード。オフィスはたんまりと賞金を出すそうだから、街のクロウズ連中が張り切ってるの。そういう訳で私は忙しいんだけど」
「つまり、クルマが居るってことだよな? シーズカ、今度こそ、クルマが居るだろ。つまり、だ」
トビオはカスミが所有している二台のクルマが保管されているであろう方を見る。
「はいはい、馬鹿言ってないで、あんたの子分とやらのトコロに早く行ったらどうかしら?」
「いや、俺だって戦えるぜ?」
トビオは格好つけるように鼻を擦る。
「はいはい。そういうのは良いから。クルマも持ってないのに無理でしょ。無茶せず隠れてなさいよ」
「いやいや、それだったらシーズカもだろ。動けないじいさんも居るんだし、カスミおばさんと地下に隠れていろよ」
トビオの言葉を聞いたシーズカが大きなため息を吐く。
「私以外に誰が、この街でクルマの整備をするの? この街にはこの街を守ってくれるクロウズが居るんだから! 戦いは彼らに任せて無茶しないの」
トビオは何かを言おうとし、その言葉を飲み込む。
「……分かった。だけど、シーズカも無理するなよ」
「しないから。私だって死にたくないから」
◇◇◇
人狩りアクシードの連中を討伐するためにクロウズたちが――そのクルマが街を出る。トビオは双眼鏡を片手に、身を隠し、その後を追う。
「はぁ、嫌な予感がしやがるぜ」
トビオはクロウズの後を追う。
クルマに乗ったクロウズたちには追いつけない。どんどんと距離を離される。だが、それでもトビオは何かに急かされるように後を追う。追いかける。
嫌な予感に突き動かされ、クロウズを追いかける。
……。
だが、人の足とパンドラで動くクルマでは差がありすぎた。トビオは引き離され、そして、ついには見失う。
トビオは双眼鏡を覗き、周囲を見回す。
「はぁ、見えねぇ。もう何処に行ったか分からねぇ。しまったなぁ」
トビオが双眼鏡を下ろそうとし――その手を止める。
トビオが大きく唾を飲み込み、ゴクリと喉を鳴らす。
「……マジか」
双眼鏡を持つトビオの手が震える。
「あ、アレは人狩り連中の偵察ボットだよな? なんで街の方に……」
そこでトビオは気付く。
クロウズ連中は人狩りの奴らに街から離れるように誘き出された。
今、街は?
「クソっ! クロウズの奴らは馬鹿だから、賞金に目がくらんで全員出払ったはずだ。街に残っているのなんて……」
トビオは慌てて街へと駆け出す。
トビオは走る。
トビオ一人が戻ったところで事態は変わらないかもしれない。だが、それでも走る。
自分が住んでいる街。そこには多くの守るべきものがある。シーズカに、カスミおばさんに、自分の子分たち、そして、街には多くの思い出も――、
「俺の街だ!」
トビオは走る。
街が見えてくる。だが、そこからはいくつもの銃撃音が響いていた。
街に近づくほど銃撃音は大きく、激しくなる。
戦っている。
襲撃されている。
トビオは走る。
街へと走る。
砲塔を持った六脚の機械が街を襲撃していた。見知った住人たちが銃を片手に応戦している。その場に駆けつけたトビオは何も言わず加勢する。短機関銃の引き金を引く。
撃ち、撃ち、撃ち続ける。
そして、六脚の機械は痙攣するように動くと、火花を散らしながらその動きを止めた。
「倒したか」
トビオが短機関銃のマガジンを交換し、下ろす。
「トビオの兄貴、来てくれたんすねー」
「セワシか。状況は?」
そこへトビオに気付いたセワシが駆け寄ってくる。
「街のどこもかしこもマシーンばかりっすよ。でも兄貴が銃を用意してくれてたから、何とかなってるすよー」
「さすがセワシ。ちゃんと状況を把握してくれてるな」
「そこは忙しなく動いたっすよー」
「マシーンばかりで敵のクルマは無いんだよな?」
敵がただの機械ばかりなら、パンドラを搭載したクルマの火力が無くても戦える。街の住民だけでも撃退することが出来るだろう。だが……、もし、
「ねぇっす。人狩りの連中とは別口で、たまたまマシーンが来たってことは……」
セワシはそう言う。だが、トビオは首を横に振る。
「無いな。途中で人狩りの偵察ボットを見た」
「マジッすか」
「マジだ。セワシ、逃げるぞ。みんなを連れて地下に逃げるぞ」
「がってんっすよー」
セワシが仲間を呼ぶために走る。
そのセワシの足が途中で止まる。
驚いたような顔でトビオの方へと振り返る。
「セワシ、どうした?」
「あに、兄貴、う、動けな……」
