452 湖に沈んだガム35――甘すぎる。ブラックにしてくれ
「はっは、兄弟、この先だ。この先だよ」
ピエロのような化粧を施した少年がくるくると踊りながら俺を先導する。隙だらけのように見えて隙が無い。先ほどまでの有象無象のクローンとは違う確かな経験の差を感じさせる。もしかすると、こいつが本体なのかもしれない。本体? 正しくはクローンのベースとなった個体と言うべきか。
「お前と兄弟になったつもりはない」
俺がそう言うとピエロのような化粧を施した少年が足を止めた。そして、先ほどまでの楽しそうな顔を歪め、何処か寂しそうな――今にも泣き出しそうな表情に変わる。
「つれないことを言うなよ、言ってくれるなよ。チタンも、オリカルクムも、ステ……
俺は肩を竦める。
「案内はもう良いのか?」
「はっは、こっちだ。こっちさ」
ピエロのような化粧を施した少年は先ほどまでの泣き出しそうだった表情が嘘のようにニタニタとした笑みを浮かべ、歩き出す。こいつの言葉に深い意味は無いのかもしれない。意味を求め惑わされる、そんなことが無いよう用心しよう。
無言で迷路になった部屋を歩く。生産しているクローンの数が多いからか部屋は広い。
さらに歩き続け、両開きの扉が見えてくる。ピエロのような化粧を施した少年が扉の前で手をかざさすと、その扉が開いた。
「もう少しさ」
扉の先は大型の機械が並ぶ通路になっていた。もしかするとクローンの入ったフラスコを稼働させるための機械なのかもしれない。
大型の機械が並ぶ通路――その先に勝手口のような扉があった。
ピエロのような化粧を施した少年が近づくと、勝手口のような扉は上下に別れ、自動的に開く。そこは壁に無数の穴があいた狭い通路になっていた。少年の後に続き、その狭い通路に入る。すると背後の扉が閉まった。どうやら閉じ込められたようだ。左右の壁が赤、青、緑と光り、無数の穴から強烈な風が吹き出す。それはしばらく続いた。そして、再び、赤、青、緑と光り、狭い通路の先にある扉が開いた。
「これは?」
「はっは、出る時も入る時も必要な儀式だよ。ここはどんどん拡張されている。今となっては無駄な儀式だよ」
風が吹き出す無数の穴かあいた狭い通路を出るとそこはロッカーが並ぶ控え室のような部屋になっていた。誰が補充しているのか自販機も置かれている。
「はっは、小休憩だよ。歩き疲れちゃったんだ」
ピエロのような化粧を施した少年が自販機へと近づく。そして懐から硬貨を取り出し、自販機に入れる。少年が自販機のボタンを押し、ガコンという音とともに落ちてきたそれを、こちらへ投げ渡してくる。
俺はそれを受け取る。
これは――多分、缶コーヒーだろう。
「飲みなよ」
「コイルじゃないのか」
こいつは乾電池では無く、硬貨を使っていた。
「はっは、昔ながらにこだわっていたようだから、その名残なんだよ」
ピエロのような化粧を施した少年が再び自販機に硬貨を入れ、飲み物を購入する。自分の分なのだろう。
「はっは、飲まないのかい?」
ピエロのような化粧を施した少年が自分の分の缶飲料を開け、ごくごくと飲んでいる。毒は入っていないというアピールだろうか。それとも飲みたかったから飲んでいるだけか。
『大丈夫だと思うか?』
『さあ?』
セラフからはどうでも良いという感じの声が返ってくる。自分の考え事で忙しいのだろう。
……セラフがどうでも良いと思うくらいなのだから、危険はないだろう。
俺は缶コーヒーの缶蓋を開け、口をつける。そのままごくごくと飲む、飲み干す。
……。
中身はミルクコーヒーだった。甘い、甘ったるいとしか言えない異様な甘さのミルクコーヒーだった。
「甘すぎる。ブラックにしてくれ」
「はっは、オリジナルだからね。缶コーヒーは甘くないと! 甘いのが缶コーヒーだよ」
ピエロのような化粧を施した少年が楽しそうに笑う。
「あれだけの数のクローン、あれはなんのためにある? まさか荒廃した世界から人類を再生するため……とは言わないよな?」
「目的は一つさ。はっは、もうすぐさ」
「お前のクローンが言っていた完全体を造るため、か」
「はっは、もうすぐだよ」
完全体――マザーノルンの目的は完璧な人間を造ることなのだろうか。それはどういった存在なのだろう。何を持って完全とする? 何が失敗なんだ?
マザーノルンは何がしたい? 世界の支配をするためだというなら、それはすでにマザーノルンの勝利で終わっている。この世界はマザーノルンによって支配されている。
何故、それを造ろうとする? 自分が管理しやすい人を造ることが目的なのだろうか。だが、すでに人はマザーノルンとその端末たちによって管理されている。管理しやすくするためだとしても、それをクローンで行う必要は無いはずだ。
……分からない。
機械であるマザーノルンが人にこだわる理由はなんだ? 今までのノルンの端末たちが管理していた実験施設、それは人に関わるものばかりだった。人を複製すること、強化すること、因子を加え変異させること、記憶を転写させること、機械化――そういった、ある意味、人の可能性に挑戦するような実験施設ばかりだった。
人を管理し、進化させる? 分からないな。
「さあ、出発だ。休憩は終わりだよ」
ピエロのような化粧を施した少年が歩き出す。俺は肩を竦め、その後を追う。
ロッカールームを出た先は無機質な通路になっていた。病院……いや、工場か。そういった施設の中を歩いているような気分になってくる。
通路にはいくつも扉が並んでいたが、少年はそれらを無視して歩く。行き先が決まっているのだろう。
「はっは、ついたよ。ここさ」
そして一つの扉の前で足を止める。
「はっは、ここがノルンの間さ」
なろうメンテのため、次回の更新は2月5日の日曜日12時に行います。ご了承ください。




