450 湖に沈んだガム33――行くか
爆炎の中から無傷のピエロのような化粧を施した少年たちが現れる。
……無傷、か。
『ふふん』
セラフは笑っている。
『だろうな』
シールドを張って砲撃を防いだのだろう。
だが、
こいつらは終わりだ。これで終わっている。
俺がドラゴンベインに辿り着いた。セラフがドラゴンベインの支配権を取り戻した。もう、こいつらの遠隔操作は受け付けない。
俺の左腕が――機械の腕九頭竜が俺を催促するように動く。
『分かってるさ』
俺はドラゴンベインの中に用意されていたNM弾を運ぶ。そして絶対に折れないナイフで右手の指をスパッと小さく切り、溢れた血を、そのNM弾に垂らす。このピエロのような化粧を施した少年たちにどれだけの効果があるかは分からないが、やっておいて損は無いだろう。
NM弾を装填する。セラフの人形が無くなった以上、俺が装填作業をしなければならない。
そして放たれる砲弾。再び巻き起こる爆炎。
その爆炎が消えた後にはいくつもの砕けた肉片が散らばっていた。
倒せたようだ。
『これで終わりだと思うか?』
俺はセラフに話しかける。
『あらあら、終わりだと思っているのかしら』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。さっきまでは喋ることが出来ないほど集中していたようだが、今は随分と余裕があるようだ。
目の前の五人は殺したが、これで終わりだとは思えない。奴は自分たちをクローンだと言っていた。
――記憶を転写したクローン。
奥の神殿からわらわらと湧いてきてもおかしくないだろう。
『ふふん。それでどうするつもり?』
『分かっているだろう』
俺はドラゴンベインを動かし神殿へと突っ込む。
……。
そうだろうとは思っていたが予想通りだったようだ。突っ込んだ神殿には傷一つ無い。クローンを吹き飛ばすためにドラゴンベインの砲撃を何度も叩き込んだはずなのに無傷だ。
NM弾を使ったドラゴンベインの砲撃が無効化されるとは思えない。
建物を覆うようにシールドが張られている――とは思えない。
だとするならば、だ。
考えられることは一つしかない。
『ナノマシーンか』
『みたい。ふふん、随分と優秀で、随分と速くて、随分と強力な命令で動いているようね』
破壊しようとしても一瞬で再生してしまう建物。まるで魔法だ。
ドラゴンベインに乗ったまま神殿の中へと入る。
俺はゆっくりと砲塔を旋回させる。
『居るな』
『ふふん。そのようね』
並んでいる柱の陰に気配を感じる。俺はそこを狙うように砲塔を動かしながら進む。
「ばぁ! はっはっは、驚い……」
その柱の陰からピエロのような化粧を施した少年が現れる。次の瞬間、少年はドラゴンベインの砲撃によって柱ごと吹き飛んでいた。吹き飛んだはずの柱が、それが錯覚だったと思ってしまうほどの一瞬で元の姿に戻っていた。まるで柱が吹き飛んだという事実すら無かったかのようだ。
しばらく神殿の中を進むとレリーフの施された巨大な壁が見えてきた。彫られているのはアナログ時計を囲む翼の生えた三人の女だった。
『ふふん。マザーは――マザーノルンはこの先ね』
セラフは強がるように笑っている。
『そうか。だが、閉ざされているようだな』
『何処かにスイッチがあるでしょ』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。俺は他に道がないか周囲を見回す。そして見つける。レリーフの施された壁の前に下へと続く階段があった。どうやらここを進むしかないようだ。
この下り階段をドラゴンベインで進むのは無理だろう。先に進むにはクルマを降りる必要がある。
どうにも誘われているとしか思えないが、仕方ない。他に道はない。
「はっは、何処に行こうと言……」
再び現れたピエロのような化粧を施した少年をドラゴンベインで踏み潰す。まさか踏まれると思っていなかったのか、あっさりと踏み潰される。
『行くか』
『ふふん。ロックしたから安心しなさい』
ハッチを開け、俺はドラゴンベインから飛び降りる。ここにドラゴンベインを放置するのは不安ではあったが、セラフがなんとかしてくれるようだ。
俺は――俺たちは階段を降りる。
そして無数の人間サイズのフラスコが並ぶ部屋に辿り着く。
広い。本当に無数と言う言葉がぴったりくるほどの数がある。千や二千では無い。万単位……下手すれば50万くらいはあるのではないだろうか。これ一つ一つに人が入っているようだ。それだけの数のクローンがここで生産されている。
ここはクローンの生産工場だ。




