451 湖に沈んだガム34――何が言いたい?
無数のフラスコが並んでいる。それは壁となり迷路を造っているかのようだ。
俺はフラスコを眺めながら進む。中にはうっすらと人のようなシルエットが見える。殆どが中身入りだが、中には何も入っていないフラスコもあった。その何も入っていないフラスコにぶくぶくと泡が立ち、中に人型の肉が生まれる。それが大きく成長していく。それに伴い中の液体が濁り、見えなくなっていく。
『まるで俺にクローンが生まれるところを見せようとしているみたいだな』
俺がここに来たぴったりのタイミングでクローンが精製される。そんなことがあるだろうか。
『ふふん。どうでしょうね』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
絶対に折れないナイフを構えたままフラスコが並ぶ部屋を進む。ここか、この先に、レリーフの施された壁を開けるためのスイッチがあるはずだ。
慎重に部屋を進む。
『セラフ、聞いても良いだろうか?』
『あらあら、何かしら』
俺はナイフを構え、警戒しながらセラフへと問いかける。
『NM弾に俺の血を垂らした。なのに、ここの柱は、壁は――この施設は再生した。再生するにしても異物が混じったのだから、再生が遅れてもおかしくないだろう? だが、結果はどうだ。一瞬で再生した。どういうことだ?』
この施設はナノマシーンで造られている。一瞬で再生したことからも間違いないだろう。では、何故、俺の体に含まれているナノマシーンでエラーを起こさなかった?
『確かに、確かにそうね。何故、おかしいと思わなかったのかしら』
セラフからは何処か戸惑ったような声が返ってくる。
『セラフ、考えられる可能性は?』
『構成しているナノマシーンのパターンを把握している? いや、でも……』
セラフはそこで言葉を止める。思考という名前の湖に深く沈んでいるのかもしれない。
無数のフラスコが並ぶ、保管庫のような部屋を歩く。フラスコの数は膨大だ。この数十万のクローンはなんのために造られているのだろうか。地上の人口を維持するためなのか。だとすれば、その理由はなんだ? 何故、維持する必要がある? それともそんなことは考えてなく、ただ廃棄しているだけなのか。廃棄するからには失敗したのだろう。では、それは何に失敗したというのか。
……。
マザーノルンは何をしようとしている?
と、俺が考え込んだ、その時だった。
「はっは、君が探しているのはこれか? これかい?」
フラスコの陰からピエロのような化粧を施した少年が現れる。俺はすぐに動き、その少年の首へと絶対に折れないナイフを滑らせ、そのまま振り抜く。ごろんと嫌な顔で笑ったままの少年の首が転がり、首から大量の血が溢れ出す。血しぶきを浴びないように俺は大きく飛び退く。
気配を感じなかった。まるで、そこに突然現れたかのような登場の仕方だ。
「はっは、酷いじゃあないか」
今度は頭上から声がする。
『上か』
そちらへ顔を向けると、フラスコの上で楽しそうに拍手をしている少年の姿があった。
「追加か。お前たちは、後、どれだけ居るんだ?」
俺は大きくため息を吐く。非常にしつこい奴らだ。
「兄弟、君は酷い奴だ。君は勘違いしているよ」
「何が言いたい?」
フラスコは一つが人の背丈以上の大きさがある。飛び上がって斬り付けるのは難しいかもしれない。
「はっは、彼らは、僕たちは記憶を転写したクローンだが、コピーじゃあない。じゃないのさ。似ているし、同じ記憶を持っている。だけど、だけどだよ。それだけなんだ。僕たちは、別人なのさ。はっは、別の個性なのさ。個人なのさ。始りは一緒でも過程によって結果は変わる。兄弟、本当に君は酷い奴だ」
ピエロのような化粧を施した少年がフラスコの上で足をバタバタと動かしている。
「何が言いたい?」
「はっは、気付かないとは酷い奴だ」
ピエロのような化粧を施した少年は笑っている。
さて、どうする。
……。
こいつはこちらに危害を加えようとしてこない。このまま無視した方が良いのかもしれない。
俺は肩を竦める。
「それで? お前は何がしたい?」
「案内したいのさ。はっは、案内したいんだよ」
俺は肩を竦めたまま大きくため息を吐く。
「お前の仲間が言っていた衝撃の展開か。このクローンを見せられても俺は何も思わないな。それともその衝撃とやらは、このさらに先にあるのか? お前のお仲間が言っていた面白く夢中になるものが、そこにあるのか?」
「はっは、欠けている君には通じなかったね。通じなかったよ。でも、驚くのはこの先さ。案内するよ」
ピエロのような化粧を施した少年がフラスコの上から飛び降りる。少年は俺の目の前だ。俺はその首を狙い、絶対に折れないナイフを振るう。
「はっは、ここは広いからね、迷子になるよ。こっちだよ」
そのナイフをピエロのような化粧を施した少年が二本の指で挟み、止める。少年は何事も無かったようにニタニタと笑っている。
「分かった。案内してくれ」
ピエロのような化粧を施した少年が指を放す。俺はナイフを引く。
今はこいつに従った方が良さそうだ。
ピエロのような化粧を施した少年が楽しそうに踊りながら迷路のようになってフラスコが並ぶ通路を進んでいく。
他の奴よりもこいつは隙が無い。同じように見えて別人だというのは本当のことなのだろう。




