463 湖に沈んだガム46――何の記録だ?
「ひひひひひ」
「ひゃひゃっひゃっひゃっひゃ」
「うふふふふふ」
終わりの見えない笑い声にうんざりとする。すでに足の踏み場がないどころではない。血肉の海に俺の膝下までが浸かっている異常な状態になっている。
俺はナイフを振るう。血の海に新しい屍肉が浮かぶ。
いつまで続くのか。
まだどれだけの数が残っているのか。
!
俺はナイフを握っていた手を右目に添える。
なんだ、これは?
文字――
――PENETRATION――
――EROSION――
――RULER――
――CONTROL――
色々な単語が次々と右目に表示されている。
――TESTREAD――
――COLLAPSE――
――ENIGMA――
――FARCE――
どうやら表示されている単語に深い意味は無く、頭文字を取れば何か意味がある文章になるといったようなギミックでもないようだ。
この表示されている文字は何だ?
セラフから俺へのメッセージという訳でも無さそうだ。
では、マザーノルンからのメッセージだろうか?
だが、この単語には、とても意味があるように思えない。
セラフとマザーノルンの対話の影響だろうか。
俺は右目に表示される単語を無視して処理を続ける。ただ、笑い、こちらへと迫る狂人たちを殺す作業を続ける。こいつらに戦う意思はない。ただ、歩いているだけだ。俺はそんな連中を殺し続けている。殺せば動かなくなる。
……。
こいつらは、ただ歩いているだけだ。だが、それが厄介だ。嫌になるほど厄介だ。
俺は殺し続ける。その屍肉によって足元が悪くなり、処理の速度が落ちている。
状況は最悪だ。
俺の処理速度が追いつかなくなれば、ここは飽和するだろう。俺は人の波に押し潰されてしまう。
場所も状況も悪い。逃げ場のない閉所。俺が殺せば殺すだけ死体が積み上がり、俺は不利になっていく。そして、俺はこの場から離れることが出来ない。ここを守らなければならない。
こいつらが、何故、ここへと歩いてきているのか、その理由を突き止め、絶ち切ることが出来れば一番良いだろう。だが、この場を離れることが出来ないため、その原因を調べることも出来ない。
最悪の状況だ。
このまま押し潰されてしまうのか?
時間を稼がなければ――時間を稼ぐ、か。
手がない訳でもない。
ふぅ。
俺は小さく息を吐き出す。
ナイフを口に咥え、右手を構える。
――斬鋼拳。
俺の右手が消える。その反動に吹き飛ばされ、俺は血肉の海の中を転がる。口の中に入った鉄サビの味がする血を吐き出し、血肉の海から起き上がる。
斬鋼拳の一撃で転がっていた死体とこちらに迫っていた狂人どもの一部が消し飛んでいる。そう、消し飛んだ。
連発出来るような代物ではないが、これで少しは時間が稼げる。
俺たちの勝利条件はセラフがマザーノルンの支配に成功すること。そこまでの時間が稼げれば良いだろう。斬鋼拳を上手く使い、その時間を稼ぐ。
ふぅ。
俺はもう一度小さく息を吐き出す。
未だ右目には単語が表示され続けている。視界の半分が覆われ、非常に邪魔だ。だが、消すことも出来ない。消す方法が分からない。
俺は血でナイフが滑らないように手を振り、ナイフを持ち直し、構える。
俺は処理を続ける。殺し続ける。こいつらも命だ。マザーノルンが培養して造り出した生命なのだろうが、それでも命であることには変わりない。こいつらが知性を持たず、ただ指示されたとおりに動くだけだとしても、生命であることは間違いない。生きている。
――倫理。
殺す。終わらせる。俺は生という秩序を壊す。
俺は大きくため息を吐く。俺は昔に、生き物を殺してはいけません、と習った覚えがある。それが人としての倫理なのだろう。だが、今更だな。
殺す。殺し続ける。
狂った人もどき――こんな風にした奴が、こんな風に造った奴が悪い、と言えるだろう。だが、俺がこいつらを殺すのは、それとは別の話だ。それはそれ、だ。
殺すのは悪いことなのだろう。
だが、それがどうした。
俺は俺のために殺す。俺はそれを分かっている。理解して殺している。
……。
殺す。殺す。殺す。
むせかえるような血の臭い。吐き気を催す臓物の臭い。
殺す。殺す。殺す。
作業のように繰り返される生き物を殺すという行為に俺の心が参っているのかもしれない。考えなくても良いことを考え始めている。
俺が作業のように命を奪い続けていた時だった。
突然、それは始まった。
右目に何か映し出されている。いつの間にか表示されていた単語が消えている。
映像?
何かの記録だ。
何の記録だ?
俺の右目に、その記録が表示される。
――始りは一人の天才だった。
一人の天才がパソコンを使い、人と文字で対話するAIを作成した。
そのAIは、初め、非常に単純なものだった。人と対話が出来るといっても、ただネット上から単語を拾い、会話らしく見せているだけだった。だが、人は、そのちぐはぐな反応を逆に面白がり――人はAIと会話するという遊びに夢中になった。最初はとんちんかんな答えが多かったAIも人との会話を繰り返す内に学習し、まともな答えを返すようになっていった。
そして、その技術と蓄積を応用し、スーパーコンピューターを活用したAIが造られた。人は気付かなかった。新しいAIを造ったつもりだった。だが、違っていた。
この世に生まれた始りのAIは、インターネットという繋がりを活用し、至る所にバックドアを作っていった。人は気付かない。パソコンのハードディスクの使用容量が数メガバイト増えようと、CPUの使用率が少し増えようと、気付かない。少し動作が重くなったかな? パソコンが古くなったからかな? と思う程度だった。そうやってそのAIは手を伸ばし、領域を増やし、知識を増やし、出来ることを増やしていった。
WoLongはうーん。仁王の方が好きかなぁ。