セワシの前にある空間が揺らぐ。そして、何も無い空間から大型のサソリのような機械が現れる。人の数倍はあろうかというサソリ型のマシーン。その尻尾が口のように大きく開かれていく。
「セワシ、逃げろ! セワシ!」
トビオは短機関銃を構える。だが、引き金が引けない。射撃の腕に自信が無いトビオでは敵だけを狙うことが出来ない。いつものように弾をばらまけばセワシに当たってしまう可能性がある。
「あに……」
サソリ型のマシーンの尻尾が素早く動く。開いた口がセワシをくわえ込み、そのまま飲み込む。
セワシが喰われる。
セワシはトビオの目の前でサソリ型のマシーンに喰われ、消えた。
「セワシ! おい、あああ、クソがっ!」
トビオは短機関銃の引き金を引く。次々と銃弾が放たれる。だが、撃ち出された銃弾はサソリ型のマシーンの前で弾かれる。
「シールドっ! パンドラ搭載かよ!」
それでもトビオは引き金を引き続ける。
「うおおぉぉぉぉ、セワシを返しやがれ。死ね、死ね、死ね」
短機関銃から次々と銃弾が放たれる。弾が切れたそばからマガジンを交換し、撃ち続ける。だが、銃弾はサソリ型のマシーンのシールドによって防がれる。防がれ続けている。
火力が足りていない。
トビオが持っている短機関銃ではサソリ型のマシーンのシールドを突破することが出来ない。
サソリ型のマシーンは攻撃を続けるトビオを無視して尻尾を動かし、周囲の人を喰らっていく。
トビオは効いていないと分かっていても引き金を引き続ける。攻撃を続ける。
「くそっ。どうする、どうすればいいんだよ! クルマがあれば……、クルマ?」
そこでトビオは思い当たる。
トビオはクルマのある場所を知っている。
シーズカの整備工場。そこにはカスミが持つ二台のクルマがある。
「あれが動かせれば……」
トビオはシーズカの整備工場へと走る。
街の中は戦場と化していた。至る所で戦いが起きている。先ほどまでは姿が無かったサソリ型のマシーンが人を喰らっている。
人狩り――
「くそ、くそ、くそ、くそ、待ってろよ!」
トビオは逃げるように、シーズカの整備工場を目指して走る。
◇◇◇
シーズカの整備工場。そこでは一台のクルマがサソリ型のマシーンたちと戦っていた。オープンカーのように屋根が取り外されたクルマ。その後部座席をくり抜いて取り付けられた銃座付きの機銃が激しく火花を飛ばしている。
シーズカの整備工場で眠っていたクルマのうちの一つ、グラスホッパー号。それが動いている。
運転しているのは――、
「カスミおばさん!」
トビオは叫び、戦いの場に飛び込む。
「トビオ・トビノですか。ここは危険です。すぐに避難しなさい!」
運転席に座ったカスミが片手でハンドルを握っている。そのカスミの背にはランドセルのようなものあり、そこから伸びた機械の腕が操縦をサポートしていた。
「カスミおばさん、俺も戦うぜ」
トビオは短機関銃の引き金を引きながらカスミが乗るグラスホッパー号へと走る。
「トビオ・トビノ、私が言っていることが聞けないのですか」
「カスミおばさん、もう体がまともに動かないんだろ。無理だぜ。俺が動かす! そのために俺に訓練してくれたんだろ!」
トビオが叫び、カスミが乗るグラスホッパー号へと飛び乗る。
「トビオ・トビノ……はぁ、言っても無駄のようですね。分かりました、やってみなさい」
トビオが片手と両足を失っているカスミを優しく抱え持ち、助手席へと動かす。そして運転席に座る。
トビオがハンドルを握る。
「これがクルマ……」
「トビオ・トビノ、敵は待ってくれませんよ。やりなさい」
「ああ、任せてくれよ」
トビオがグラスホッパー号を動かす。
遠隔操作で機銃を動かし、サソリ型のマシーンを撃つ。機銃から放たれた銃弾がサソリ型のマシーンのシールドを破壊し、本体を撃ち貫く。
トビオは攻撃を続ける。そして、サソリ型のマシーンは動かなくなった。
「やった。さすがはパンドラ! クルマは違うぜ」
「トビオ・トビノ、安心するのは早いですよ」
「カスミおばさん、分かってるさ。ここを守る。このクルマがあれば戦える! セワシの仇、取ってやる!」
シーズカの整備工場を守る。そのためにトビオは戦う。
次々と現れるサソリ型のマシーン、砲塔のついた六脚のマシーンなどを倒していく。
「勝てる、勝てるぞ、やった」
トビオはマシーンを倒し続ける。だが、終わりが見えない。
