458 湖に沈んだガム41――セラフ
真っ暗闇だ。
俺の周囲が黒い闇に覆われている。
どういうことだ?
俺はドラゴンベインに乗っていたはず。なのに何故、こんな暗闇の中、一人、ポツンと立っている?
闇。
何処までも黒い闇が続いている。
ここは何処だ? 何故、俺はこんな場所に居る?
……。
何故?
マザーノルンが何かやったのだろう。それは間違いない。
だが、何をした?
――マザーノルン。
マザーノルン、か。無数のウィンドウに表示されていた文字は『お前たちに未来は無い』だった。
……たち?
そう、俺たちだ。
俺とセラフ。
奴はセラフのことを認識していたということだろうか? 道化が最後まで気付かなかったセラフの存在に? 気付いていた?
セラフには自由に動いて貰っていた。マザーノルンの本体がある、この施設のローカルなネットワークに介入して色々と調べ、動いていた。だが、だからといって、そこからセラフの存在が読み取れるだろうか? セラフがマザーノルンの端末だからか?
……。
マザーノルンが表示させていたものが定型文だったという可能性もある。
あるだろうか?
……いや、無いな。その可能性は無いだろう。
ピエロのような化粧を施した少年――道化は『王の帰還』だと言っていた。ここは本来、王とやらがマザーノルンに会うための施設なのだろう。王たちでは、無い。複数人が来ることを想定していない。
不味いな。
『セラフ』
俺はセラフに呼びかける。だが、返事は返ってこない。何の反応も無い。
俺の周囲は黒い闇に覆われている。何も無い。闇が広がっているだけだ。
右の目が見えていない。セラフが機能していない。
俺は右目に触れる。
……。
そこには何も無かった。セラフの存在が消えている。
『セラフ』
俺はもう一度セラフに呼びかける。
……。
だが返事は返ってこない。
……。
不味いな。
どれだけの時間が経っている?
戦闘はどうなった?
あれからどうなったのだろうか。
マザーノルンに時間を与えてしまえば、奴はその傷を回復してしまうだろう。NM弾の残弾はわずかだ。奴の傷が直ってしまった場合、そこから俺たちが巻き返すのは難しいだろう。殻の破壊が出来なくなってしまう。
……。
暗闇。
「聞こえているか?」
暗闇は何も答えない。
俺の周囲が黒い闇に覆われている。
何の反応も返ってこない。
……。
俺は小さくため息を吐く。
不味いな。
俺は暗闇に手を伸ばす。そこには何も無い。俺は何も掴めない。ただ真っ暗な闇に浮かんでいるかのように何も無い。
闇、闇、闇。
何処までも闇が広がっている。
ドラゴンベインに乗っていたはずなのに、そのドラゴンベインが何処にも見つからない。
闇の中に存在しているのは俺という存在だけだ。
どういうことだ?
マザーノルンの力で何処かに転送させられた?
俺は左腕の機械の腕九頭竜を動かす。俺の処理能力では九つに分けて動かすことは難しいだろう。だが、二つ程度なら問題無い。二つの触手だけを動かし、叩き合わせる。金属と金属がぶつかり、小さな火花が飛ぶ。
明りだ。
だが、その光りはすぐに闇に飲まれてしまう。
何も無い。
何も無い闇が続いているだけだ。
俺は大きくため息を吐く。
ここは何処だ?
俺たちはマザーノルンの箱の前に居たはずだ。ドラゴンベインに乗っていたはずだ。一瞬でこの暗闇に包まれた場所に移動させられた?
一瞬?
転送させられたとでも言うのか?
……。
俺だけを転送させるみたいな器用なことが出来るのだろうか? いや、転送なんて技術がこの世界にあるのか?
そもそも俺の右目からセラフが消えていることがおかしい。
……。
何処かに移動させられた訳では無さそうだ。
考えられるのは――
俺がその答えに辿り着いた時だった。
何も無かった黒い闇に青い炎が灯る。青い炎は揺らめき、動き、一つの形へ――存在へと生まれ変わっていく。
それは巨大な蛇だった。
見覚えがある。
俺はその巨大な蛇を知っている。
よく知っている。
俺の左腕を犠牲にして倒した相手だ。忘れる訳が無い。
ガロウ。
マップヘッドを支配していた女。この巨大な蛇はそのガロウの変身した姿だ。
ガロウが生き返った?
まさか、そんなはずが無いだろう。
「なるほどな」
俺は小さく呟き、右手を前へと突き出す。そのままくいくいっと手を動かす。
「かかってこい」
俺の挑発を理解したのか巨大な蛇が動く。暗闇を這い、体を滑らせ、逃げ道を塞ぐような形で円を描く。
これは時間稼ぎだ。
マザーノルンによる時間稼ぎでしかない。
ここは俺の精神世界とかそういう感じの場所だろう。
俺はすでに一度似たようなことを経験している。オーキベースでアクシード四天王の一人最弱のクレンフライとの戦いで経験している。
すぅ、はぁ。
大きく息を吸い、吐き出す。
何故、ここでガロウなのか。マザーノルンが選んだ? そんなはずが無いだろう。となれば、これは俺の意識が生み出したものだ。
イメージトレーニングのようなものだと思えばいい。
一度倒した相手だ。
すぐに倒してやる。
「良いだろう。時間稼ぎに付き合ってやるよ」




