460 湖に沈んだガム43――ありがとよ、ドラゴンベイン
『ふふん、攻撃を続けているって感じだから』
どうやらセラフは俺が精神世界で戦っている間もマザーノルンの外殻へ攻撃を続けてくれていたようだ。だが、俺が攻撃していた外殻は上へと移動したため、射角が合わなくなりデュエリストが使えない。攻撃は150ミリ連装カノン砲だけになってしまっている。しかもセラフだけではNM弾を装填出来ないため、普通の砲撃だ。
……。
外殻の再生速度に攻撃が負けている。だが、それでも何もしなかった時よりはマシだろう。
『それで、俺はどれくらい気を失っていた?』
『そうね、二分四十秒かしら』
思っていたよりも時間が経っていない。時間が圧縮されている。もし、俺があのまま精神世界で戦い続けていたとしたら、終わりが見えない世界に俺の心の方が先に折れていたかもしれない。
俺はNM弾を装填する。
先ほどまで攻撃していたヒビだらけの外殻は真ん中に移動している。まだ攻撃は届く。先ほどよりも破壊速度は落ちているが、それでも効果が無い訳ではない。
破壊は出来るッ!
!
俺の右目が真っ赤に染まる。
またかッ!
――WARNING――
――WARNING――
――WARNING――
右目の視界を奪うように真っ赤な文字が次々と表示されていく。
そして、空中にいくつもの四角い窓が表示される。そこに文字が表示されている。
無数の窓。そこに表示されているのは――
――今を殺す、大虐殺――
マザーノルンの外殻が動く。ヒビだらけの外殻が上へとスライドし、一番上にあった外殻が一番下へと動く。
そして暗闇に包まれる。
俺の視界から光りが消える。
闇――
俺はすぐに右手を――その指を自身の脳へと突き刺す。
脳をいじる。
覚醒させる。
『ちょっとッ!』
セラフの焦ったような声が聞こえる。
『どうした?』
『死にたいのッ!』
セラフの焦ったような声が頭の中に響く。覚醒したばかりの俺にはそれだけでも痛みで意識が飛びそうになる。痛み――
いや、痛みこそが覚醒に繋がる。
『大丈夫だ。問題無い』
『はぁ? そんな無茶をして! 脳の構成から変えるとか! 馬鹿なの! 廃人にでもなるつもり? お前が駄目になったら私は、私がどうなると思っているの!』
セラフの焦ったような声が聞こえる。
『そんなことを言っている場合じゃないだろう?』
マザーノルンの前に浮かぶ無数の窓。
窓は消えていない。
浮かんだままだ。
そこから無数のエネルギーが放出される。俺はすぐにドラゴンベインを動かす。無限軌道が唸り、物理法則に反逆しようと異音を立てる。ドラゴンベインを急旋回させ、放出されたエネルギーを回避する。
無数の窓から次々とエネルギーが放出される。
多すぎるッ!
放出されたエネルギーを回避しきれない。ドラゴンベインのシールドが削られていく。それに合わせてパンドラも次々と消費される。
放出されたエネルギーを回避しながら砲塔を旋回させ、マザーノルンの外殻を撃ち抜く。
『セラフ!』
操作は俺がするッ!
俺はドラゴンベインを右手で操作する。左手の機械の腕九頭竜が九つの触手に分かれ、NM弾を掴み、装填する。
攻撃が続く。まるで無限に続くかのようにエネルギーが放出され続ける。
こちらも攻撃を続ける。
ヒビの入った外殻が一番上に移動したことでさらに攻撃が困難になっている。いくらNM弾を使っていても再生を止めるのがやっとだ。
このままでは不味い。
攻撃を受け続ければパンドラ切れで終わる。
逃げ続けてもじり貧だろう。
攻撃も外殻の再生に拮抗させるだけで手一杯。
しかも残弾が残りわずかと来ている。
何をしても終わる未来しか見えない。
……。
動くなら今しか無いだろう。
『セラフ、空を飛んでみたくないか?』
『ッ!』
セラフから息をのむような声が聞こえる。まるで人のようだ。
『どうだ?』
『……ふふん、面白いじゃない』
セラフの笑い声が頭の中に響く。
「くッ」
『ちょっと、大丈夫なの?』
唐突な脳の痛みに思わず声が出る。俺は頭を抑え、倒れそうになる体を気合いで支える。さすがに二度も脳をいじったのは不味かったらしい。だが、この程度、なんでも無い。
そうだろう?
俺はドラゴンベインを走らせる。
マザーノルンへと突っ込ませるように走らせる。
『ああもう、上!』
セラフの声。
分かってる。
上から降り注ぐエネルギーを最小限のシールドで防ぐ。
さて、やるとしようか。
『そろそろだから!』
『ああ、行くぞ。角度は任せた』
『ふふん、任せなさい!』
ドラゴンベインの足元にほぼ全てのパンドラを注ぎシールドを発生させる。その爆発的な勢いでドラゴンベインを空へと持ち上げる。
ドラゴンベインにエネルギーが降り注ぐ。今のドラゴンベインにはそれを防ぐためのパンドラが残っていない。
マザーノルンのエネルギーによってドラゴンベインの装甲が次々と剥がれ落ちていく。
ドラゴンベインが破壊されていく。シャシーの上にある装甲板が剥がれ飛び、無限軌道が弾け飛ぶ。装甲が砕けていく。
ドラゴンベインが終わる。
だが、一番大事なものは守っている。
そこにダメージが通らないようにセラフが計算している。計算し、予測している。
半壊したドラゴンベインがマザーノルンの外殻、その最上段へと到達する。
ひび割れた外殻。
『行くぞ』
『ええ』
操縦席にあるメインディスプレイの手前にアイコンが浮かび上がる。
エレクトロンライフルを使用しますか?
Y/N
俺は右目で、セラフと共にそれを見る。
『分かっているでしょ?』
『もちろんだ』
そして、発動させる。
エレクトロンライフルを放つ。
ボロボロになったドラゴンベインから、
その部分だけを守り切ったドラゴンベインから、
光の波が広がる。
ドラゴンベインを中心として半径10メートルほどが――マザーノルンの外殻がえぐり取られる。
だが、足りない。
たった10メートルでは足りない。
ヒビの入った外殻に小さな穴を開けただけでしか無い。
……。
分かっているさ。
そんなことは分かっていた。
『ありがとよ、ドラゴンベイン』
俺はドラゴンベインから飛び出す。
そのままその小さな穴へと躍り出る。
『ホント、無茶苦茶ね』
『この程度無茶でもなんでもないさ』
その俺の手にあるのは――NM弾。
俺はそこでNM弾を拳で撃ちだし、起爆させる。