そこにマシーンたちだけではなく、薄汚れた防護服を身につけ、管の伸びたゴーグルを身につけた連中まで現れる。
「人狩りどもの兵隊か? こんな場所まで……どうなってるんだ?」
「トビオ・トビノ、戦闘に集中しなさい」
敵からの攻撃は続いている。グラスホッパー号のシールドで攻撃を防いでいるが、パンドラには限りがある。攻撃を喰らい続ける訳にはいかない。
「くそ。何体、何人居るんだよ! いくら、クルマでも不味いか?」
トビオはグラスホッパー号を運転しながら呟く。
突如、その敵から攻撃が止む。
マシーンだけではなく、現れた兵士たちも攻撃の手を止める。そして整列を始める。
「なんだ? 何をするつもりだ? いや、これは攻撃のチャンスか?」
トビオは整列した兵士たちを見る。あまりの不気味な行動に攻撃の手が止まる。
「あらあら、随分とおいたをしてる子がいるみたいね」
そして、整列した兵士たちの奥から女が現れた。女は長い黒髪を後ろで結び、プロテクター付きのレーシングスーツのようなものを着ている。
「あなたは……」
女の姿を見たカスミの声が震えている。
「カスミおばさん、あいつを知っているのかよ」
思わずトビオは助手席のカスミを見る。
「ふふん。私を知っているなんて面白いわね」
現れた女は病んだ目でトビオたちを楽しそうに眺めていた。
「人狩りどものお偉いさんか? 生身でクルマの前に立つなんて馬鹿なのか! クロウズを上手く陽動して街から離れさせて、その隙を突いて街を攻めたみたいだけど……残念だったな! そのうちクロウズの連中も帰ってくるぞ? 今なら見逃してやるぞ」
トビオは喋りながらパンドラの残量を見る。戦い続けた結果、かなり減っている。このまま戦い続けるならパンドラを回復させるために時間を稼ぐ必要があるだろう。
「ふふふ、面白いことを言うのね」
女は笑う。
「何が面白いんだよ?」
「陽動? 何故、私たちが陽動なんてする必要があるのかしら? 馬鹿なの? お馬鹿さんなの?」
「おい、待てよ。何を言って……」
「クロウズ? 蹴散らしたわね。分かれたのは効率を求めた結果。それで、君は、そんな旧式のクルマで何をするつもり?」
女は笑う。病んだ瞳で笑っている。
トビオは助手席に座っているカスミを見る。カスミは何も喋らない。
トビオは改めて女を見る。
「だとしても、だ。生身でクルマに敵うはずが……」
トビオが遠隔操作で機銃を動かし、女を狙う。
次の瞬間、その機銃が何か強い力で抉られたかのように消し飛んでいた。
「な、何が……?」
「ふふん。どうしたの? 見えなかったのかしら? このまま狩っても良いけど、そうね。アクシードの力を、恐ろしさを伝える者が必要かしら。でも、そこの壊れかけの人形は駄目ね。それだけは壊していきましょう」
「人形、何を……」
トビオが再び助手席のカスミを見る。
「分かりました。どのみち、この体では長くは持たなかったでしょうから。私の目的は、あの時、すでに達せられています。マスターがやってくれました。ただ、マスターを待つつもりでしたが、これも運命でしょう。その代わり、この子は助けてあげてください」
カスミは表情のない人形のような顔のまま、そう口にする。
「ふふん。交換条件を出せるほどお前に価値があると……あるわね。あったわね。はぁ、これだと私が悪者みたいじゃない?」
「アクシード、悪者でしょう?」
カスミが女を見る。
「人を狩って、殺して、善い奴のつもりかよ!」
トビオが叫ぶ。
女は肩を竦める。
「まぁ良いわ。さっきも言ったように、そいつは生かしてあげる。悔しかったら強くなりなさい。ふふん、それが無理なら、怯え、逃げてアクシードの畏怖を広めなさい」
「何を勝手に話を進めて、俺はまだ戦えるぞ」
トビオが懐からハンドガンを取り出す。そして引き金を引く。
女はなんでも無いように、その放たれたエネルギー弾を裏拳で弾く。
「はぁ、生かしてあげるつもりだったけど、力の差が分からないほど愚かだったなんて、残念ね」
女が少しも残念そうではない顔で肩を竦める。
「待ちなさい。これ以上は……」
カスミが叫ぶ。
「俺を無視するんじゃねえよ」
トビオが再びハンドガンの引き金を引く。何度も引き金を引く。だが、その放たれたエネルギーはどれも簡単に弾き返されていた。
「ふふん、ではさようなら」
そして、女が動く。
……。
そこでトビオの意識は途切れた。




