455 湖に沈んだガム38――五秒でやってくれ
ピエロのような化粧を施した少年の首が胴体とともに爆炎へと飲み込まれていく。もし奴が首だけでも生きているような化け物だったとしてもこれで終わりだ。もう助からない。
『あらあら、浸っているところ悪いけど、私たちも危ないでしょ、これ』
集まってきた機械からの攻撃は続いている。俺は自分の体を見る。焼け爛れた体を治そうと再生を続けている。
体は……動く。だが、素早くこの場を離れなければ、攻撃を受け続け身動きが取れなくなってしまうだろう。そうなれば待っているのは死と再生を繰り返す生き地獄だ。
『一度死んだら攻撃を諦めてくれないだろうか』
『あらあら、確かめてみる?』
俺は肩を竦め、走る。飛んできたミサイルを爆発しないように蹴り飛ばし、壁を駆け上がる。螺旋を描くように、天井、壁、通路を走り、逃げる。
逃げる?
違うな。目的地へと向かう、だ。
俺を追いかけるように無数の弾丸が飛び交い、ミサイルも飛び、次々と爆炎が巻き起こる。前方から迫る小型戦車のようなマシーンを足だけ人狼化させて蹴り上げ、その下をくぐるように走る。飛んできたミサイルを絶対に折れないナイフで受け止め、そこから巻き起こる爆風を追い風に進む。走る。駆ける。進む。
『服が破れなくて良かったよ』
中身の俺が死にかけるほどの攻撃が続いているが、ぴっちりとしたスーツは破れることなく、その形を保っている。
『あらあら、言っている場合?』
『大事なことだろう? 助かってるよ』
『ふふん』
セラフの得意気な笑い声を聞きながら、通路を走る。俺の行く手を阻むように閉じられた防火シャッターを横目に、その手前にあった階段を駆け下りる。通路を進み、見つけた階段を今度は駆け上がる。俺の右目には進むべきルートが表示されている。そのルートが状況に合わせ、何度も変更される。
俺は走る。
目の前には壁。防火シャッターが降り、通路を塞いでいる。だが、構わない。俺は走る。右目に表示されているルートはそのまま前進しろと言っている。
『ふふん。そのまま突っ込みなさい』
『分かってるさ』
俺の眼前に防火シャッターが迫る。ぶつかる? だが、タイミングを合わせたように防火シャッターが開いていく。俺は体を滑らせ、その下をくぐり抜ける。セラフが上手く遠隔操作をしてくれている。俺はそれを信じるだけだ。
『この調子で目的のスイッチも操作出来ないのか?』
『出来ればやっていると思わないのかしら。お馬鹿さんなの?』
俺は走りながら肩を竦める。警報は続いている。警備マシーンたちは振り切ったが油断は出来ない。
『それで?』
『そのスイッチ、必ず外部から直接操作する必要があるの。仕方ないでしょ』
『ああ、それなら仕方ない』
俺たちが目指しているのは、マザーノルンの本体が眠る部屋へと続く扉を開けるためのスイッチだ。それがどんなものかは分からないが直接向かう必要があるらしい。
俺たちは走る。
『……奴は何がしたかったんだろうな』
ピエロのような化粧を施した少年。アクシードの首領を名乗っていた少年。そしてマザーノルンの協力者だった少年。奴は俺がマザーノルンの待っていた存在ではないと知りつつ、案内をした。まさに道化だ。奴は道化を演じてまで何がしたかったのか。
……。
――知ったところで何になる。俺がやることは変わらない。
もう奴は居ない。俺が殺した。
『あらあら、終わったつもりみたいだけど、アレのクローンはまだ残ってるでしょ。ふふん、いくらでも襲いかかってくると思うけど? 危、機、感、が足りないんじゃない?』
『経験を持たず知識だけの奴に今更俺が負けると思うか?』
『はいはい。負けない、負けない。で? クローンでも話は出来るでしょ。聞きたければ聞けば良いじゃない』
『不要だ。俺には……もうどうでも良いことだ』
『はいはい、そうね。ふふん、そろそろだから』
俺たちは走る。
そして目的の場所に辿り着く。そこにはいかにもな横倒し式の大きなレバーとそれを守る二体の人型ロボットの姿があった。二体の人型ロボットは見覚えのある姿をしていた。あのエレベーターで戦った金と銀のロボットとよく似ている。同系統のモデルなのだろう。
全長八メートルほどの武装したロボットが二体。あの時はドラゴンベインがあった。今は生身だ。
俺は足を止め、大きくため息を吐く。
『舐められているな』
『ふふん、そうね。期待しているから』
あの時はセラフの人形を犠牲にして勝利した。
今回は?
俺が居る。
俺は人型ロボットへと走る。人型ロボットの一体が機銃を掃射し、もう一体が手に持ったバズーカ砲を撃ち放つ。
俺は走る。機銃の掃射――ドラゴンベインよりもはるかに小さな俺の体なら問題無い。その弾と弾の間を抜け、バズーカ砲から放たれた弾丸による爆炎をナイフで切り裂き、その中から飛び出す。
そのまま人型ロボットへと飛びつき、その背を駆け上がる。人型ロボットの首まで駆け上がり、その首に張り付く。
『どれくらいかかる?』
『ふふん、三十秒ね』
『五秒でやってくれ』
『出来たらやってるに決まってるでしょ。馬鹿なの!』
人型ロボットが俺を振り払おうと体を揺らし、手を伸ばしてくる。その迫る手を頭に張り付いたまま回避する。動ける範囲は狭いが問題無い。この程度ならいくらでも回避出来る。もう一体の人型ロボットは同士討ちを避けるためか攻撃の手を止めている。
『そろそろ三十秒だな』
『ふふん。終わったから。二十八秒。二秒も短縮したから。感謝しなさい』
俺はセラフの言葉を聞いて人型ロボットの上から飛び退く。俺が張り付いていた人型ロボットがもう一体へと走り出す。人型ロボットはそのまま絡み合い、同士討ちを始める。
俺はその隙に横倒し式のレバーへと走る。レバーのサイズが俺よりも大きい。俺はそのレバーに抱きつくようにしがみ掴み、体重を掛けて押し倒す。
『これで良いのか?』
『ふふん。そのまま扉が開ききるまで倒し続けなさい』
『同士討ちをさせるよりも、あの人型ロボットを使って、このレバーを操作させた方が良かったんじゃないか?』
『……もう一体に攻撃されたら大変でしょ』
『ああ、そうだな』
俺はレバーを倒し続ける。
『ふふん。開いたわ。後は戻るだけね』
『そうか、戻りがあったか』
俺は大きなため息を吐く。
争っている二体の人型ロボットの足元を駆け抜け、その場を離れる。
後は戻るだけ、か。
俺たちは来た道を戻る。
これでマザーノルン本体への道は開かれた。
――やっとご対面だ。




