456 湖に沈んだガム39――セラフ、お前は目玉一個分なのにな
「も、戻ってきたぞ」
俺は思わず呟く。それくらい帰り道の方が大変だった。大変? それはそうだろう。警報によって集まってきた警備ロボットたちが待ち受け、ひしめく通路を抜けなければならなかったのだから苦労するのも当然だ。
『あらあら、それでもお前なら大丈夫だと思ったんだけど? ふふん、その通りだったでしょ』
俺は息を整え、肩を竦め、ドラゴンベインへと乗り込む。座席に座り、問題が無いことを確認する。この壁の前にドラゴンベインを放置していたが、いじられた様子は無い。この程度では、マザーノルンの脅威にはならないと思われていたのかもしれない。
ドラゴンベインの前にあったレリーフが施された巨大な壁は三つに分かれ、開かれている。壁が開いたことで、そこに描かれていた時計を囲む翼の生えた三人の女はそれぞれが独立した姿になっていた。
三人の寄り添った女が、一人一人に別れる。
……。
俺たちはドラゴンベインを開いた壁の向こうへと進ませる。
静寂に包まれた通路。
大理石で作られたかのようなツルツルとした壁と床は、薄暗さと相まって荘厳な雰囲気を醸し出している。ドラゴンベインに乗っているのに寒気すら感じる。
厳かな雰囲気――その空気感だけで俺は威圧されるように寒気を覚えたのだった。
『この先にマザーノルンの本体が待っているのか』
『ふふん、そう。私の支配下におけば終わり。ここまでやるとは思わなかったから。やるじゃない』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
『お礼を言うのは全てが終わってからだろう?』
今の人類を、この世界を――それらを支配している人工知能。どんな代物なのか興味があった。それがやっと分かる。
『ふふん。私が力を手に入れたら、あんたは王様だから。報酬になんでも好きにしていい権限をあげようじゃない。世界の半分でも、どう? ふふん、嬉しいでしょ』
『あまり魅力的じゃないな』
セラフの興奮を抑えきれないような言葉に俺は肩を竦める。セラフのすでに勝利しているかのような――その後を考えた言葉は少しだけ俺を不安にさせる。これがフラグでなければ良いのだが、とどうしても思ってしまう。
……まったく、こいつもマザーノルンと同じ人工知能のくせに。まるで人間だ。人間よりも人間くさいと思ってしまう。ここまでの旅がセラフを人へと成長させたのだろうか。
思えば長い付き合いだ。セラフが右目に寄生している関係上、俺とセラフは離れたくても離れることが出来ない。
一蓮托生。
一心同体。
――相棒。
俺は小さくため息を吐く。終わりが見えているからか随分と感傷的になっているようだ。
長い長い通路を進む。終わりへと向かって終わりの見えない通路を進む。
ここに機械連中の姿は無い。ここまで侵入されることを想定していないのか、それとも守る必要が無いのか。
……。
マザーノルンは支配者だ。守られる存在ではない、ということだろうか。
……。
もし、セラフがマザーノルンの支配に失敗したら……壊そう。マザーノルンは破壊する。マザーノルンを壊せば人類はその庇護を無くしてしまう。マザーノルンは、ある面では人が滅びないように保護していたと言えるだろう。この命が軽い過酷な世界では、マザーノルンの破壊――それは人類滅亡の引き金となってしまうかもしれない。
だが――
『まぁ、何とかなるだろう』
『ふふん。何とかなるに決まってるでしょ』
セラフは得意気に笑っている。
……。
……。
……。
ドラゴンベインが長い通路を進む。
薄暗い通路を進む。
長い通路――その通路の先に光りが見える。
あそこが終着点。
長い通路を抜ける。
そこは大きな部屋だった。
『ドーム何個分とか、そういう感じだな』
『ふふん。無駄に大きくしただけでしょ』
広い。
だが、そこには、その広い部屋を狭めるほど巨大なブロックが置かれていた。巨大な六角形のブロックが三つ、それが三日月の形に並んでいる。ドラゴンベインがアリンコに見えてしまうほどの大きさだ。
これがマザーノルン?
大きいだけのただの箱だ。箱の表面はツルツルとしており、機械らしさがない。らしさ? 箱の中に機械が詰まっているのかもしれない。
数百メートルクラスの箱が三つ。それが全て思考という計算に使われているのだとしたら――人工知能としては規格外な代物になるだろう。
『セラフ、お前は目玉一個分なのにな』
『ふふん。各地の端末を補助に使っているから』
俺は肩を竦め、首を横に振る。
『小さくてもここまで来られたからな。お前が凄いって言ってるんだよ、俺は』
『ふふん、当然でしょ』
俺たちの目の前にある巨大な三つの箱。
『それでどうするつもりだ?』
『ふふん。ドラゴンベインを使って外郭を破壊して。中身が出てきたら、ふふん、そこからは私の番ね』
『まずは殻を破る必要があるのか。とんだ箱入りだな』
俺はドラゴンベインを動かす。
箱の一つを狙い、150ミリ連装カノン砲を撃ち放つ。轟音とともに爆炎が巻き起こる。
……。
爆炎の中から無傷の箱が現れた。
『傷一つ無しか。さすがに硬いようだ』
『そうね』
マザーノルンからは何の反応も返ってこない。この程度の攻撃では反応するまでもないと思っているのだろうか。それとも本体は何もすることが出来ないのか?
……。
とにかく攻撃を続けよう。




